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第三十四話 獣の神 後編





 心を鷲摑みにされる。レイン・フレデリックはべヘモスの姿を見て、只々純粋に美しいと思った。それはレインが今まで生きてきた中で経験した事の無い感覚。ベヘモスの緋色の瞳から目が離せない。引き込まれるように足を一歩前に踏み出す。


「──レイン!」

 エミリオの怒号がレインに到達する前に、それは動きを見せる。鮮血のように赤々としたベヘモスの体躯が、空間に溶けるように滲み消えてゆく。網膜の奥底に色が焼き付いて離れない。レインが瞬きをして再度空間を見た時、ベヘモスの姿形は失せていた。


 風を切り裂く音が嫌に耳に残る。

 形はないのに、音だけが暴風のようにレインへと迫ってくる。

 赤い残像がレインの眼の前に突如現れると、今まで数多の命を奪ったであろう凶悪な爪が迫っていた。


──ドドンッ


「油断をするなっっっ!」

 唯一ベヘモスの動きに反応できたエミリオは、両脚に込めた魔導を地面に叩きつけるように爆発させると、雷の如き速度で無防備なレインの前に飛び出していた。宙を往く間に身体の回転を加え、雷の魔導を纏わせた剣を地面スレスレの位置から振り上げる。


──ドゴンッッッ!!


 ベヘモスが持つ爪と、エミリオが練り上げた魔導の力がぶつかり合う。


 余りにも現実離れした山のようなベヘモスのからだ。先ほどまでとは桁違いの死の重圧。歯を食いしばりながらベヘモスとの一撃を交わしたエミリオの剣が、甲高い音を立てながらベヘモスの圧に負け弾かれる。


「──隊長っ!」

 我に返ったレインは、目の前で起こっている事態をようやく理解する。だが、吐き出されたレインの言葉は意味を持たず、事態は刻々と推移してゆく。ただ一つの終焉へと向かって。


「だが、まだやれる!」

 弾かれたエミリオの剣は、手から離れる前に宙空に生成された泡のような水の力よって掌に固着され、エミリオの右腕の可動域までもを包み込む。さらに突風が吹いて、体勢を崩していたエミリオの全身を空中に静止させた。


 ありとあらゆる魔導を自在に操るエミリオに、べヘモスの緋色の瞳が大きく見開かれる。


「個にして全なるまことを持ちて、虚飾を払いたもう。開かれよ、八咫之鏡やたのかがみ

 咄嗟に左腕で顔を隠しながら、エミリオは言の葉で魔導を紡ぐ。

 数百の泡がエミリオの前方に現出すると、鏡の形へと変化してべヘモスの邪眼が辿ろうとしていた射線を遮る。


『──無駄な事を』


「ユリス、もう一度だ!」

「はい! ──風よ、揺らめきの中に個なる沈黙を呼び集え」

 生み出された暴風は音を立てまるで凝縮されゆくように小さな球状へと変化する。ユリスはそれを左手で掴むと、風に乗せるようにベヘモスへと投げた。風に乗った光の珠はベヘモスの躰に触れると、一瞬で全身を包み込む。ユリスの魔導は更なる進化を見せ、ベヘモスのみを静寂へと誘いゆく。


──ァァァァァァァァァァ


 それすらも意に介さず、全力で放たれるベヘモスの言霊。

 言霊はユリスの魔導を突き抜けると、エミリオまで到達する。


「ぐっ、だが、我慢できないほどじゃない……いけるぞ。シルバス!」


 シルバスは大きく開いた両手に、揺蕩う魔導の川を創り上げていた。

 生み出されるのは光芒。

 黄金の光がさらさらと流れては、波打つように幻想的な音を生み出す。


「砂は流れ、留まることを知らぬ。安寧は流れゆき、激流が新たなる生命を育む」

 生まれゆくは掌を満たす星々と生命の煌めき。


「──星火燎原せいかりょうげん

 シルバスの掌に生み出された光の川は、いつの間にかベヘモスを覆うほどに大きくなっていた。そして光が舞い、弾けた。


 ベヘモスの頑強な身体が揺れる。星の光が弾ける度に、虫食いのようにベヘモス巨体に風穴があく。ぽっかりと開いた穴に残る光は、ベヘモスの躰の修復を拒むように幾重にも爆発を起こし続けた。





 それらの全てが、時間にすると一瞬の出来事であった。





 そんな中、最も近くでそれを見ていた男がその役割を果たす時が来る。

 全身に震えが走る。

 だというのに、耀く黄金の瞳は獲物を狩る為に鋭さを増してゆく。


 レイン・フレデリックは全身の力を剣の柄を持つ両腕に込めると、大上段に剣を構えた。

 吐き出される息は荒々しい。

 ミシミシと身体が悲鳴を上げる。


 腕だけではない。

 肩を通って背中へと至り、腰をおりて脹脛ふくらはぎ、果ては大地に食い込む足の指先に至るまで、その全てに力が漲る。


 振り上げた剣は己の内側に在る魔導を喰らい続け、さらには刻一刻と吐き出される命を喰らい力を増してゆく。


 在るのは激情ではない。

 冷静さとも違う。

 原始に近しい命のぶつかり合い。

 種の存続を賭けた、ただの力比べ。


 ここでは強いものが生き残り、弱いものは消えてゆく。


 時の流れが緩やかになり、レインはずっと頭の中に流れていたさざなみのような音が消えてゆくのを感じた。

 そしてエミリオの口がゆっくりと動くのを見る。





──ゆけ、レイン。


 







「あああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっ」





御愛読頂きましてありがとうございます!


次回更新は金曜日夜の予定となります。

『魔導の果てにて、君を待つ 第三十五話 前編』

乞うご期待!


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