14 ゴブリンを倒す錬金術師⑥
「さて、これでセット完了ですね。いつでも起動させられます」
「手際がいいじゃないか」
「何度も使ったアイテムですからね」
領主であるソフィア様の立ち合いの元、香炉を予定地点にセット。
今回は大規模魔法後に乱戦になる可能性もあるので、地雷魔道具は置かず使い切りの爆弾を設置した。ソフィア様の爆炎魔法で火が付けば一緒に爆発してくれる代物だ。
とても危ない。
それと足止めが出来るようにゴブリンの餌となる生肉を所々に配置してある。食べたゴブリンが身動き取れなくなるように麻痺毒を仕込んである。
前回同様、破壊されると困るので香炉の周りに防御柵を今回も張り巡らせた。
「こちら側から見ると壮観だなぁ」
「そうだな。頼もしい限りだ」
視界の先に見えるのは人の列だ。
川べり側に冒険者チーム、その横には兵士のチーム。
少し離れた場所には馬に騎乗している騎士のチームだ。それぞれ200人以上いる。
彼らは昨日のうちに鎧や服に泥をこすりつけて匂いを消せるだけ消すよう努力をしている、正直色合いが茶色い。
「設定距離は最大にしましたけど、設定時間はどうしましょうか」
「2時間だな。森歩きに慣れているバケモノ連中ならそれだけの時間があれば大体外に出て来れるだろう」
まあ実際の所、作動させて30分もさせたら今いる場所はゴブリンの海になっているだろう。
「そろそろ始めるか」
「了解」
ソフィア様が手を挙げて合図を送る、その合図を受けた待機していた人間達が全員地面に伏せたり姿勢を低くして、マントなり布団なりの布で体を覆い隠す。
声も上げずにその動作をするよう命令をし、徹底させているのは流石の統率力だと思う。
「起動させます」
それらの準備が終わるのを確認し、オレは香炉を起動させる。
オレは自分の馬に乗り、手を出してソフィア様も後ろに乗せる。
普通の馬なら匂いが残るかもしれないが、オレの馬はホムンクルスだ。生き物特有の匂いは無いし、消臭液を全身に塗りたくっても暴れない。
手早くその場から離れると、後から焼肉のいい匂いが追いかけてきた。
「腹が減る匂いだな」
「本当に腹が減ってる連中には堪えるでしょうね」
冒険者チームに合流し、後方に下がる。
朝メシはちゃんとみんな食べたはずだが、どこからか腹のなる音が聞こえてきて思わず苦笑いしてしまう。
オレ達も伏せをして数分もすると、森から何匹かのゴブリンが走って出て来た。
予定通りだ。
「出て来た」
「しっ」
そこかしこから小さな呟きが上がり、そしてその呟きを叱責する更に小さな声が聞こえてくる。
こちらに気づき向かってくるゴブリンがいないとも限らない、緊張の一瞬である。
『ゲギャ! ゲギャ!』
『グギャ! グルグ!』
『ガウ! ギャウ! ギュアーウ!』
ゴブリン達が地面に落ちている肉の奪い合いを開始した。ゴブリン同士で戦っている。
そういった肉にありつけない者も柵に群がって声を上げ、肉にありつけたものは他のゴブリンから殴られようが噛み付いた肉から離れようともしない。
共食いも始まっている始末だ。
ある程度距離を取っている成果か、それとも連中が本当に肉しか見えていないからか、こちらを目指してくるゴブリンは見当たらない。
中には魔法を使うゴブリンや、明らかに体格の大きい者も見え始めてきた。
それらが重なり合い、柵の生んだ結界に沿うようにゴブリンが塔を作り始めた。
「まだいけるか?」
「どうでしょうね。今のところ気が付いている様子は見られませんが」
こちらも息をひそめているとはいえ、長時間同じ態勢でいるのは疲れるのだ。
森からまだポツポツとゴブリンは出現している。いま作戦を開始して、どれだけ効果があるのだろうか?
「はぁ、空が青いなぁ」
伏せの態勢を続けるのも疲れたので、仰向けになり空を見上げる。
雲一つない、とまではいかないがかなりの晴天っぷりだ。洗濯物が気持ちよく乾きそうである。
「作戦中だぞ?」
「いやぁ、オレはもうやる事やったので」
オレの横で、同じく伏せているソフィア様が不満を漏らす。
「ソフィア様もどうです? 焼肉の匂いさえ目をつぶれば気持ちのいい陽気ですよ」
「……魅力的な誘いだ。事が終わったら試してみる事にしよう」
「その時は死肉の匂いに目をつぶって下さい」
大量に生まれるゴブリンの死体でこの辺りの匂いが酷い事になっているはずだから。
「さて、騎士連中が逸りだす前に動くか」
「もういいんですか?」
「元より1日ですべてを終わらせるつもりはないからな。地点を変えて同じことをするんだから、多少取りこぼしが発生しても問題はあるまい」
ソフィア様が合図をすると、伏せていた人の何人かが白い旗を持ち上げた。
連鎖的にそれが伏せている人たちからいくつか持ち上がる。
ソフィア様が準備を始めた合図だ。
「さて、錬金術師の技は見せて貰った。ここからは魔法使いたる私の出番だ」
ソフィア様は中腰で立ち上がり、呪文を小さく唱え始める。
横で見ていると分かる、この人の体をめぐる膨大な量の魔力が。
「……」
ソフィア様が静かに立ち上がると、それを見た周りの人間達も同じように立ち上がる。
流石にこれだけの人間が一斉に立つと、それなりの音が発生する。
そもそも何かの遮蔽物に隠れていたわけではなく、布で身を隠していただけだ。
ゴブリン達から見れば丸見えである。
「灼熱の宝玉」
静かに呟かれるソフィア様の言葉に連動し、ゴブリン達の作っていた体の塔の直上より巨大な魔法陣が生まれ、一筋の赤い線が地面へと放射された。
【灼熱の宝玉】海東もよく使っていた殲滅特化の炎の魔法だ。
放射された地点を中心に巨大な炎の力場が生まれ、辺りを焼き尽くす広範囲魔法。
その効果範囲は術者の実力に左右されるが、少なくともソフィア様の放った魔法の範囲は、見えているゴブリン達の大半を包み込んでいる。
そして、大爆発!
「っ」
視界が赤く染まりあがり、おそらくゴブリンの体の一部だったものが爆発と共に飛び散っていく。
「進軍開始っ!」
オレのセットしておいた香炉を中心に起こった巨大な爆発に呼応して、あらかじめ置いておいた爆弾も連鎖的に爆発している。
ゴブリン達の群れの外周部分に位置する場所にセットされていたそれは、ソフィア様の生み出した爆発には及ばないものの、何体かのゴブリン達を確実に仕留めていった。
「「「 おおおおおお!! 」」」
残ったゴブリンは混乱して動きがめちゃくちゃだ。爆風の余波でダメージを受けた個体も多くいる。
食事を得る事に夢中で周りが見えていなかったゴブリン達の視界に突然現れた人間は、まさに彼らの命を刈り取る死神だ。
爆発に巻き込まれずとも、あまりの衝撃に呆然としていたゴブリン。
同族が突然炎に巻かれ、混乱のあまり辺りを走り周るゴブリン。
状況を冷静に確認し、森へと踵を返すゴブリンなど様々だ。
森へと踵を返すゴブリン達を中心に、大量の矢が降り注いでその行動を防ぐ!
「良し!」
ソフィア様が思わず拳を握りこんだ。
対岸の位置に配置しておいた騎士達の弓矢隊による攻撃だ。
ソフィア様の魔法で起こされた爆炎と土煙によってこちらからは良く見えないが、横から見ていた彼らからは森に逃げ込もうとするゴブリン達の姿が確認出来るのだろう。
昨日オレと一緒にいたメンバーのような命中精度はなさそうだが、その分は数でカバーしている様子である。
「「「 おおおおおおおお!! 」」」
矢の途切れた瞬間に、騎馬隊がなだれ込んでいった。
流石、訓練されている連中だ。馬上から的確に地面を駆け回るゴブリン達を強襲している。
「「「 いくぞおおおおお! 」」」
「「「 おおおおおお!!! 」」」
大きめの盾を構えた者を前面に寄せた兵士達も側面を塞ぐべく到着している。
森に近かったゴブリンには森の中に逃げられたが、騎馬隊を避けて横に逃げようとしたゴブリン達の行く手を阻むのが兵士達だ。
あの重そうな鎧や盾を装備してるのにあれだけ走れるのは驚嘆に値するな。まあ多少遅れてる人間もいるけど。
「矢を放て! 魔法を使える者は魔法で応戦だ!」
こちらで声を張り上げるのは冒険者達の指揮を執るギルフォード様だ。
冒険者達には突撃をさせず、遠距離攻撃主体だ。
「横の兵士や奥の騎士連中に当てるなよ! 当てていいのはゴブリン達と地面くらいだ! ひどい奴は後で個室に呼ぶからな!」
この距離ならば相当の強弓だったり、貫通力の高い魔法以外は騎士達にあたらないだろう。横の兵士達に当らない様に気をつければ問題は無いはずだ。
最悪な鼓舞をしてやがる。
「川向こう! 森が動いてるぞ!」
森側に異常が無いか確認をしていた一人が声を上げた。
指摘された川向うを見ると、森の一角、木々の隙間から4本の大きな木がこちらに向かってきている。
「でかいな……エルダートレントか?」
「いや、トレントならあんなに上下しない。あの動きは! セーナ! リアナ!」
「はい!」
「ええ!」
オレは声を上げて、後ろに下げて伏せさせていた錬金馬を立たせて背に跨る。
リアナに手を貸し、後ろに乗せてソフィア様に声をかけた。
「あれはオレが貰います!」
「あ? おい! ちょっ……」
横に広がる冒険者チームの後ろを馬で走る。
セーナは追走させる形だ。セーナはこの馬より早く走れるからだ。
「マスター! あれは!」
「ああ! 絶対に冒険者達より先に着くぞ!」
森からの追加を防ぐ役を持っているのは上級冒険者達だ。
彼らの範囲は川の向こう側にいる弓隊の後ろも担当となっている。
彼らより先にたどり着かなければ!
焦る気持ちを抑えつつ、川を馬で一気に渡る。
ホムンクルスの馬の蹄は水面を蹴りその上を走らせることが出来るので、速度が落ちる心配はない。
「マスター! あれ!」
その川を大きくジャンプし、飛び越えている最中のセーナがオレに声をかけてきた。
その視線の先には、やはり水面を走るエルフの女性。
イドリアルさんだ。
「くそ、厄介なっ」
一番来てほしくない人だ。
川を渡ろうとするゴブリン達を攻撃している弓隊の皆さんの後ろを抜けて、森の間近まで速度を落とさずに馬を走らせる。
ちっ、間に合わないか。
「はあああああ!」
「セーナ!」
「はいっ!」
オレ達が森の手前に来る前に、その木の本隊は森から顔を出していた。
そしてオレ達より先にその魔物の前に到着していたのは一人の女性。
彼女の攻撃を邪魔する様に、セーナが弓を放ってイドリアルさんを牽制した。
「何を!」
「マスターの邪魔はさせないっ!」
足元に飛んできた矢をバックステップでかわしたイドリアスさんは、セーナに向かって剣を構えた。
ああ、いきなり戦闘モードになっているっ!
「イドリアスさんっ! こいつは……」
「敵なら倒すっ!」
だからエルフは嫌いなんだああああああああ!
「あれはマスターの獲物ですっ!」
「わたしの仕事は後ろの警護!」
そんな二人に降り注ぐのは、折れた木々。
先ほど姿を現したシカの様な魔物が近くに生えていた木を蹴り飛ばしたのである。
二人はそちらを見もせずに飛びのきつつ、お互いに視線を外さない。
「セーナ! 無理するなよ!」
「セーナはマスターの助けになるっ!」
そうつぶやきつつ、メイド服についているエプロンドレスに弓をしまう。そして両手に金属加工された手甲を取り付けて足を半歩に開き構えた。
勿論その相手はイドリアスさんだ。
「浮遊する絶対防御! セーナを守れ!」
オレの両肩の上に浮いていた2枚の盾がセーナの両肩の上につく。
「ご主人様、それではご主人様が危険になります!」
「エルフと比べれば魔物なんて危険のうちに入らないよ」
セーナの実力では、外に出稼ぎに来ているエルフには届かない。
しかし、一度戦闘モードになったエルフは相手に手加減出来るような優しさは持ち合わせてはいないんだ。セーナが危険すぎる。
「それよりも、オレ達はあれの相手をしなけりゃならん」
そこにいたのは、20m近い体躯を持った筋肉質のシカである。
頭の上に木が角の様に生えている。
「早々お目にかかれてうれしいよ、トレントディア」
明らかに怒った表情をしたその鹿は、オレに視線を向けると強く鼻息を噴き出した。




