19 錬金術師と不足気味のマナポーション③
先日のゴブリン討伐の報酬、金銭の他にジジイの過去に研究していた研究資料をオレは求めていた。
以前は魔王討伐に必要な、いわゆる冒険者の為の道具しか習わなかったので勉強になる。
特に領主時代に領民の為に作成した魔道具の数々だ。
魔力を大量に使う物が多いので開拓の時に使うものがほとんどだが、オレには思いもよらないこの世界の知識がふんだんに込められていて面白い。
「オーガの里で活躍できそうな物がいくつかあるな」
オーガの里を開拓した時は、海東の魔力頼りだったが、彼らだけで運用できる魔道具がいくつかあった方が良いような気がする。
オレの渡した魔道具って戦闘用の物ばかりだし。
「そもそもオーガ達にも自分でポーションやマナポーションを作らせればオレの手間が減るのではないか?」
それくらいの道具なら片手間で作れる。
連中は基本的に脳筋だから教えるのが面倒だが、生活の為に酪農を覚える事が出来たし、元々稲作の文化があるくらいだ。小さい子供で魔力の高い者なら興味を持ってくれるかもしれない。
「ねえライト」
「ん?」
「お店いいの?」
「いいのいいの」
リビングでくつろぎながら資料をめくっていると、暇をしていたイドが声をかけて来た。
「あの二人は薬の知識もあるし急患にも対応できるからね」
マナポーションを納品して数日、とうとうお店が開店。
男のオレに接客されるより、美少女の2人の接客を受ける方がいいに決まっている。
男の冒険者は女の子と話したいし、女の冒険者は同じ女性にしか聞きにくい質問もあるだろう。
そういうのを対応する薬も売ってるからね。
「ご主人様、すいません」
「どうしたセーナ」
リビングでイドと話していると、セーナが店舗側から顔を出した。
「急患です。なんでもご主人様のマナポーションを飲んだら体調を崩したとわめいておりまして」
「リアナでも対応できないのか」
「リアナが怒り狂っているのでご主人様、止めて」
「おおいっ!?」
慌てて立ち上がると、店舗側に顔を出す。
憮然とした表情で、急患用のベッドに寝かせた患者を見下だすリアナ。
たまに見るビキニアーマーな女性だ。なぜビキニアーマーなのにズボンをはいていらっしゃる? 査定半減ですよ?
茶髪で短く揃えた髪が、汗で濡れた額にへばりついている。見るからに苦しそうだ。
リアナに文句を言うのはその患者の仲間と思われる冒険者だ。
「リアナ」
「マスター、この連中を八つ裂きにする許可を」
「穏やかじゃないことを言わないのっ! それより患者の容体は?」
「大した事ありません、魔力酔いです」
魔力酔いかぁ。
「おい、早く治してやれよ! お前のところの薬でこうなったんだぞ! 変な薬売りつけやがって!」
「マスター! 先ほどからマスターの薬を変な薬って言うんです! 死ぬべきです!」
「過激な事言わない。しかし魔力酔いか……こんな大人が珍しいな」
「あんたが店主か!? ライトロードっつったよな!」
「お前の薬を飲んだら倒れたんだ! 魔物から攻撃を受けた訳じゃねえのに!」
「はいはい、魔力酔いでしょ。診るから」
とはいってもリアナの診断が終わった後だ。特に診る事はない。
しかし女性の冒険者だ。このまま寝かせておくのも忍びないな。
「さて、とりあえずお客さん方は出てくれ。このままじゃ鎧も脱がせられん」
面倒だから脱がせないけど。
彼女の仲間を残し、客を追い出す。窓をカーテンで塞ぎ、扉の外に診断中の看板を置く。
「しかしマナポーションを飲んで魔力酔いか、魔力が少ないのか?」
「魔剣士だよ、魔力は相当ある」
魔剣士は魔法の付与がされた武器に魔力を走らせてその性能を発揮できる職だ。
魔法剣士と違い自分では武器に魔法の付与が出来ない下位互換ではあるが、その分前衛職の中では魔力総量の高い人間が多い。
「どれ、少々魔力を抜くか」
手袋をはめて彼女の頭に手を置く。この手袋は魔道具だ。対象から魔力を奪うことの出来る便利アイテムだ。
急速に魔力を抜くのは負担が多いが、彼女は体内に過剰な程魔力を秘めていたので抜くしかない。
ついでに触診も少し行う。
「ん、はぁ……」
「目を覚ましたか」
「あんた……は」
まだ頬が赤いな。手袋を外して熱を測る。
「人より魔力の回復能力が高いな。あんまり魔力を消費してない状態でマナポーション飲んで、ポーションの作用で魔力の回復力が上がり過ぎたんだろう」
「そうだったのか」
彼女は軽く呟いた、まだ少し苦しそうだ。
「参ったな。オレのマナポーションを飲んで同じような症状になった奴がいるかもしれん」
「マスターのマナポーションは強力ですから」
「そういえばそうだったか」
以前の仲間達に合わせたマナポーションばかり作っていたから、一般人には過剰だったようだ。
「マナポーション、もうちょっと薄めに作るか」
その方が量も作れそうだし。
「ギルドに卸す方だけ下げればいい」
「イド?」
「わたしは、今のマナポの方がいい」
確かに魔力量が多いイドならば今の物のがいいだろう。
「正直、初めて飲んだ時【魔力回復薬】ではなく【上位魔力回復薬】かと思った。リーズナブルで高性能」
「え、えーてるだって!?」
「うそ……普通に買えば5万ダランはする物だろ!」
過去一でしゃべるイド。相当気に入っているようだ。
「特にピーチ味が最高」
「あー、ギルド行って来るわ。お姉さんは少し休んでから帰るといい。まだ体だるいだろ。リアナ、介抱を頼む」
しかし同じような事故が起きないとも限らない。
ちょっとランクを下げた物も納品するようにした方が良さそうである。
「とはいうものの、難しいな」
販売時に注意を促すようにカテジナさんに伝えて、性能を少し下げたマナポーションを納品する話をしたのだが……。
「参った、効能が抜けてしまう」
マナポーションを作成、それはポーションと作り方はほとんど変わらない。
使用する薬草が魔草に変わるのと、錬金窯の中に定着石を沈めてかき混ぜるのが違いだ。
「オーガの里の魔草が良すぎる」
魔草を使用する量を減らして水の量を増やしていたが、魔力が逃げてしまう。
これ以上魔草を増やすと魔力の回復量が増えてしまうし、水を増やすと魔草の成分が水に広がりきらない。
「うーん……魔草を別のに変えるしかないか」
しかし手持ちにあるのはオーガの里のだ。
倉庫を見つめても代用できるものは……あるにはあるがちょっと貴重すぎる。
「ダメだな、煮詰まってる」
流石に勿体ないから今まで通りのマナポーションを作って瓶にまとめる。
工房の外に出て背伸びをした。
「出来たの?」
心配そうにこちらを見るのはイドだ。珍しい。
「んや、どうにも性能を落とすっていうのは楽じゃないらしい。もっと簡単に出来ると思ってたのに」
オーガの里はこの魔草を生産する為に頑張ってくれた。その魔草にケチをつけて性能を下げさせるのもいやだしなぁ。
「随分工房に籠っていた」
「ああ、もう夜か」
半日近く工房に籠っていたらしい。まあ作成する物によっては3日とか工房に籠るから珍しい事もない。
「しっかり休む」
「そうだなぁ」
「ちゃんと食べる」
「そうだなぁ」
「ちゃんと、食べる」
力強く肩を掴まれた。
「え? え?」
「あの2人はご飯を食べない」
「ああ、そうだな」
「わたし一人で食べる。けど給仕にセーナが残る」
「そういえば」
「気まずい」
「な、なんかすまん」
意外とこのエルフは繊細らしい。
「美味しい食事は分かち合うもの」
エルフは食にうるさい人が多いから、イドにもイドのこだわりがあるらしい。
「ちゃんと、一緒に食べる」
「わ、分かりました」
クラスメート達にも怒られたなぁ。
……リアナとセーナ、部屋の隅で拍手するんじゃない。ハイタッチとかも。
「そういえばイド」
「何?」
「この辺で魔草ってどれを使ってるの?」
「魔草? 月見草」
「月見草ね」
オーガの里と同じだ。魔力の豊富な土地でしか育たない物だが、その分マナポーションの作成にはもってこいの素材。
ある程度広大な森でなら比較的簡単に手に入る素材で、量の確保も簡単である。
「ギルドで買えるかな」
月見草を齧るだけでも魔力回復が出来る。マナポーションに作り替えるのは効能を安定させるためと、口にしやすいようにするためだ。
こう言ってはなんだが、雑草と変わらないからそのまま食べると苦いのである。
「森が封鎖されてるから難しいかもしれない」
「ああ、そう言えば」
ゴブリン討伐がまだ完遂していないから、クルストの街ではマナポーションの生産が滞っているかもしれない。
元々錬金術師が少ない街だが、ポーションやマナポーションは領都からも仕入れていたらしいけど。
「まいったなぁ」
「Bランク以上の冒険者は許可が出てるから入れる」
「でもなぁ」
マナポーションにする為に世話をしているオーガの里より自然に生えている月見草の方が効能は低いだろうから、そっちで作ろうかなと思ったのだが。
問題はBランクの冒険者に依頼するような内容じゃないということだ。
「わたし、行ってこようか?」
「助かるけど、一人じゃぁ」
「そう? 危険はない」
「そっちの心配はしてないよ」
エルフを倒せるほどの魔物が森にいたら恐らく討伐隊は半壊している。
「一人じゃ量の確保が難しいでしょ」
「確かに」
薬草や魔草の採取はギルドでいうところの常設依頼である。
ある程度簡単な内容で、かつ冒険者達のスキルアップにつながるから新人向けの依頼という側面もあるがもう一つ理由がある。
それは量が必要だからだ。
ポーションもマナポーションも冒険者全体に行きわたる量を確保するにはそれなりの数がいる。
依頼失敗のペナルティを薬草や魔草で補完させるギルドも多い。
「昨日の連中も使う」
「え? 昨日の?」
「そう、Bランク。依頼達成前に魔力酔いでダウンしたからペナルティも起きてるはず」
「そういえば……カテジナさんに掛け合ってみるか」




