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第三十一話 白銀と風 後編





「エミリオ、部隊の様子はどうだ?」

 凛とした声が風を切るように飛ぶ。

 リーン・フェイは、陣内において最も奥に座したまま、入ってきた男に話し掛ける。


「上々だよリーン。グリークの子供達は感情表現が苦手なようだが、最近では少しずつ心の傷も癒えてきたのか、表情も豊かだ。とてもいい子達だな。もう一人もよく分からん経歴を持ってはいるが、実力は申し分ない。一体どこで拾ってきたんだ? あんな怪物をよく帝国という枠の中に収めていたものだ」

 廃墟を利用する形で本陣として設営された魔導兵団の住居は、調度品の数も少なく、実用的かつ簡素なものであった。リーンが座っている椅子も、急拵えで設えられた机も、帝国の威厳を保つには些か重みに欠ける。しかしそのような些末な事柄なぞ、リーンは元より対面に座った男もなんら気にしてはいなかった。


「あれは特殊だ。やる気のある時とない時の差が激しすぎて、平時では使い物にならん。暴走せぬように、お前が上手く飼いならしてくれ」


「へいへい。もうちょっと人に優しく生きようぜ、リーン」


「ふん。全く、気楽なものだ。お前が駄々をこねずこの椅子に座ってくれていれば、私も帝都を出ずに済んだというのに」


「それは言ってくれるなよ、リーン。俺はいつでも現場が好きなのさ。それにこれから鍵となるのは最前線だ。後ろで待っていてはいざという時に手遅れになるぞ」


「忠告だけは聞いておこう。第二陣と合流したのち、ケルオテ大断層の奈落を目指し、元凶を潰す。その時こそお前達十八組は大きな役割を果たすだろう。しばしの間、ゆっくりと休むが良い」


「ふっ、人跡未踏じんせきみとうの第一歩、その響きだけでもまるで英雄譚に謳われる勇者のようでわくわくするじゃないか。ま、十八組の事はこのエミリオ・ワーズワースに任せておけ。立ちはだかる問題なぞ、生まれ出た端からことごとく解決してみせよう」


「お前はいつまでも青臭いな。だが頼むぞ、我らが倒れた先に未来はないのだ」





 * * *




 夜明け前、魔導兵団特務隊の内、第十二から十八組の面々は、今まさに奈落に通ずる道を造り上げている工作班の後方に待機していた。


 工作班を狙って現れる魔獣は、姿を現した瞬間、帝国騎士団の矢の雨にその身を打ち砕かれ絶命してゆく。


 合流した帝国騎士団はその数だけでも優に一万を超える。それだけでも帝国が本作戦に掛ける意気込みも知れるというものだが、奈落に軍を進める上で一番重要なのは退路を確保して、情報を逐一更新していくという所にあった。


 長年の奈落攻略に携わった人間達の歴史が、後悔だけを今の時代に伝えるように、何も知るものがない、というところが本作戦の最大の問題点であった。


 人波に酔いすら覚える程の集まりの中、各部隊は整然としている。そんな中にあって、ユリスは一人、きょろきょろと周囲を見渡していた。見知った顔ぶれがいないかどうか、というのもあるが、目的はルディ・ナザクが居ないかどうかという所が大きい。


 元魔導兵団の特務小隊副団長ルディ・ナザク。

 彼はノール戦役ののちに忽然と姿を消す。ラルザやハイネルに尋ねたこともあったが、はぐらかされるだけでユリスの知りたいことは一切知れなかった。姉であるシルバスも同様にルディ・ナザクという人物に関しては口をつぐむ。


 結局どのような答えが返ってきたとしても、ユリスの中で生まれた、何故、は尽きないのだろうが。


 ユリスがそんな思案をしている間にも、工作班が崖を削って、道を造り上げてゆく。

 緩やかに、なだらかに。


 今回の作戦には大きく二つの目標がある。奈落に存在するであろう魔獣の発生地点を探し出す第一目標と、第一目標への対策を行うという第二目標。その二つが達成されてはじめて、作戦は完結へと至る。


 ユリスの所属する特務隊第十八組は第一目標に従事していて、斥候の役割が大きい。

 それは今後の全部隊、ひいてはルード帝国の行動を左右する大役でもあった。


 隣に立つシルバスは作戦前だというのに、いつもと変わらぬ涼しい顔をしている。少し離れた位置では、レインが知り合いらしき兵士と談笑をしては笑顔を見せる。ユリス自身は、自らがやるべき使命感を静かに燃やしつつ、体内に巡りゆく魔導と心を重ねていた。


「ユリス、本番はもう少し先だ。今の内からあまり入れ込みすぎるなよ」

 背中を叩かれて、叩いた人物が十八組の隊長、エミリオ・ワーズワースである事に気付いたユリスは、静かに頷く。


「いい眼だ。工作班が底に着くまではまだ時間がある。護衛は騎士団に任せて、休んでおけ。本番になったら嫌でも働く事になるからな」

 エミリオ・ワーズワースは、それだけを言ってにやりと笑うと、前方にある最前線の人波に紛れてゆく。


 果たして、工作班が断崖絶壁を削りきり降りきった先には一体何が待ち受けているのか。

 ユリスは己の心音を聞きながら、その時をただ待ち続けた。





いつも本作を御愛読頂きましてありがとうございます!

よろしければブックマークをぜひぜひ。


次回更新は来週の火曜日夜の予定となります。

『魔導の果てにて、君を待つ 第三十二話 深淵を歩くもの 前編』

乞うご期待!

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