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第三十四話 獣の神 前編





 かつて、アムリアの大地にはありとあらゆる所に神々が存在していた。それらは細分すれば数え切れぬほどのものであり、八百万の神とも呼び称されていた。大地を創造するもの。海を創造するもの。草原を駆けるもの。風を呼び起こすもの。雨を降らすものに、火を起こすもの。全ての現象に神々が密接に関わり、影響を与えていた。


 今では、人の前から姿を隠して久しいそんな神々の中に、アムリアの大地に色濃く影響を与える二柱の神がいた。


 人の神ヴァルザと、獣の神ベヘモス。


 守護する生物同士が争いを起こす事に影響を受けているのか、ヴァルザとべヘモスは互いに対立する事が多かった。


 べヘモスにとって、獣が繁栄する為には人の神が守護している人間達が邪魔であった。生息地を拡大し、土地に根付く獣等を屠殺する人間種。自らの眷属が虐げられたことを知った時、べヘモスは怒りに我を忘れ、地に繁栄しつつあった万の人間を喰らった。


 人の神ヴァルザはその行為を見てベヘモスに問う。

「汝が力を使えば、巡り巡りてあらゆるものの滅びを招くこととなる」


 べヘモスは答える。

「滅びよりも早く、貴様の眷属全てを喰らってみせよう」と。


 ヴァルザはべヘモスを諫めることが出来ぬ事を悟る。しかし、ヴァルザは自らが干渉することを良しとしなかった。神が争えば、創り上げた大地そのものが無に帰してしまう故に。


 人の神ヴァルザは、自らが手を出さぬ代わりに神すらも打ち倒すことの出来る剣を一人の青年に与えた。


 それは、人が自らの足で立ち、自立へと向かう為の力。


──常闇を喰らう、一振りの剣を。





 大陸歴一年、ルード帝国建国記より。





 * * *





 怪物べヘモスは暗闇の中、最初に見た時から姿勢を変えぬままそこに在った。一点を凝視する胡乱うろんな瞳は何かを待ち侘びているようにも見える。怪物ベヘモスの周囲に魔獣の姿はない。


 そもそも、強大な存在である怪物べヘモスの縄張りに、魔獣が生息する事自体が出来ぬ事なのかもしれない。だからといって安心出来たものでもないが、エミリオ達第十八組の面々にとって思考を重ねる時は等に過ぎていた。


 シルバスとレインを後方に待機させ、エミリオはユリスに合図を送る。手を上げたエミリオに頷くと、ユリスは静かに言葉を紡いでゆく。周囲に在る魔導に囁きかけるように、内から吐き出されし言の葉を、滔々と、滔々と。


「──とうとき今を巡る風よ。安らかなる時を空に刻み、一欠片の沈黙を愛せ。幾万の語らいも鳴りを潜めし、此処は言葉無き静寂しじまの海。来たれ、維摩一黙ゆいまいちもく

 ふぅっという声と共にユリスの口腔より生まれ出でし吐息は、深緑の光に包まれると、勢いをつけながら飛翔する。一つが二つに分かれ、二つが四つに分かれてゆく。次第に数を増やした光は、周囲を照らし怪物べヘモスが潜む暗闇に色をつける。


 視界が開けた時、怪物べヘモスの首が地より離れ、牙を覗かせる巨大な口が開く。


──!!


 何も起こらない。

 沈黙が支配する世界において、音は存在を許されぬ。


 眼前にある光景を受けて、怪物ベヘモスの暗澹たる瞳がぎょろりと動く。

 事を為しているユリスを捉えようとしたその瞬間、金銀に輝く砂が嵐となって怪物べヘモスの視界を遮るように宙を舞い、そのまま怪物ベヘモスの頭部を覆い隠す。


 エミリオは掌でレインの背中を叩いてさらなる合図を送る。


──ッツ


 押し出されるように飛び出したレインは大地を駆けたのち、空を駆ける。背中に一本の剣を背負い、光が世界を包み込むよりもさらに早い速度で。両脚を大きく振りながら、その一足で山を越せるのではないかと言うほどの跳躍を見せると、怪物ベヘモスの背中へと降り立つ。金色の輝きを見せるレインの魔導剣が抜かれると、いとも容易く怪物べヘモスの背を貫いた。


 レインより少し遅れて、エミリオは両脚にずっと蓄えていた魔導の全てを爆発させた。絶大な力を全身に伝え、一気に加速をつける。地を滑るように怪物ベヘモスの遥か下を駆けるエミリオ。


 懐に飛び込む直前、勢いのままに抜刀した剣で天を突くと、怪物べヘモスの胸部へと剣が差し込まれてゆく。エミリオは足を止めることなく怪物ベヘモスの腹部までそのまま切り裂いてゆく。


 長大な胴を潜り抜け、視界が開けそうになった瞬間、エミリオは怪物ベヘモスの後ろ脚に左手を掛ける。回転を加えながらさらに返す刃で腹を切り裂いてゆくエミリオ。


 怪物べヘモスは痛みを感じているのか、首を天に逸らし全身を暴れさせていた。痛みだけではなく、今も尚鬱陶しく纏わりつく砂を取り払おうとする怪物べヘモス。だが、薄く拡げられたシルバスの魔導の砂は、怪物べヘモスの頭部にぴったりと張りついて離れる事はない。


 レインは怪物ベヘモスの背に生えている硬質な毛を掴み、振り落とされないように剣を振るい続けている。エミリオもまた、忙しなく動く怪物べヘモスの脚を避けながら、下部に陣取って一切攻撃の手を緩めない。


 シルバスは、怪物べヘモスの激しい動きによって零れ落ちてゆく砂を何度も再構築していた。隙を見ては器用に砂の刃を形成すると、怪物べヘモスの脚へと放って機動力も削いでいる。


 沈黙の魔導を維持しながら、ユリスは全体を見ていた。

 巨大すぎる怪物ベヘモスの身体が仇となって、動きに制限が掛かっている。


 常日頃であれば、言霊と邪眼を持って全てが解決出来るのであろうが、それを封じられてしまった今、怪物ベヘモスに為す術はない。


 怪物ベヘモスの超回復を上回る速度でエミリオとレインの攻撃が積もり、そこにシルバスの魔導が重なる。


 怪物べヘモスを討ち斃せる。

 ユリス達がそう確信した時、それは突如として起こる。

 音が封じられている沈黙の空間に割って入る、地鳴りのような音。


 怪物べヘモスの全身を少しずつ浸食しながら、黒い穴が産まれてゆく。





御愛読頂きましてありがとうございます!


次回更新は木曜日夜の予定となります。

『魔導の果てにて、君を待つ 第三十四話 獣の神 中編』

乞うご期待!

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