20 錬金術師と不足気味のマナポーション④
「で、オレも何故か一緒に森に来てしまったわけだが」
「マスター、人がいいから」
「セーナが一緒、嬉しい」
イドは道中の食事が美味しくなるから嬉しいだろうね。
オレが付いてきたのは月見草の生態調査だ。専門家の意見が欲しいと言われた結果である。面倒臭い。
ちなみにリアナはお留守番だ。お店を任せている。
「改めてお世話になる、店主殿」
森の中に入ったから馬車はもう使えない。徒歩である。
オレの肩の上には先日イドに破壊された後、修理を終えた【浮遊する絶対防御(改)】と先端の魔石を氷の属性に変更した前回と同じ杖。魔力回路の関係上、長いのよこれ。
セーナは前回も装備させた手甲と弓。
イドは剣を腰に下げていて、セーナが弓を持っているからと今回の武器はそれだけだ。
ビキニアーマーな魔剣士の娘、ケーシーは恐らく魔剣であろう武器。見た目はただのツーハンドソードだけど。
彼女の仲間達はいない。なんでも臨時で組んだパーティだったらしく、Cランクだったようだ。
や、オレもCランクなんだけどね。
あの時怒ってたのは彼女をあてにしていたのに、早々にダウンしてしまったからだったらしい。
「魔物、気配もない」
「この辺りのゴブリンはあらかた片付いたのか?」
「みたいね」
「思ったよりも状況が悪いなぁ」
地面がゴブリン達の大群のせいで踏み固められてしまっている。
ゴブリンがいくら人間の子供くらいの重さしかないとはいえ、千にも上る数のゴブリンに何往復もされると流石に踏み固められてしまう。
森の木々はそこまで密接していないから日の光は地面に届いているから再生はするだろうけど時間はかかるかもしれない。
「月見草も折れてるのが多いな」
「思ったより採取出来ないかもしれないわね」
「獣もいないわ、ご主人様。鳥しか見えない」
「ゴブリンの死体や何かの獣の骨が多い」
ケーシーさんの言う通りゴブリンの死体や、食われた獣の骨や毛皮が地面に多く落ちている。
勿論ゴブリンの死体も踏まれて潰され食われているものが多い。
「ふっ!」
それと、ホブゴブリンなどのおそらく上位種と呼ばれる存在。
今もセーナの弓を頭に食らって絶命して倒れた。
下級のゴブリンは食事にありつけなかったようだが、上位種の面々は食べ物に困っていないのだろうか? それとも警戒心が高いからか? 外から匂ってくる焼肉の匂いに反応をしめしている様子はない。
だがオレ達の匂いだか気配だかで存在には気づくらしく、定期的にこういうふうに顔を出してくる。今のところ集団では出てこない。
「このサイズは流石に放置できないな」
「そうね」
今のところ使い道はないけど、捨てておくことも良くないので魔法の袋にしまいこむ。
「月見草はどう?」
「多少踏まれても最終的にはすり潰すから、目につく範囲で全部ダメって事は無いけど」
木の根元付近のものや踏まれていてもまだ枯れていないものは問題ない。そういった所で生えている分があるから月見草が根絶するという事態にはならないだろう。
「やはり絶対数が減っている。1年ほど寝かせて自然に回復するのを待つしかないかな。問題は直近の分だ。供給が途絶えるのは不味いだろう」
マナポーションを利用するのは冒険者だけではない。それなりに需要があるのだ。
今までの様に、街やギルド単位で領都から購入して間に合えばいいが、その分値上がり傾向にある。
元から決して安い品ではない、だが下手に節約すると命に関わる場面も出て来る。それに粗悪品が出回る危険性も出て来る。
しかし現状を考えると、森で採取させるのはやめた方がいいだろう。欲張りが全部取ったらそれ以降生えなくなったなんて事になりかねない。
「森以外で獲れる場所ないかな……」
「ダンジョンにあるわ。中層と呼ばれるエリアからだけど」
「結局Bランク以上の依頼になっちまうなぁ」
別に入場制限があるわけではないが、ランクの低い冒険者はダンジョンの奥まで足を運ばない。
みんな命が大事だからだ。
「命懸けでダンジョンに潜って魔草採取はちょっと嫌ね」
「めんどう」
ケーシーさんが嫌がる理由とイドの嫌がる理由は天と地ほど離れているが、二人の意見には納得できる。
「結局マナポーションの値上がりは止まらないかなぁ」
オレが作る高品質のマナポーションは、完全な魔法職にしか売らない事にギルドが決めた。ケーシーさんのような人間が、戦闘中に出たら命の危機になるからである。
完全な魔法職の人間にも、服用する際には注意するように呼び掛けていた。
それに伴い、通常のマナポーションよりも高価になってしまったのだ。
カテジナさんがきちんと鑑定するべきでしたと謝ってくれたが、オレにも落ち度があったので文句は言えない。
クラスメート達に合わせた物をそのまま提供したオレが悪かったのだ。
「廉価版、どうにか作らないとな……しかし難しい」
そうなのである。オーガの里の月見草では現状作成が不可能だ。
自然の、魔力量の保有限界の少ない月見草でないと効果が落とせない。むう、素材の良さが仇になるとは……。
「でも、普通のマナポーションも買える」
「え? どこで?」
「別の錬金術師の店」
「ああ! クリスの店っ!」
そういえばもう1件、錬金術師の店がクルストの街にはあったんだった。
忘れてた!
あれ? あいつはどこで魔草を回収してるんだ?
「どこって、裏の畑で作ってるけど」
「ですよね!」
というわけで森から帰ってきた翌日。
お店が出来たとの報告もしてなかった事もあり、挨拶がてら相談しにきた。
「あれ? でも足りなくならない?」
「僕のお店にも多くはないけど冒険者が来るんだ、特にダンジョンに潜る冒険者が多く来る」
嫌そうに言うクリス。だけど冒険者がこないと成り立たない仕事だもん、来てくれた方がいいじゃない。
「ダンジョン組は森から見て反対側に向かうからね。こっちを通るんだ、その時にマナポーションなんかも買っていってる。君のマナポが強力過ぎるって話が出たんだけど?」
「あー、素材の関係だ。以前住んでいた所で育ててた月見草はこっちで使うには高性能過ぎたみたい。特別な作り方をしてるわけじゃないぞ」
エリクサーが作れる錬金道具は特別製だけど。
「ちなみに冒険者ギルドで魔草の買取が止まってたから、僕の店で買い取りを行ってるよ。ダンジョンに潜る連中に頼んで採取して貰っている。月見草を納品してくれた人に限定してマナポーションを販売してたんだ」
ミーアちゃんの親父さんが死んで、月見草の購入をしてくれる人間がいなくなったから常設依頼から外れていたのだ。
すぐに再開するつもりだったらしいが、ギルドとクリスの関係はあまり良くない。
ポーションの供給を断られたから、マナポーションもダメだろうとギルド側が判断してしまっていたのではないだろうか。
「月見草を持ってきた人間に限定してマナポーションを販売する、か。上手い手を使うじゃないか」
「苦肉の策みたいなものだよ。でないと店からマナポーションが無くなってしまう。自分で飲む分も確保しておかないといけないし、教会にも優先的に販売しているからね。ご存じの通り、僕は採取をしに外に出る訳にもいかないし」
「あー、確かに教会にも必要だわな」
教会の神父さんやシスターは回復魔法の使い手が多い。だが彼らも急患が続けば魔力が無くなってしまう。
いざという時の為にマナポーションをおいておかないと、死人が出る場合があるのだ。
「医者は?」
「こんな田舎町に医者なんて来ないよ」
「まあそうか」
この世界の医者って胡散臭いしな。
錬金術師や薬士みたいに薬を作るためそれらの知識を得たりしようとしたり、教会に所属して正式に指導を受けている人間と違って、医者はどこでその知識を学んでいるか不明だ。
貴族たちが抱えている医者は、先祖代々知識を蓄えている医者だが、町医者となると胡散臭い。
それこそ代々の医者ってのなら王都にもいたが普通の村やちょっと大きい程度の街には確かにいない。
日本で免許制なのも頷ける。良く出来たシステムだ。
「ダンジョン産の月見草、見せて貰っていい?」
「君の使っている月見草と交換してくれるなら、差し上げよう」
「商売上手め」
オレの月見草のが性能いいって話を聞いたうえでそれか。
マナポーション生産時の端数の月見草を鞄から取り出す。決して仕舞い忘れではない、倉庫にしまうのが面倒だったからでもない。決して。
カウンターの上にそれを乗せると、クリスも一度後ろに下がり持ってきてくれた。
「ああ、これはすごいな」
「魔力は相当込められるからな」
一目みただけで分かるんだから、クリスは良い腕の持ち主だ。
きちんと試験を受けにいったらBランクもいけるのではないだろうか?
「なるほど、逆に僕の手にはあまりそうだな」
「そうか? 確かに魔力量を落とすと定着しにくいけど」
「そっちの問題もあるけど、窯の問題もあるかな。この月見草に魔力を込めるなら窯にも相当魔力を込めておかないと……君は道具も一級品を揃えているんだな」
「あんがと。まあおかげで商売繁盛だよ。ハイポばっかり売ってるけどな」
何気に常備薬があまり売れない。まだオレの信頼度が低いからか、それともギルドに近く冒険者が多いから一般人が入りにくいからか……どっちもな気がする。
「果物味のハイポーションなんか作れるんだね」
「作り方おしえよか?」
王都では果物が高いのでダメだが、この辺りは産地が近いからかワインが安く手に入る。
オレが今作っているのは、オーガ達が作っている桃とバナナ味だ。競合にならないだろう。
「いいのかい!?」
「ぶどう味ならいいよ? この辺のワインを使えば問題なく出来る。その代わり、オレもクリスと同じように持ち込みでの入れ替え販売やっていい?」
「別に許可を取る必要もないんじゃないか? レシピの盗用って訳じゃないんだし」
「何もレシピだけが錬金術師の技じゃないだろ」
そんなこんなで許可を貰ったので、冒険者達にはこぞって月見草を持ってきてもらおう。
「冒険者ギルドでも同じようにさせるべきか?」
「それはやめた方がいいだろうな。ギルドの職員全員が魔素の抜けた月見草の見分けを出来る訳じゃないだろう?」
「それもそうか」
その後、客が来るまでカウンターで延々と錬金術談議に花を咲かせたぜ! スーパー楽しかった。
客が来たのでおいとましようとしたときのクリスの表情を見るに、相思相愛と見たっ! また来よう。
「店主殿、相談があるのだが良いだろうか?」
「何?」
クリスとの話が終わるのを律義に待っていたのはケーシーさんだ。
クリスの店に行くのに付き添いはいらないと言ったので、セーナもイドもいない。
そもそも今回のオレへの依頼は月見草の生態調査とマナポーションの供給をなんとか出来ないかという曖昧かつ難しい依頼だ。
期間などないし、失敗しても罰則はない。
それに対し、彼女への依頼はオレの森での護衛である。既に終わった仕事のはずだが、最後まで付き合うとオレと一緒にクリスの店までついてきたのだ。正直とっくに帰ったかと思ってた。
お店の前で座って待っていたのを見た時には悪い事をしたなと思っていたのだが。
「私の魔剣なのだが……どうにも昨日一昨日と過ごしていて、なんか合わないというか……」
なんとも微妙な相談だ。
「オレは鍛冶師じゃないんだが」
や、分かるけど。
「これはジェイク氏の魔剣で、彼に依頼をし魔核の作成を請け負ってもらった物なんだ。今まで特に違和感なく使えていたのだが、一昨日辺りから素振りをしてると妙に重く感じて、正直居心地が悪いというか妙に疲れるというか、まるで別物の様に感じるのだ。剣も魔核も同じものには間違いないのに」
「そう言われてもなぁ」
「ジェイク氏に相談できればいいんだが、既に亡くなってしまっているんだ。店主殿はジェイク殿と同じくらいの腕があるんだろう? ミーアが嬉しそうに師匠自慢しているのを何度もギルドで聞いたのだ」
「あー、ねー」
あの娘はオレを美化しすぎだ。そもそも弟子にするつもりもないし。
「まあ診るくらいならいいよ。作成者じゃないから解決できるとは言えないけど」
「そうか! 助かる!」
ミーアの親父さんの仕事だったんなら、否とは言いにくい。
とりあえずオレの工房に戻ろう。
ああ、結構距離あるんだよな。
クリス、結構好き。