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第二十七話 微笑みを君と 後編





「冬が来た。暖かい春を待ちわびた人々は、望む望まざるにかかわらず、新たな時代へと足を踏み入れ、困難に直面する事となる。それは対峙することすら難しい問題。それでも、出口の見えない吹雪の中にあっても灯火は消えることなく、しるべとなった」

 響き渡るのは魔導王レフの声。その姿は見えず、声だけがオーリンへと届く。オーリンは戦いの最中、今の今までここが魔導門の中である事を忘れてしまっていた。少しずつ景色が変化してゆく。

 大災害の軍勢や魔竜も姿を消して、一帯を虹色の魔導が埋めてゆく。


 魔導王レフの魔導。その魔導は、触れているだけで自身の内にある空虚が満たされてゆくようであった。まるでそれは心地よい日向にあるように、ぬくもりを得て、魂の核が熱を持つ。


 絶え間なく変化を見せる門の内側の世界。

 その世界に、一つ二つと光が生まれてゆく。

 オーリンが視線を宙に揺蕩う光の礫に向けると、見えてきたのは夢幻のような光景であった。


 オーリンが垣間見たのは、少年の記憶。

 理想を掲げ、今に繋いできた夢の切れ端。

 その端と端を繋ぐように、多くの人影が生まれては消える。


 分かったのはその夢の切れ端を握り、多くの導師達が歩いているということ。


 灯火を持ち、空いた手では誰かの手を握っている。

 誰も置いていかないように。置いて行かれないように。


 最後に見えたのは、今よりもずっと幼いサイやクインの手を引いて歩くヤンの姿であった。

 その後ろには列をなして、たどたどしく歩く小さな子供達が続いている。


 ヤンは歩き続けた。

 そして、立ち止まったヤンの幻影は、魔導門の中にいるヤンと重なる。

 オーリンは、ヤンの身体が淡く光っている事に気付いた。


「ヤン……導師?」

「オーリン。どうやら時が来たようだ。レフ兄が五百年を掛けて生み出した魔導を、今より世界に開放する。門の外側でお主が受け取り、閉ざされし未来を拓くのだ」


「どういうことだヤン導師。ここに来れば魔導王レフが目覚めるはずじゃ? それに、あんたはどうなる?」

「我はこの場に残り、彼方かなた此方こなたを繋ぐためのいしずえとなる」


「待ってくれ、言っている意味がよくわからない。それに、魔導王レフと聖女サアラは一体どこに」

 オーリンは周囲を見渡すが、いつの間にかヤン以外の者はその場からいなくなっていた。


「魔導を世界と繋ぐ為には、正しく導く存在が必要なのだ。それに……レフ兄は、既に魔導となってその肉体を失っている。ここにあったのは、かつての姿を残したままずっと眠っていた魂。それに、サアラ姉は五百年前に我とレフ兄とでその最期を看取っておる。虚無を強制的に視せられ続けることで、予言の力を持つ者は命を削られてゆき、死に至る故」


「じゃあさっきのサアラは……」

「レフ兄の魔導が、サアラ姉の魂を大災害の絶望より守っていたのであろう。今はもう、一緒になって魔導へと変わってしまった」


「魔導王の目覚めは……」

「……ここにあるレフ兄が育んだ全ての魔導が門より開放され、世界に満たされる事を言う。希望は種を育てた、後はそれを育む水が必要となるのであるよ」

 ふっと息を吐いて、穏やかな表情をしているヤン。

 ヤンの清々しいほどに迷いを見せぬ姿は、すでに己自身の結末が決まっている事を、受け入れているようにオーリンの眼に映った。


「でも、それでは……。待ってくれヤン導師! クインが、グアラドラのみんなが待っている! あんたの事を大好きな人が、あんたの事を待っているんだ。それなのに、あんたがここに残ったら、あいつらはどうするんだ!」

「幼子達は、我が見守るという事から開放される程に成長をみせた。今ならば胸を張って言えるのである。あの子達が、これからの世界を救ってくれると」


「……クインに言伝を預かっている。あなたに会ったら伝えてくれと。──尊敬し、敬愛してやまないお父さんが、使命を果たした後も一緒に生きてくれることを、望んでいると」

「それはとても、素敵な事であるな……」


「ヤン……導師」

「オーリンに一つ尋ねたい。愛しい幼子達を戦いに導いた我のやり方は、間違っていたと思うのであるか?」


「……俺は、グアラドラ孤児院の子供達と話をした。出てくるのは決まってヤン導師、あんたの話だ。世界を旅し、多くの人を救うヤン導師。子供たちの語る言葉の全てがとても誇らしげで、そこにはたくさんの想いが詰まっていた。それにサイやクインを見れば分かる。みんな信念を持って強く生きようとしている。それはきっと、皆があんたの背中を見ていたからだ。グアラドラのヤン導師は、子供達にとっての英雄なんだ」


「……はは。そう、であるか。うむ。──あぁ、どうしたものか。それを聞いてしまっては、少しばかり未練が残るではないか。……覚悟はうの昔に決まっていたというのに、いかんのであるな」

 ヤンが少し困ったように頭を掻く。

 その姿は、幼子の駄々を聞いているようにも見えて──。





──ヤン


「レフ兄?」





 * * *





「君がこの世界に生まれた時、どんなだったか覚えているかい、ヤン?」

「……どんなだった、か」


「僕が見惚れてしまうほどに、それはとても素敵な笑顔だったんだよ」

「笑顔……であるか?」


「そうだよヤン。僕はその時、世界がその微笑みで埋め尽くされたらいいなぁと思ったんだ。それはとっても素敵な事じゃないか?」

「レフ兄?」


「君のお兄ちゃんを信じなさい。君が居るべき場所はここではなく、君の夢がある場所さ。さあ、行くんだヤン。僕達はずっと君と一緒にいる」

「でも、礎となるものがなければ、門の開放が正しく導けないのである」


「僕は、夢と希望。それら全てを丸ごとひっくるめて実現する為の力に、魔導と名付けたのさ。君の魔導を信じるんだ」

「我の魔導……」


「僕の自慢の弟に、辛気臭い姿は似合わないよ。君はいつものように、自信満々なくらいが丁度いい」





 * * *





「あぁ、もしそれが許されるのであれば……。レフ兄、サアラ姉。我はまだ、子供達の自慢の父として生きる為、もう少しだけそちらに行くのが遅れるのである。だけれど……寂しくはないのである。子供達が居るから。それに、皆もずっとここにいるから──」

 胸を押さえ、ヤンは真っすぐに立つ。

 泣き顔は、自慢の兄の言っていた笑顔とは少し違ったが、くしゃくしゃなその顔も、微笑みへと変わる時が来るのだろう。


 たとえばそれは、大切な君と過ごす時のように。





本作を御愛読頂きまして、ありがとうございます。

ブックマークも頂きまして感謝しかありません。重ねてお礼申し上げます。


次回更新は来週月曜日夜の予定となります。

『魔導の果てにて、君を待つ 第二十八話 常闇 前編』

乞うご期待!


※次回以降、月・木曜日更新に戻ります。

どうぞお付き合いいただけたら幸いです。

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