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第三十二話 深淵を歩くもの 前編




 内に秘めたる心細さをおくびにも出さず、少しばかり頼りない灯りを手に、黒洞洞こくとうとうたる闇を切り分ける一団があった。漆黒という表現すら生ぬるい、原初たる黒が支配する戦場を、魔導兵団特務隊が連なって進んでゆく。


 先頭を往くのは、特務隊第一組に属する魔導騎士の精鋭五十名と、第十二組に属する五十名を合わせた、計百名にも上る大きな一団であった。


 魔導兵団特務隊は、その運用方法から大きく二つの部隊に分かれていた。第一組から始まり、第十一組までを純粋なる正面戦闘に特化した戦闘班とし、第十二組以降は精緻な魔導の行使を持ちいて、索敵と警戒を行う探索班として、能力ごとの役割分担が精確になされている。


 特務隊においては振り分けられた組番号自体も大きな意味を持つ。番号はそのまま特務隊の中での序列を意味し、その数字が若ければ若いほどに、純然たる戦闘能力は上がってゆく。


 ユリス達が所属している第十八組に関しては、組の最小単位である四人編成という時点で、同様に語ることは出来ない立ち位置であったが、特務隊の総大将たるリーン・フェイが運用する指揮系統は、それらを体系として整えることで、組織の効率化、明確化を図っていた。


 さらに言えば探索班の最上位が第十二組ということもあり、今現在先頭を歩く者達こそが、ルード帝国魔導兵団特務隊における最強の布陣であることがわかる。


 第一、第十二組の精鋭に続くように、百歩ほど後ろに次の集団が編成され、最後尾は力のある第二、第十三組がカバーをする陣形となる。そして第十八組のユリス達がいるのは、ちょうど中央に位置していた。各集団は方円陣形を保ちながら、全方位に魔導を張り巡らせながら警戒を続ける。


「超級種に接敵! 前方に一!」

 探索班の放っていた魔導の煌めきが、線を途絶えさせた大規模な混沌を察知する。


「全体、止まれ! 光陣、構え!」

 リーン・フェイの声が、淀みなく高らかに響き渡る。


 前後二列の陣を組み、前方に強化系魔導騎士を配置。その後ろで、二列目の騎士達が創り上げた混合魔導の白い光が天に昇る。それらは連なり、重なり、巨大な光の柱となって形を造る。


「──放て!」

 リーン・フェイの指揮杖が振られて風が鳴く。

 奈落の底。谷を塞ぐように鎮座していた巨大な超級種は、一息の間に数え切れぬほどの光の柱に身を打ち付けられ、地に圧し潰されてゆく。大地が悲鳴を上げ、振るわれた圧倒的な力に空間が揺らぐ。


 超級種の頑丈な身体は、止むことのない光の奔流をその身に受け続けて立つことを許されない。

 嘆く事すら許さぬ圧倒的な力の前に、魔獣の再生能力は意味をなさず、ただただ無為にその存在を消滅させてゆく。


 既に三体目の超級種との接敵。大小さまざまな魔獣の襲撃にも慣れたもので、兵団は全てを適切に処理していた。





 * * *





「思ったよりも順調、といった所か。魔獣共の大本が地上を目指しているから、こっちの方には目もくれていないようだが」

 エミリオ・ワーズワースは、伸びて煩わしくなった前髪を掻き上げると、魔導の燐光を宿しながら蒼色に光る眼で超級種が塞いでいた暗闇の先を見つめる。


「上で騎士団が蓋をしてくれているけど、早く済ませたいところだね。しかし魔獣が消える度に空気が澱んでいくようだ。気分が悪いね」

 エミリオの後方に立っていたレイン・フレデリックも同種の魔導を行使しながら暗闇を見ていた。


「姉さん……」

「ユリス、どうしたの?」

 シルバスが動きを止めたユリスに話し掛ける。

 エミリオとレインはその様子を見て、足を止める。

 ユリスの身体は、しっかりと注視して初めて分かる程度の変化が起こっていた。

 額に汗を流し、足が震えている。


「危険……だ」

 ユリスは奈落の底に足を付けた時よりも、自身にのしかかる重圧が増しているという事実に恐怖を覚える。他の人間達よりも魔導への感受性が飛び抜けて高いという点もあるが、身体が小さいユリスは、環境による影響をより大きく受け、些細な違和感ですら敏感に感じ取っていた。


──風が消え、身体が少しずつ重くなっている。心身が強靭であればあるほどに、気付かぬほどの細やかな違和感。


「魔導を乱し魂を揺らす、根源たるものが……ある」


 先頭を歩く人間達の足音と、松明の燃焼する匂い。

 衣服の擦れる音や、会話。

 人が放つ音。

 その全てが、其れに呑み込まれ消えてゆくという、未来。


 無慈悲なる現実が姿を晒す。


「おいおい……」

 レイン・フレデリックは、その存在を見て全身の穴という穴から汗が滲み出るのを感じた。

 シルバスは、ユリスを自らの後方に下げる。

 それでもユリスの瞳はその存在を捉えて離さない。


 在ったのは、苔むした長大なる胴体を持つ、獣に良く似た化物。

 牙は大きく、歪んで開く赤い口腔が目に残る。

 其れは超級種ですら足下に及ばない存在。


「ふっ、なるほどな。こいつがずっとここに居たってわけか……リーン! 全部隊を下げろ!」

 エミリオ・ワーズワースはその存在を知って声を上げる。





──脅威とは、認識して初めて脅威たりえる。





「──古の時代に神と戦い世界から逃げた化物。始まりの大災害、怪物ベヘモス





いつも本作を御愛読頂きましてありがとうございます!


次回更新は金曜日夜の予定となります。

『魔導の果てにて、君を待つ 第三十二話 深淵を歩くもの 中編』

乞うご期待!

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