第二十七話 微笑みを君と 中編
今この時がたまゆらであるとしても、その僅かな刻を引き伸ばして、永遠に変えてみたい。
彼方にある記憶の果てで、そんな言葉を言っていたのは誰であったか。
生きられなかった人たちの想いを受けとる。
導師が魔導を通じて得られる感触は、世界を漂いながら光と影を遺す、そういった儚いものたちであった。
ヤンは無数の雷光を操り、眼前に広がり続ける大災害の驚異を駆逐しながら、思いを馳せる。
ヤンという人間は、魔導より生まれいづる。
人の温もりを知り、人の心を知って、人の世に降り立ち、人となる。
魔導という力の最も深遠にある存在。
人であるが故に、ヤンは歳を重ねる。
人であるが故に、ヤンは人を愛する。
人であるが故に、ヤンは焦がれ願う。
この世界を心の底から守りたいと。
ヤンは人であったが、普通の人間とは流れる時の速さが違った。
その中で心を痛めることも、悲しみを受ける事も少なくはなかったが、それに耐え切れぬほど弱くもなかった。何よりも目まぐるしく変化を見せる全てのものが、ヤンの心を動かし、刺激を与える。
人であるヤンは、出会いを尊び、その後に訪れる別れですらも愛した。
それが人であるという事だから。
楽しいのか、悲しいのか。
未だに分からないこともある。
嬉しいのか、苦しいのか。
今なら分かることもある。
ヤンが人となって気付いたのは、人とは、夢であるということであった。
「手を取り、願いを重ね、積み上げられた景色が夢となる。であれば、我の願う夢とはどのようなものであるのか」
孤児院で出会ったレフとサアラは、ヤンが最初に出会った、大切な人たちである。ヤンにとってその存在は兄であり、姉であり、親であり、魂を通わせた血よりも濃い肉親であり、長年待ち続けた待ち人でもあった。
どのような関係であったとしても、それが永遠のものではないと、流れゆく時を過ごす中でヤンは理解していた。だからこそヤンはそのたまゆらを愛する。愛しい時間を愛する。今生きる者たちを愛する。過去に生きた者たちを愛する。ヤンが忘れない限り、そのたまゆらは、誰かが言った永遠のそれであるのだから。
風を切る音が耳に飛び込む。
隣ではオーリンがその長大なる槍を用いて魔獣を払いのけている。
魔獣共の凶悪な牙や爪が無尽蔵に振るわれていたが、オーリンは羽のような身軽さで、ふわりふわりとそれらの攻撃を見事な体技で往なしている。
踏みこみは果敢に、恐れを排して。
軽々と跳躍をして見せては、魔獣を踏みつけてオーリンは空を駆ける。
薄れかけていたグラムの記憶を思い出す。
なんと心強いことか。隣にいることが頼もしくて、その成長が嬉しくて、ヤンの心は熱くなる。
大災害の軍勢は無限のごとく湧きいでる質量を盾にして、暴力を纏い何重もの波となって襲い来る。そこに果ては見えない。
それでも、ヤンとオーリンが立つ場所より後ろに波が流れる事はなく、その全てを押し留めていた。あたかもその空間には特殊な力場が形成されているようで、大災害の軍勢はその力に吸い込まれるように引き寄せられては、ヤンとオーリンにぶつかることを余儀なくされる。
「其は安らぎの園。寄りて、寄りて、彼方へと還す。雷光天招」
幾百もの魔獣が、天に開いた光の穴へと、雷によって打ち上げられ吸い込まれてゆく。光が弾けた後には、ポッカリと空間が開ける。直ぐ様魔獣が地を埋め尽くそうとするが、ヤンの創り上げた魔導の範囲に入った魔獣達は、その全てが光の粒子へと変わり天へと還る。
その様子を見ていたヤンは、より強い力を感じて、空を見上げる。
其処に在るのは不滅の魔竜。
巨大な魔獣すらも消し去る雷光の陣を苦にもせず、粒子となって消えゆく躰を超反応で修復しながら侵入を試みている。刹那、竜の口腔に生み出された光が、咆哮とともに放たれる。
それを遮るようにして一人が立つ。
ヤンの前に立っていたのは、威風堂々と、大地を踏みしめるレフであった。魔竜の吐き出した閃光を前にして、レフの身体から生まれた光がその全てを受けとめる。轟音が鳴り響く中、レフを包むように十重二十重に重なってゆく高密度の光の層。
最初は緩やかに、次第に激しく。レフの身体から生み出される光は、七色の極光へと色を変える。レフの気高き魂に着色されてゆくように、余すことなく空間に注がれるレフの魔導。その場にある何もかもが満たされてゆく。一瞬だけ生まれた音の狭間に、レフが口を開く。
「外の世界で動きがあったみたいだね。残念だけれど、穏やかなるまどろみは終わりを告げ、目覚めの時へと移り変わる」
本作を御愛読頂きまして、いつもありがとうございます。
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次回更新は木曜日夜の予定となります。
『魔導の果てにて、君を待つ 第二十七話 微笑みを君と 後編』
乞うご期待!
※11月11日追記
更新金曜日に変更です。申し訳ありません。




