第三十話 約束 中編
会話が途切れた僅かな沈黙を埋めるように、ホーホーと鳥の鳴き声がする。
ベルを先頭にして森の中をかなり進んだ頃、リバックは木の枝が撓る音を聞く。
リバックは頭上から何かが飛び降りてくるのを察知して、瞬時にシイナの腕を引いてその場から飛び退る。
──ズドンッ
「きゃっ」
リバックはシイナの頭を抱きかかえると、騒々しい声を上げながらゴロゴロと地面を転がる丸々とした物体を見た。
「あいでぇっ! なんだがや、こんれは。すんごい光だば、真っ白でなんも見えんがや」
転がり続けて木の幹に衝突したそれは、両手で顔を覆いながら声を上げる。
木の幹によく似た深緑と茶色の衣を身にまとったその物体は、仰向けに寝たまま声を上げて身をよじるようにバタバタと足を動かす。
「ミミズクちゃん!」
ベルが落ちて来た人物に気付くと、心配そうに駆け寄る。ベルの声に気付いて、地面の主は顔を覆っていた手を震わせながらもゆっくりとどけてゆく。
「あえ、おっおっ? なんだやベルちゃんでねぇか。こげな時間に一体どうしたんだがや。おらぁてっきり墓荒らしの侵入者かと思って、はりきってこらしめるとこだったば」
寸胴の見た目からは想像もできないくらいの滑らかな舌の回転を持って、独特な訛りを使いベルにまくしたてる眼前の人物。高らかに響く声は子供のようでもあるが、手入れのされていない伸びきった前髪に隠されて、その顔を見ることは出来ない。年齢はおろか性別の判断すらつかなかった。
ミミズクはベルを見て驚いた様子で髪を乱暴に掻きむしっていたが、その後ろにいたリバックとシイナを見て目を眇める。
「うわわっ。ほんに眩しいのぅお主。こりゃー魔導の光かや。闇に慣れた目には刺激が強いわや、もうちょっと抑えてくれると助かるんじゃが」
ミミズクは両手で自分の顔を隠すと、重ねた指の隙間からリバックを見てそう言う。
「あ、ああ。だが抑えてくれと言われてもなぁ」
いきなり変な要求をされたリバックは、隣で状況に理解が追いつかずキョトンとしているシイナと目を合わせた。
「あーあー、勿体ない。魔導がだだ漏れやが。もっと奥の奥にしまわにゃ」
「魔導が漏れている?」
リバックはミミズクの指摘に首を傾げると、ほんの少しだけ思案を重ねる。
リバックとしては、クロードやアルバートの稽古によって魔導の扱いは人並み以上であると思っていた。それでも、ミミズクのとっている行動を見ればリバックの魔導が刺激を与えている事も事実なようだ。
リバックはミミズクの言うとおりに、魔導を身体の内側に抑え込んでいくように意識をしてみる。内側の──さらに内側。髄まで魔導を圧縮する。
「おっおっ、少しマシになったぞ。それでいいんがや」
リバックの行動に手を打ち鳴らし拍手をするミミズク。
「これでいいのか……何か変な感じだな。で、ベル。このミミズクという方はどなただ? 反応を見ている限り知り合いのようだが」
「あー。えーっとえーっと。……ホウロ家の現当主、ミミズク・ホウロ様です」
ベルは一瞬この変な人物をリバック達に紹介していいものかと言い淀んだが、意を決して言葉にした。
「こらっ、ミミズクちゃんじゃろ」
「あ、すいません。ミミズクちゃん」
額に汗を滲ませながら、ベルが畏まった姿をみせる。
どうやら冗談というわけでもなさそうだ。
「ホウロの……。失礼しました。私はリバック・フィテスと申します。隣にいるのは妹のシイナです」
リバックは瞬時に状況を理解して礼を尽くす。
「……あの、シイナ・フィテスです」
シイナも目の前の人物がこの森を管理しているホウロ家の当主と知って驚いたが、すぐさまミミズクに己の名を名乗る。
「わっ、お主ら二人ともクロードちゃんとユーリちゃんの子供なんか。おらぁミミズクちゃんじゃ、よろしゅうなぁ。しっかしこげな時間にこげなとこでなにしちょるんじゃい?」
「ミミズクちゃん。実はお二人はシフィアトを探していまして……」
「ほうほう! あー、でもなぁ。未熟なもんがシフィアトを見るちいうんは、あまり良いことにはならんのじゃが……」
ベルの言葉を受けてミミズクは一度言葉を区切ると、前髪の下にある瞳でリバックをじっくりと見る。次いでシイナを見る。
「……シイナちゃんはシフィアトを見んほうがええかもなぁ」
「なんで!」
いきなりのミミズクの言葉に、シイナが反応する。
「精神が安定しちょらん子供は、シフィアトに心を持っていかれる事があるんよ」
リバックはシイナの身体が震えている事に気付く。
少しだけシイナの表情を見た後、リバックはミミズクを見る。
「何とかなりませんか? 一目だけでもいいので」
「……おらぁいつもは他人のやることに興味はねぇし、忠告もせん。が、そんなおらが止めるっちゅう意味を理解しての発言かえ、リバックちゃん」
ミミズクの黒髪の隙間から覗く、鮮やかな新緑の瞳がリバックを射る。
シイナはシフィアトの木を探したいと言っている。ただ純粋に妹の願いを叶えてあげたいと思うのは、いけない事なのだろうか。シフィアトの木がミミズクの言うように危険なものであるのならば、リバックはシイナを守る為にもその存在から遠ざけた方がいいのだろう。だが、何らかの決断をして前に進もうとしているシイナを止めてもいいものなのか。リバックは思い悩み、ミミズクの瞳と目を合わせ続ける。
「ふー。……ひとつだけ、おらと約束するならええ。シフィアトと会ってる最中、リバックちゃんはシイナちゃんの手を離すな。何があっても」
「手を……離さなければいいのか」
「うむ。全部ごっちゃになってリバックちゃんもシイナちゃんと一緒にシフィアトに持っていかれるかもしれん。だからおらも少しだけ手をかしちゃろう。クロードちゃんとユーリちゃんの大切な子供達じゃからな。全くもって変な夜じゃが、たまにはこういうのもええ。決まったら夜が明ける前に行動やが。ベルちゃん、いくぞぃ!」
「は、はい!」
ずっと様子を見守っていたベルの大きな返事が森の中に響く。
ふぅと息を吐きだすリバック。
シイナはその行先を見る。
安堵している。それはシイナか、リバックか。
──人は皆、暗闇の中ではひとりじゃろうも。
すれ違いざま、シイナはミミズクがそう言っているように聞こえた。
いつも本作を御愛読頂きましてありがとうございます!
シフィアトの木とは一体……。
次回更新は来週の月曜日夜の予定となります。
※火曜日に変更になりました、ご迷惑おかけします。
『魔導の果てにて、君を待つ 第三十話 約束 後編』
乞うご期待!




