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第二十八話 常闇 前編





 最初は一つの小さな点であった。

 誰が最初に気付いたのか、真っ白な世界に突如として生まれた小さな黒い点は、幅広く水平に変わり、気付いた時には巨大な黒い壁へと変化していた。

 逆巻く怒涛。白い荒野を埋め尽くすように立ち昇る巨大な黒壁。


 まるで津波のようにも見えるそれが存在しているのは、まごうことなき大地の上であった。


 雲が天にあるわけでもないのに、薄暗く色を落とす空。

 雷鳴と勘違いするほどの地響きを鳴らし、少しずつノール砦への侵攻を見せる。

 それは目を凝らして見て初めて分かる、蠢く群体であった。


 最初にその存在に気が付いた見張り番が、すぐさま異常を知らせる銅鑼を鳴らす。

 その行為も一体何度目の出来事であるのか、数えるのも億劫になるほどであったが、ノール砦に重々しい音が鳴り響く。

 その音に呼応するように他の場所で返しの銅鑼が鳴る。


 その音は人の心を締め付けるように、耳にした者の気をはやらせる。

 連絡を受け取った者がさらに砦の城壁で火を焚く。


 かつて魔竜が砦を襲撃した時と同じ段取りではあったが、未だ改修工事も済んでいないノール砦は、冬が来て雪の積もる姿を晒している。様々な要素が重なり、駐屯している兵士達の不安を煽っていた。


 兵士の中には魔竜襲撃の記憶が脳裏をよぎり、足が竦んで動けなくなっている者もいた。

 そんな中でも、現状の全てを捉えている男が存在する。


 その名をスウェイン・ヴァン・ミドナといった。

 ルード帝国皇帝アルケス・ヴァン・ミドナの実弟にして、クロード亡き後に魔導兵団の新団長となった男。


 全てを見渡せる城壁の上で、スウェインはしかめっ面のまま腕を組んで立っている。

 右目を瞑るのは考え事をしている時の癖なのか、左眼は眼光を鋭くしたまま全体を見つめている。


 スウェインは、今から一体何が起ころうとしているのか、長年の経験と本能で理解をしていた。これより始まるのは尊厳を賭けた逃れようのない闘争。知らず知らずのうちに握った拳に力が入る。


「着任早々だってぇのに、面白いことになってるみてぇだなぁ、おい。だが、間に合ったと言うの方が正しくもあるか。ラルザ!」


「はっ。敵の大部分がルノウムより押し寄せる魔獣共。数は国土を埋め尽くそうとしているその全てが、今この時を持って侵攻を始めておるようです」

 新たに魔導兵団の副団長となったラルザが答える。


「はっは、そうかそうか。ハイネル、そっちは何が見える!」

 軽快にもう一人の副団長へと声を掛けるスウェイン。


「ええ……。ラルザの言葉に付け加えるならば、やっこさんの後方にはそれを率いている騎士共がいるようですなぁ。掲揚けいようしているのはルノウムの旗かとも思いましたが、少しばかり細部が違う。黒字に白抜きの三つ首竜と剣、昔歴史の授業で見た事のある、ギリエラの紋章に似ていますねぇ」

 ハイネルは城壁から黒い壁を構成している魔獣軍団の陣容を、自らが魔導で操る大鷹で視ていた。魔獣の背後に存在するのは、統一された蒼の鎧を着た騎士。掲げている旗は黒い壁のように一面にひしめいては、宙を漂っていた。


「ギリエラの亡者共が、今更この世に帰還しようってか。なんとまぁ夢見心地の悪いことで。ここにある魔王の器もついでに手に入れようとしているのだろうが、その野心と傲慢、悉く全てを打ち砕いてやろうじゃねぇか。何度蘇ろうとも、同じ敗北を味わわせてやる」

 組んだ腕を解くと、右腕を前に突き出し指先は魔の群れを捉える。

 しかめっ面だったスウェインの表情も、言葉を紡ぐうちに笑いへと変わる。

 寒空の下においても陽の空気が伝わり、緊迫した空気が和らいでゆく。


 スウェインと副団長二人の後ろに存在するのは、再編成された魔導兵団の面々。

 スウェインの大言をそのまま受け止める者もいれば、やれやれといった顔つきの者もいる。

 だがその全てが覚悟なんぞとうに決まっていると言わんばかりに、自然体であった。


「新しい大将は祭り好きなようで、結構な事だ」

 ラルザはスウェインの大振りな行動を見て特大のため息を吐いたが、声色に否定的な色は含まれていない。

 自慢の大剣を肩に担いで、いの一番に前線に出られるよう様子も窺っている。

 ノール砦に着任してから様々な事があったが、クロードが魔竜を払って以降、ラルザは己が生きる為に剣を振るうようになっていた。

 かつては戦場でいつ死のうとも構わないといった思想が、ラルザという男の大部分を占めていた。だが、あの時に目にしたもの、経験した事が、ラルザの生き方を変えた。


「ルノウムがああなっていた以上、いつか何とかせねばならんかっただけですがね。まぁ、サイコロを転がして出た目が運命というやつです。スウェインの旦那の言う通り、存外悲観することもなかろうというやつです」

 一見投げやりにも見えるハイネルの言葉にも、こと悲壮感は見受けられない。

 結局のところ戦場においては生きるか死ぬか、ただそれだけしかない。

 運が良ければ生き残るし、悪ければ死ぬ。

 ハイネルは今までがそうであったし、今更生き方を変えようとも思ってはいなかった。

 ただ、簡単に死ぬ気がないというのも、確かではあったが。


「はっはっは。つまるところ、人が生き残りたいと願うのは、生まれ持った本能でもあるのだろう。だがそれでも、一番最初に勇敢なる死の誉れを得るのは俺の役得だ。勝手に奪うんじゃねぇぞ、お前ら」

 笑いながら城壁を勢いよく飛び降りるスウェイン。

 握った長大な剣は、白く輝きながら希望の光を見せる。


 ラルザとハイネルは、互いに顔を見合わせた後に肩をすくめると、続いて宙へとその身を投げ出した。





いつも本作を御愛読頂きましてありがとうございます。

日々、読んで頂けていることがさらなるモチベーションへと繋がっております。

最大限の感謝をここに。


次回更新は木曜日夜の予定となります。

『魔導の果てにて、君を待つ 第二十八話 常闇 中編』

乞うご期待!

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