第二十九話 家族 中編
舞うは銀閃。
踊るは砂塵。
「──天翔刃」
地上スレスレを通った光は、一瞬で天まで昇る。
風と大地を踏みしめる音が空間を支配して、骨の軋む音すらも耳に拾う静寂の中、リバックは一つ一つ思い出すように技を繰り出す。
リバックはそのままゆるりと刃を仕舞うと、己が思い描いた幻想の中の敵と対峙し、常歩を続ける。
「──無影闘法」
ひらりひらりと舞うように、大地を軸として変幻自在に地と足を繋げる。まるで地に映る影こそが己であるかのように、大地に溶けてゆく姿。
相手の攻撃を捌くことも、触れることすらなく、一切の暴力を無へと変える、究極の体技。
リバックの技は数多の戦場を経て、より強固な物へと成長していた。
剣聖エイリークを始祖として脈々と受け継がれる戦士の血は、戦を経るごとに更なる高みへと至る。
そうすることで、フィテスは代を重ねるごとに強くなってきた。
それはたぶん、今までも、これからもずっと続くもの。
刹那、ゆらりと動いたリバックに影が追いつかず、リバックの身体のみが前に進む。
足を踏み込み、回転を加えて鞘に入った剣を無の呼吸で水平に薙ぐ。
鞘から放たれ、生まれるのは光。
「──裏拍打」
耳鳴りを起こす程の空気の圧縮と振動が生まれる。
巻き起こされた風は荒々しく、周囲の草木を大きく揺らした。
──
息を吸う前に鞘に納まった刃が、カチンと音を鳴らす。
「見事なものだ」
「凄い、兄様!」
静寂を打ち払うように、最初に声を発したのはユーリ・フィテスであった。
その隣では、大きく手を叩きながら、リバックの一連の動作に目を輝かせているマーク・フィテスがいる。
シイナ・フィテスは、三人の中で一番後方にありながらも、目を凝らすようにしっかりとその全てを目に焼き付けていた。
リバックは表情を少し崩して、練武を見物をしている者達へと向き直った。
「思い描く姿にはまだまだではありますが、振るう剣に迷いは無くなりました」
着慣れた鎧姿とは違う、動きやすい軽装のリバックが、少しはにかんだ笑みを浮かべて母であるユーリ達のもとへと歩く。
「うむ。……心の方の迷いは未だに晴れぬか?」
「正直、そちらの方に関しては、自分でもよくわかりません」
ユーリに指摘されて、率直に思った言葉がリバックの口からこぼれる。
言ってしまってから、少しだけ不思議な感覚を覚えてリバックは息をのんだ。
家族の前で悩みを話せるようになったのは、変化であるのか、成長であるのか。
なんだか妙に落ち着かなくて、駆け寄ってきた弟に声を掛ける。
「マーク、どうだった?」
「凄かった!」
離れていた時が嘘のように、マークはリバックの動きを真似しようと騒がしく練習用の木剣を構えている。
マークが今よりも小さな内に軍の演習に参加したリバックは、もしかしたら忘れられているんじゃないかと内心怖さもあった。だがそれも全て取り越し苦労だったようだ。
「そうか、それは良かった」
安堵と共に懐かしい感情がリバックの胸の中を駆け巡る。
昔似たようなことがあった。
あれはいつのことだったか……。
「……」
「シイナ?」
ずっと見つめてきているシイナが気になって、リバックは声を掛ける。
だが反応は薄く、何か考え事をするようにずっとリバックを見つめたままだ。
「兄様は、また出ていかれるのですか?」
「……ルノウムで大災害の動きがあったようだ。叔父上が先に向かわれている。俺も少ししたら向かわねばならん」
シイナの思いつめた瞳は揺らぎを見せる。
リバックはその瞳を正面から受け止める。
マークはその言葉を聞いて、リバックが戦場で活躍することを夢想しているのか、楽しそうに声を上げる。
「リバー、それでも今日くらいはゆっくり出来るのだろう?」
空気を読んで様子をうかがっていたユーリが、リバックに話しかける。
久しぶりに呼ばれた愛称に、リバックの反応が少し遅れた。
「……あ、はい。母上、二日ほど世話になります。エド卿の計らいで足の早い馬も用意してもらえるようです。聖堂騎士団がルノウムに到着する前には合流できる事でしょう」
出来るだけ話が重くならないように、話を進める。
じっとリバックの横顔を見つめていた視線が、外れてゆくのを感じた。
リバックがシイナを見ると、俯いていて表情が見えなくなった。
「積もる話もあるからな。さあ、中に入ろう。動いていない分身体も冷えてきた、暖かいお茶を飲もう」
「お茶! 僕ミルクが入ったやつがいい! いこう、兄様!」
ユーリが殊更明るい声で話を切り上げると、固まったままのシイナの肩を押すように、部屋の中へと入ってゆく。
マークもリバックの右手を掴んで、楽し気に引っ張ってゆく。
「……シイナ」
シイナの背をずっと見続けたまま、未だ形にならない言葉が、リバックの口から漏れた。
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次回更新は今週の木曜日夜の予定となります。
『魔導の果てにて、君を待つ 第二十九話 家族 後編』
乞うご期待!




