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第三十一話 白銀と風 中編





 霜が降りる。

 風は冷たく、大地は所々に白色を残す。

 陽は昇ってはいるが、それでも地面に張り付いた霜を溶かす程の熱はない。

 気温の低下は著しく、三日前に降った雪も影となる場所には未だに残っていた。


 足元から全身を凍てつかせる極寒の地、ケルオテ大断層。

 そんなケルオテ大断層の間際に、碧色の髪の少年がいた。


 少年の名をユリス・エドという。

 足を滑らせれば容易く命さえも失ってしまう、危険なケルオテ大断層の間際にユリスがいるのには理由があった。


 片膝を突いて何かを探すように、光の存在しない深淵を覗き込む。

 風が断層の谷間を抜ける度に、猛獣のような唸り声が耳をつんざく。

 それがただの風の音であればなんら問題はない。

 問題があるとするのならば、風の音に紛れて魔獣の爪音が今も聞こえているという所にあった。


 大断層の壁面は直角であるというのに、魔獣は鋭利な前足を力任せに使い、少しずつ身体を押し上げては、外界を目指す。

 何を求めているのか、本能なのかは知る由もないが、大地に現れてしまえば、獣は地に住まう生命を喰らい尽くすことであろう。


 幾度となく対峙したことによる理解。

 理解することが解決に繋がらぬ、純然たる脅威。


「ひとつ、ふたつ……、みっつ、よっつ……」

 ユリスは瞬きすらせずに暗闇の中へと目を凝らす。

 翡翠を思わせる透き通った瞳は、暗闇の中にいる存在を確実に捉えている。

 ユリスが捉えている存在。それらの全てが、魔獣の大型種であった。

 そして、さらにその下にも蠢くものがある。


「超級種……姉さん、あれが出てきたらまずい」

「そう……ユリス、下がって」

 銀の髪を持つ美しい女性、シルバス・エドは、一点を見つめているユリスの肩へとそっと触れる。

 二人はサリアに着任してのち、ケルオテ大断層の調査を任されていた。

 兵団の中でも特殊な魔導に特化した二人の能力は、僅かな情報も見逃せない今の局面において重要な役割を持つ。


 二人が所属しているのは魔導兵団特務隊第十八組。

 それは少人数の精鋭で構成された、兵団の中でも特殊な部隊でもあった。


 権限を各々の隊員に与えられた独立独歩の部隊。

 大別すれば特務隊の長であるリーン・フェイの指揮下ではあるが、唯一、十八組には独断行動が許されている。


 十八組の隊員は四人いる。シルバス・エドとユリス・エド。そして──


「今日はえらく冷え込んできたな。そっちの様子はどうだい? あっちは散々だよ」

 痩せた金髪の男が、肩をすくめながらユリス達に近付いてくる。

 シルバスは男を一瞥すると、呼び掛けに答えることなく魔導を練る。


「うおっ」

 男の足元の砂が振動しながら蠢いて、一定の方向に進んでゆく。

 シルバスは男の足元の砂も含めて、周囲に存在している粒子を集めていた。


「レインさん、危ないので少し崖から離れた方が良いですよ」

 ユリスは金髪の青年に優しく声を掛ける。

 レインと呼ばれた男は、口を結んで指で小さな丸を作ると、ユリスに言われた通りに離れる。


 シルバスが創り上げたのは粒子で出来た砂の雲。

 砂の雲はシルバスの魔導と混ざり合うと、銀色を放つ魔導の雲へと変わる。

 そしてそれらは拡がりを見せながら、ケルオテ大断層の一部分を覆ってゆく。


「もう少し左。うん──」

 ユリスは暗闇に再度目を向けると、シルバスの魔導を目的の場所に誘導してゆく。

 シルバスは両の手で空を握るように、ユリスの誘導の元に雲の位置を調整する。


「姉さん、そこ」

 ユリスの声を聞いてシルバスは握り締めていた指先を開くように離す。


──ザッ


 土砂降りのような音と共に谷底に落ちてゆく魔導の雲。

 魔導の雲は燐光を放ちながら、下に存在していた魔獣を無慈悲に圧し潰してゆく。

 崖際に連なっていた魔獣の断末魔の声が聞こえる。


 魔獣を屠っていたシルバスの魔導の雲はゆっくりと魔獣を圧し潰していたが、遥か下で動きを止める。

 バチバチと魔導が弾けると、無数の光が暗闇に輝いたまま残る。


「これでしばらくは大丈夫。あれは頑丈すぎて斃せはしないけれど、上がることも出来ないはずよ」


「ふーっ、シルバスの魔導でも斃せないやつがいるってのは怖いな」

 息を吹き返すようにレインは言葉を発する。


「あれも超級種です。大型種の何倍も大きいけど、姉さんの設置型の魔導であれば何とか……」

 ユリスは魔導を行使して若干ふらつきを見せるシルバスに気付くと、すぐさま近寄って支える。

 それを見てレインも手を貸そうかと一瞬思案するが、シルバスと目が合ってやめる。


「また超級種か。未だ一体も地上に出してはいないが、これもあまり続けるべきではないのだよなぁ。が、何にしてもお疲れさまだ。疲れただろう? 一回戻ろうぜ」


「そうですね、レインさん」

「さん付けはいいって、ユリス。俺達は同じ隊の仲間なんだからな」

 十八組の一人、レイン・フレデリックは、優しげな茶褐色の瞳をユリス達へと向けながら笑う。





 * * *





 脅威は確かに其処に存在していた。

 いくら目を瞑ろうとも、悪夢は形を持ち力を蓄える。

 爛々と輝く瞳は強い意志を秘め、ただ青い空を見つめていた。





いつも本作を御愛読頂きましてありがとうございます!

よろしければブックマークをぜひ。


次回更新は今週の木曜日夜の予定となります。

『魔導の果てにて、君を待つ 第三十一話 白銀と風 後編』

乞うご期待!

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