10 ゴブリンを倒す錬金術師②
「マスター、お客様がいらしております」
「客? まだ店は開店してないけど」
翌日、色々一般的な薬を大量に作っていたら人が来たらしい。
「いえ、この街の町長様だそうです」
「ああ、帰ってきてたのか。まずったな、こちらから挨拶に行くべきだった」
相手は貴族だ。
「来賓室にお通ししておきました」
「わかった、ありがとう」
あそこなら王族を歓待する時にも使っていたので失礼はないはずだ。
でも錬金術は途中では止められないので今の作業は終わらせないといけない、魔力で無理矢理速度を速めちゃおう。
関節痛薬を大量に作成、乾燥作業は後でやろう。
作業着から錬金術師っぽい、というか魔術師っぽいローブ姿の服装に変え、髪の毛を整えてから来賓室に顔を出す。
「お待たせしました」
「いや、先触れもせずに急いで来てしまった私が悪いよ。工房で作業をしていたんだろ? 忙しいところ悪いな」
真っ赤な髪の毛を短く刈り上げたキラキラのイケメンが座っていた。
うん、ソフィア様との血縁関係を感じるな。
「こちらこそ。すぐにご挨拶に向かえず申し訳御座いません。ゲオルグ=アリドニア様からのご紹介により参りました、ライトロードに御座います」
「ああ、この街の代官……まあ町長だな『ギルフォード=ジブラータル』だ。とりあえず掛けてくれ」
本来はこちらが先に座らなければならないが、目上の相手が先に座っていた場合は勧められるのを待ってから座る。
「こちら、ソフィア様からの紹介状です」
「確認しよう」
テーブル越しに座っているが、手紙は顔なじみの執事さんが受け取ってくれた。
執事さんが、蜜蝋で押された押印された面を見える様にしてテーブルの上に置いた。
その手紙をジブラータル卿は手に持ち、確認する。
右手をあげると、素早く執事さんがペーパーカッターを取り出した。
絵になる人だ。
「ソフィアの紹介状にも間違いないし、既に屋敷にも手紙が届いていた。これから世話になる、錬金術師ライトロード殿」
「よろしくお願いします、ギルフォード様」
「営業許可証と土地の貸し出し認可証、用意のいい執事が用意しておいてくれた」
「ははは」
話を振られた執事さんは目礼していた。
「この様子だと、すぐに営業は出来そうか」
「店舗用の棚や机、カウンターの到着次第ですがそれが出来ればですね。今は急ピッチで常備薬や痛み止め、熱冷ましを作っています」
自分でも作れるが、人に任せられる分は任せてしまった。
オレみたいな錬金術に精通してる人間にしか作れない薬を先に作成だ。
異世界転移組はどいつもこいつも丈夫過ぎで風邪なんかひかなかったから、そっち系の薬は足りない。
痛み止めなんかはポーションを使うほどでもない人用だ。一般人がちょっとした痛みがある度にポーションを使っていたらお金がなくなってしまうのだ。
なので安価な薬がどうしても人気になる。
「そうか。素材は足りているか? 必要ならこちらからも捻出するが」
「先月亡くなった錬金術師の御家族からいくつか買い取ったので、今のところ足りてはいます。手持ちの素材もいくつかありましたから」
「何よりだ。ソフィアから色々便宜を図る様に言われているが、こちらの助けは必要なさそうだな。綺麗な使用人もいるようだし」
そう言って視線を向ける先には、オレの横で大人しく控えているセーナだ。
「綺麗で優秀な使用人でございます」
「そのようだな、紅茶も美味い」
「ありがとうございます」
セーナも目礼で返す。
「それじゃあ、必要ないかも知れないがこれを」
そう言って執事さんがテーブルの机の上に3つ程革袋を取り出して置く。
「準備金だ。それと街にいる最初の3年は税を免除しよう」
「すごいですね、破格の条件と言ってもいい」
「普通はここまでやらんさ。爺様の紹介で、しかもAランクの錬金術師だからだ」
免税の証明証もテーブルに並べてくれる。
「爺様、ということは……ギルフォード様もゲオルグ様のお孫様で?」
「ああ、私はソフィアの兄だ」
「お兄様であらせられましたか」
「ああ。領主は私がやるべきなんだが、少々私に問題があってな」
その問題って聞いていい物なのだろうか? なんか話題にしちゃいけない系?
「そんな心配そうな顔をしなくてもよい、領民も皆知っておるからな」
「はあ」
「男性しか愛せないのですよ、この阿呆主人は」
「は!?」
「ええ!?」
驚きの声を上げてしまった。セーナも慌てて口に手を当てる。
「安心してくれ、私は同意の上でしか求めんし、そもそもライトロード殿は私の好みの範疇ではない、まあ求められれば応えんでもないが」
「やめて下さい気持ち悪い」
「ははは。いいね、そういうストレートな事言われると、ゾクゾクくる」
変態じゃねえか!
「今回のゴブリンロードの討伐も、ホブゴブリンファイターが良い感じだった。あの筋肉量と圧倒的な攻めの姿勢、言葉と心が通じ合えばと悩んだものだよ」
「変態じゃねえか!」
声にでちゃったよ!
「っと、話がそれたな。まあそんなこんなで私は後継者が期待出来ないからね、ソフィアに譲った訳だ」
「そ、そうでしたか」
スーパー気持ち悪いイケメンだなコイツ。
「ああ、免税は物販の税と土地の使用料のみが対象だ。冒険者ギルドや商人ギルドなんかでかかる税みたいな自動で計算される物は排除できないから勘弁してくれ」
「了解しました、問題ございません」
通年の免税だけでも大きい。
出来れば年内に元の世界に帰りたいが。
「それと錬金術の研究でこの街を選んだよな? 今の代官の屋敷は元々爺様の研究所だ、色々資料が残ってるからこんど見に来るといい」
「行きたいですけど、行きたくないなぁ」
「貸出の準備をしておきましょう。ええ、主の屋敷に出入りしていると噂が流れると困られるでしょう」
「あ、助かります」
本当に。
「実は直接来たのは依頼したい事があってな。今回の討伐の件でなのだが」
スーパー変態が町長の顔になった。
「討伐対象はゴブリンでしたか。ロードが出たと仰っておりましたが」
「ああ、ゴブリンだ。上位種でもうちの騎士団の連中や冒険者のトップ連中には敵じゃないさ、苦戦はしなかったが。まあ数がなぁ」
「あいつら、どこで増えてるんだっていうくらいの数になるときありますよね」
魔王軍との戦闘の際に、地平線の彼方までゴブリンで埋まっている光景を目にした記憶がある。
大魔導士の職を得てた海東進が地形が変わる程の凶悪な魔法を撃って対応してたのが印象的だったが。
あれほんと、どこから来たんだよってくらい多かった。
「連中が出て来たのが森だったからな。炎の大規模魔法で処理する訳にもいかんし、個別で対処しなければならなかったな。数に押されて死んだ連中も何人かいたが、まあゴブリン相手だからと舐めてかかった新人の騎士とか兵士が何人かだな」
「そうでしたか、お悔やみいたします」
「まあ死んでしまったものはしょうがない、無事に上位種もあらかた倒したしな。それよりも問題は森に逃げ込んだ大量のゴブリン達だ」
それは確かに問題だ。
「森には冒険者だけでなく、狩人達も多く入る。簡単な柵しかないような村もあるからゴブリン達が群れで現れたら大変な事態になる。連中が森から出てこない様に、大半の戦力は森の前に置いてきたが、時間が経てば経つほど散り散りになって手に負えなくなる」
取り逃したゴブリンはかなりの数だったようだ。下手すれば領内の村がいくつか滅びる事態になりかねない。
勿論各村々にも魔物に対抗出来る戦力は配置されているだろうが、圧倒的な実力差があったとしても数の暴力の前に村を完全に守るのは厳しいだろう。
「ソフィアにも討伐隊を出す旨の鳩を飛ばしたから動き始めるだろうが、こちらとしても村々が滅ぶ可能性があるのは捨て置けないからな」
オレとソフィア様が会った時にはそういった話になっていなかった。入れ違いになったかな?
「それでオレに依頼ですか……ゴブリンをピンポイントで感知するアイテムならば作れないこともないですが、あまり数は多く作れないですよ?」
あれはアクセサリーの類だ。薬品の様に一括で作成出来る物ではない。
「薬品や武器の類でもあればと思ったのだが」
「んー、単純に巡回する騎士や兵士、冒険者達を増やすとかしか思い浮かばないですね。あとは個々人の武具の強化とか」
増える怪我人の為にポーションの作成量も増やした方が良いかもしれない。
「やはりそれしかないか。大規模な討伐作戦の後だから極力休ませてやりたいんだが」
「どのくらいの量のゴブリンを片付ければ正常な状態といえるのか、現状はそれも不明ですからね」
とはいうものの、引っ越したばかりの土地で大量虐殺が行われるのを無視にするのは忍びない。
出来ることを考えないと行けないな。
「マスター、お話中に失礼致します」
「どうした?」
貴族の対応をしている最中にリアナが扉越しに声をかけて来るとは。
「すまんな、入るぞ」
登場したのは領主のソフィア様だ。
相変わらず赤くて綺麗。
護衛の方も一緒である。
「代官屋敷に行ったらこっちに来ていると聞いてな、急ぎの要件だから直接来た」
「やあソフィア、久ぶりだね」
「ご無沙汰しております、ソフィア様」
「ああ、ゴブリンの件でな。ライトロードとの話は終わったのか?」
「事務的な話は終わったよ。今はゴブリンの事で相談に乗って貰ってたんだ。彼はAランクの錬金術師だ、何かいい案はないかと思ってね」
なるほど、といった表情でソフィア様もテーブルについた。
セーナが新しいティーセットとお茶請けを素早く用意する、出来た娘である。
「以前言っていた使用人か」
「ええ、錬金術の基礎知識も仕込んであります」
「2人ともか?」
「はい、もう一人は怪我や病気の診断も出来ます」
「そうか、準備万端そうで何よりだ。それで?」
それで、とはゴブリン側の件だろう。
「現状オレ、私の出来る範囲だとゴブリンの感知を行うアイテムの作成と回復薬の供給くらいかと思われます。回復薬は薬草の数次第、感知を行うアイテムはアクセサリーなので鉄やすず、それと微量な銀とゴブリンの魔石が大量に必要です」
「ゴブリンの魔石は大量にあるが、鉄やすずはともかく銀か」
「待て兄上、ゴブリンが感知出来ても対応出来るか出来ないかも変わってくるぞ」
「だが来るか来ないかは分かるだけでも有難いだろう? 避難する時間も出来る」
「それより、村人達でも自衛出来るような魔道具は作れないか?」
「恒久的にであれば、相当な値が張りますし属性の乗った魔石が必要ですね。魔力があまりなくても使える物があります」
「ゴブリン以外にも使えそうだな」
「ええ、悪意ある人間に持たせるべきではない道具です」
ぶっちゃけ魔法の武器である。子供でも人が殺せるようになる類の。
「騎士団の巡回を増やすか」
「領都からも準備が出来次第こちらに向かわせるよう準備させている。60人程だがゴブリン程度ならいくらいても負けん戦士達だ」
「はあ、ソフィア。数の脅威はすごいよ? 我が街の精鋭も多くの怪我人が出た。騎士や兵士には死人もね」
「ゴブリン程度に、軟弱な事を……森ごと吹き飛ばせてやれば楽だったものを」
「むしろそれをしなかった私を褒めてくれていいんだよ? まあソフィアみたいな広範囲殲滅魔法の持ち主がダンジョン行ってていなかったからやれなかったって言うのもあるけれども」
あ。
「ああ!」
オレは立ち上がり、家の倉庫に向かう。
そういえばそんな系統の魔道具があったような気がする。
だいぶ前に使った物だからどこにしまったかな……。
「マスター、お客様を放置して何を?」
「あれだよあれ、サイレントキラービーをまとめるのに使ったあれ」
「あれ? で、ありますか……あれならば確か、こちらの棚の」
そう言ってリアナが両手に乗るくらいのサイズの香炉を取り出してくれる。
「ナイス!」
それを受け取って再び来賓室に戻る。
「見つけました!」
「お? おお、何があった?」
あ、説明してなかった。
「これは以前、とある魔物を一か所に集めるのに使った魔道具です」
「ほう!」
「以前使った時は、サイレントキラービーと言われる魔物に利用しました」
「それ、危険度Bで群れると危険度Sじゃなかったっけか?」
「でしたっけ? これは臭いを広範囲に拡散させる魔道具です。この時はサイレントキラービーの主な餌だった熊の血肉の香りを広範囲に放っておびき寄せました」
ハチミツが欲しかったんや!
サイレントキラービーは肉食の蜂の魔物だ。こいつらは単体では強くないが、とにかく数が多くて厄介な魔物だ。
動物をおびき寄せる為、臭いの強いハチミツをその巣に蓄えてくれる。蜂自体はそのハチミツを食べないので、一度も襲われていない蜂の巣にはかなりの量のハチミツを蓄えているのだ。熱処理した上で混在する異物を取り除くととっても濃厚な味わいになるのである。
クラスの女子連中が興奮して大量に欲しがったが、巣に襲い掛かるのはリスキーだったので罠を張っておびき寄せて働き蜂を駆除、その後巣に残ったオスや幼虫、女王蜂を駆除して巣ごとゲットした経緯があった。
女子連中、幼虫気味悪がって後半仕事してないけどな!
「もっとグロい敵と戦っただろうに……」
「は?」
「いえ、独り言です。これを使いゴブリンの好みそうな臭いを森に放ち、おびき寄せて……」
「おびき寄せたところに範囲攻撃魔法か! ははは! いいじゃないか! 私がヴォルケーノを撃てば終わりだな!」
ソフィア様が範囲殲滅魔法を得意とするらしい。
「何度か地点を変えてそれをやれば、いずれゴブリンの数も許容範囲に収まるな。臭いの範囲はどのくらいに有効なんだい?」
「1kmくらいから20kmくらいまで効果範囲は修正出来ます。ただ効果範囲の臭いを広げるには臭いの強い物が必要になりますが」
まあ臭いは増幅するのでそこまで効果範囲に差はでない。
「や、二人とも待ってくれ」
「はい?」
「どうした兄上?」
ジブラータル卿がストップをかけてきた。
「そもそも、ゴブリンの好む臭いってなんだ?」
えーっと、なんだろう?
色々実験する必要がありそうだな。




