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第二十八話 常闇 後編





「これは……」

 眼の前で起きている事態に理解が追い付かない。

 ここにあったのは、こんなものではなかったはずだ。

 眼前に佇むのは、音もなく存在する黒穴。


 いくら見直しても、その存在が今より形を変えることはなかった。


 光を呑み込む深淵。


 壁に掛けられた松明の光ですらも、緩やかに源を吸い取られていっているようにも見えた。


 同種の存在をリバックは見たことがあった。だが、それがなぜこんな場所に存在しているのか。説明を求めて、リバックはこの場所に案内をしてくれたヨアヒム・エドに向き直る。


 ヨアヒムの後ろには、リバックに同行していたアルバート・フィテスの姿もあった。


「これは、ザムジードなる人間の成れの果て。見張りの兵が気付いた時には、既にこのようなものに変わっておったわ」

 ヨアヒムが経緯を説明するが、ヨアヒム自身もなぜこんなことになっているのか理解が追い付いていないようにも見える。しきりに顎をさすりながら、思案の顔を覗かせている。


 ザムジードという男はリバックも知っている。グラム王都を襲撃してきた集団の首魁であり、その身を魔獣へと変える人外の化物。王都決戦の際に、サイ導師の魔導により、内に抱えんでいた大量の魔が払われた事も記憶に新しい。


 王都襲撃の背後関係を調べる為に、ザムジードの身柄は王都の警邏隊詰所の本部でもある、この地下牢にあって連日取り調べを受けていたはずだ。


「……魔獣グアヌブの黒穴こっけつ?」

 その黒穴を見て、リバックは思い出したように言葉を舌に乗せる。


「大災害の現れる時、世界は深淵に呑み込まれゆく、か」

 様子を見ていたアルバートが、ぽつりと漏らす。


「なりふりかまわず、この世界を侵食しようと大災害が押し寄せているという事でもあるかね。何にしてもこのままにはしておけぬ、か」

 ヨアヒムは眼前で右手の人差し指を斜めに切ると、魔術を行使する。

 ほんのりと光る指先で文字を描き、空間に力を与える。


蒼月そうげつ、揺らぎ無きコクを反転し、の力をクウと成す』

 ヨアヒムの指から放たれた燐光が宙に形を作ると、黒色を覆うように埋まってゆく。深淵は少しずつ、この世界へ通ずる道を閉ざされてゆく。


──ガアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァッッッッ


 黒穴が閉じようとした間際、獣の腕が穴より飛び出る。

 鋭い爪を持つ腕がヨアヒムを狙う。

 瞬間、アルバートが飛び出た獣の腕を付け根から断ち切った。


「全くもって油断できん。この黒穴は大陸中に現れているのか?」

 アルバートは残心を行いながら、剣を鞘へと戻す。


「ザムジードが魔獣を喰らいすぎて特異体質になっていた、というのであれば楽なんだが」

 アルバートの剣に断ち切られても、未だにビタビタと地面を這う獣の腕。リバックは少し嫌そうな顔をしてから、魔導の炎で一気に腕を燃やし尽くした。


「……これがもし、第一の大災害、魔獣グアヌブ……グアヌブの操る黒穴こっけつと同種のものであるのなら」

 リバックはその時、核心たる何かに触れた気がした。


「第一の波は、まだ終わっていない?」

 リバックが何の気なしに呟いた言葉に、ヨアヒムとアルバートは目を見合わせた。


「エド様! ルノウムの国境を超えた先に、数え切れぬほどの魔獣の群れが姿を現わしています!」

 息を切らしながら現れた騎士が、ヨアヒムへと必死の形相で急報を伝える。


「ついに来たか……」

「エド卿、俺が聖堂騎士団を率いて国境の前線に合流する。国内でいつ黒穴が現れるとも限らん、卿は王都にいて、国の内側にも睨みを利かせてくれ」


「叔父上、──俺も行きます」

「リバック……。お前はまず、家で待っている家族に顔ぐらい見せていけ。話はそれからだ」





 * * *





 どんよりとした雲が、灰色の色味を強めてその存在を強調する。白色と深みがかった青色に、灰色の混ざる世界。晴れやかな空は遠く、今はその全てが雲に覆い尽くされていて、閉ざされた世界に白い雪を降らせる。


 深々と、深々と。

 人の波間に雪が降る。


 雲の下に映し出されるグラム王都は、寒空の下にあっても熱気をまとい足を止めぬ人々で埋め尽くされていた。その熱量は僅かばかりの寒さであれば容易に押し返してゆく。


「もっと広く場所を使ってゆけ! まずは多くの人が雪を凌ぐための場所が必要だ! 更地の瓦礫を退けた端から、並行して作業に取り掛からねば、本格的な冬が来るまでに間に合わんぞ!」

 一際力強い声が放たれ、指示を受けた者たちが蜘蛛の子を散らすように作業に取り掛かり始める。


 王都は今、長い遠征より帰ってきた王国騎士団の力もあり、急速的に復興への道を進めている最中であった。


 最初は指示系統が纏まらず、軍と民の連携も取れていなかったが、なし崩し的ではあるが、間にテオが入ることで歯車がぴたりと合い、うまい具合に物事が進み始めていた。


「お父さん! お昼ご飯持ってきたよ!」

「よし、俺は少し抜ける。後を頼む」

 テオは元気よく駆け寄ってきたマルクから小さな包みを受け取ると、作業の邪魔にならぬよう広場の端に移動して、遅めの昼食を取りはじめる。


「お父さん、凄いね。もうこんなに出来たんだ」

「段取りさえできてしまえば、後は手と足を動かすだけだからな。復興の目途がついてきたことで皆の動きもだいぶマシになってきた。まだ帰れそうにないが、そっちは大丈夫そうか?」


「うん。お母さんたちも張り切ってるし、何かみんな仲良しになって楽しいね」

「こんなことがなければ、そうもなっておらんのだろうがな。そういえばいつも引っ付いてるオルフェはどうした?」


「うーん。何かオルフェ、最近街の詰所にずっと通ってるの。どうしたんだろ」

「ふむ。そうか……」

 テオは何かを察しはしたが、あえて言葉に出すことはやめた。


 スルナ村の子供たちの将来は、その大半が家を継ぐだけであった。

 だが、幸か不幸か王都に来た村人達の前には、無数の新たな道が開かれた。

 子供達も、いずれはその一人一人が自分の足で歩む道を選択する時が来る。


「見守ることしか、出来ぬか……」

 オルフェも迷っている最中なのであろう。

 個人が選んだ道に口を挟むのは嫌いだが、性格上それも難しいのだろうな、とテオは思った。


「──テオ、マルク」


「ん、珍しい。サイ導師か」

「サイお兄ちゃん!」

 テオが声のしたほうを見ると、見知った顔があった。

 何度も命を救われた恩人でもあるその男は、普段あまり見ない、旅の装束に身を包んでいた。


「どうした、何処かにゆくのか?」

「あぁ、しばらく王都を留守にする。出立の前に、挨拶をしておこうと思ってな」


「サイお兄ちゃん、どこに行くの?」

「北だ。しばらく留守にするが、危ないことはするなよ? マルク」


「北……、サイお兄ちゃん。オーリンお兄ちゃんに会ったら、また顔を見せてって伝えてね」


「ん、マルク……視えたのか?」

「うん」

 

「そうか。……分かった、必ず伝えよう」

「ありがとう、サイお兄ちゃん」


「ふむ。話が見えぬが、あまり無理をするなよ。導師様に掛ける言葉でもないんだろうが」

「いや、ありがとう。雪が解ける頃には戻ると思う。達者でな……」





いつも本作を御愛読頂きましてありがとうございます。

よろしければ、ブックマークと評価を頂ければ幸いです。


次回更新は木曜日夜の予定となります。

『魔導の果てにて、君を待つ 第二十九話』

乞うご期待!

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