第三十三話 狂戦士 前編
「一人、お前に頼みたい人間がいる」
「ん、珍しいな。リーンが頼みごととは」
「レイン・フレデリックという名の男だ。普段は飄々としているが、その特異なる体質がなんとも厄介でな。帝国内でも手を焼いていたのだが、とうとううちにお鉢が回ってきた」
「なんだそりゃ。そこまでたらい回しになるなんて、一体全体どういった理由があるっていうんだ?」
「うむ……レイン・フレデリックを言葉で表すならば、騎士というよりも戦士だな。それも、とっておきの曰く付きのな」
「曰く付きの戦士?」
「狂戦士というやつさ」
「狂戦士……狼憑きか!」
* * *
──ドンッ、ドンッ
衝撃が地面を伝わり、遠く離れた位置にいるユリスの足元にまで瞬時に届く。
眼前に魔導結界を張って戦いの成り行きを窺っていたユリスは、レインのあまりの変貌に驚いていた。
普段の明るく貴公子然とした容姿は影も形もない。
眼の前に繰り広げられているのは、獣同士が持つ本能のぶつかり合いのような、原始的な力の戦いであった。
レイン・フレデリックは走り続ける。
喉が潰れているかの如く低い音を絶え間なく漏らしながら、今も巨大なる怪物の身体を手に持つ鉄の剣で叩き潰そうとしていた。
──グ、ガ、ガ
怪物がレインの攻撃の間隙を縫って吐き出す破壊の言霊も、危険察知能力が尋常ではないくらいに高まっているのか、壁面を駆けるレインを捉えることは出来ない。
怪物が巨大であるが故の結果ではなく、単純にレインの動きが早すぎるのだ。
ユリスも遠目で見て初めて揺らめく光を追えている。近距離でレインの動きに対処している怪物の目には、その光の尾すら映っていないのかもしれない。それほどまでに両者の間には隔絶された相性の差が顕著に表れていた。
──ドンッ
レインの技の一つ一つが力任せだ。そこには普段騎士として振る舞っている時のレインの剣技は欠片も見えない。なりふり構わず振るわれている剣は、魔導が常時展開されているせいか全く折れる気配もない。帝国工房が誇る技術力が生み出した、魔導の伝達効率を極限まで高めた魔導剣の神髄が今まさに現れていた。
──グ、ギ
怪物からしたら取るに足らない本当に小さな存在であるべきはずなのに、己よりも何十倍も小さな人間に翻弄されている。そんな事は断じて許せるわけがない。
『人間ガ、──獣ニ至ルト言ウノカ』
「ぐっ、こいつ、人語を解すのか!」
巻き込まれないように距離を取って魔導を練っていたエミリオ・ワーズワースは、空間に広がるおぞましい声に動きを縛られる。決して人が聞いてはいけない怪物の破壊の言葉が、一節を持ちいて聞いた人間の魂を揺らす。
「痛っ」
「っ……」
ユリスとシルバスも、怪物の声を聞いた瞬間に頭を鈍器で殴られたような痛苦を受ける。
そんな中にあっても、現状を一切意に介していないのは、全身を黄金色に包まれしレイン・フレデリックであった。本人の根幹にある、魔導とは別次元の力が織りなして力の発露を為す。
「ああ、ああああ、あああああああっっっっ!」
レイン・フレデリックの開かれた眼。
瞳孔は縦に長く伸び、金色に染まる。
鬣のように靡く髪はゆるやかに腰まで伸び、周囲の闇を払った。
「……まずい。このままでは、ここで怪物をどうにか出来たとしても、レインの身体が、もたんぞ」
あまりの圧迫感に膝を着くエミリオ。
怪物の力だけではなく、レインが放つ力がエミリオの内に巡る魔導ごと意識をグチャグチャにする。
「ユリス、レインを。お願い」
「姉さん、僕が? ……うん、やってみるよ」
シルバスは苦痛に顔を歪めながらも、単身で怪物と対峙しているレインを心配そうに見ている。
ユリスは様々な力がぶつかり合う激流の中、風の魔導をひとつひとつ、束ねて織るように構築してゆく。
「忽、忽と。空を往き……」
初めて行使する大魔導に、ユリスの息が荒くなる。
その間にも怪物とレインは正面からぶつかろうと力を溜めている。
「忽、忽と。地を歩く」
『ググギギギギギギギガガガガガガアアアアアアアアアアアアアッッッッッッ』
『ああああああああああああああああああああああああああああっっっっ!!』
「其は狭間にあって、象りを成すもの──」
「天は天に。地は地に。人は人に。天地人──虚空」
──…………
御愛読頂きましてありがとうございます!
次回更新は来週月曜日夜の予定となります。
『魔導の果てにて、君を待つ 第三十三話 狂戦士 中編』
乞うご期待!




