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第二十五話 始まりの日 後編





「はははははははははは、楽しそうな状況ではないか、ランス君!」

「ハラルハルラ、全部俺の獲物だ。邪魔をするな」

 ランスの握った拳がハラルハルラに向けられると、威嚇するようにメキメキと音が鳴る。


「レフ!」

「ハラルハルラなんて、こんな所でまた厄介な相手が来ちゃったね……。流石に全部受け止めるには、ゆとりが足りないよ」

「ハラルハルラか! レフはあいつを知っているのか?」

「お兄さんも知ってるの? 僕の場合は、あいつが住処にしていた場所でばったり出くわしちゃってね。それ以来ずっと、あいつは僕を付け狙ってるんだ。執念深いというかなんというか。それでも、放っておくとあいつは人を操る魔術を使って悪さをするから、退治してはいるんだけどね。不思議な事に、時間が経つと何度でも復活しちゃうんだよ」

 頭を掻きながら、レフが首を振る。


「復活だと……そんな事が」

 レフの言葉にオーリンは驚愕する。

 魔導王の時代にも、オーリンがいた時代にも存在しているハラルハルラ。オーリンが倒したハラルハルラも、いずれまた復活してしまうのだろうか。

 そして、レフの横ではサアラが頭を抑えていた。


「サアラ大丈夫?」

「皆がいない時に常闇の騎士と大魔が出てくるなんて。雪の残るカナン山を単身越えて来たと言うの? そんな事になるなんて、私は視てないのに……」

 未来を見せるという、サアラが持っている未来視の能力。それが何らかの理由により機能していない。サアラは自分たちを取り巻く危機を肌で感じ、あまりにも出来過ぎた、不都合が凝縮された現状に疑問を抱く。

 サアラ達は決起の時を待ち侘び、グアラドラの奥地にてずっと、()()()()()()()のだから。


「やっぱり僕の言った通り、未来は不確定ってことでしょ、サアラ。でもそれは、言い換えれば希望へと繫がる道だよ」

 難局であるというのに、サアラの予言から外れた現状が嬉しいのか、レフは笑う。


「おや、懐かしい匂いを感じるが、君とは何処かで会った事があったかね? 我好みの美しい魂であるが」

「ちっ!」

 唐突に背後に現れたハラルハルラへと、オーリンは魔導を込めた短刀を振るう。触れる瞬間黒衣が地に落ちると、その場から十数歩程離れた場所に、ハラルハルラは何食わぬ顔をして立っていた。


「む、少年だけでなく、君も魔導を操るのか、それは末恐ろしいことであるな」

「ハラルハルラ、俺の声が聞こえてねぇみてぇだな。一遍死んでみるか、お前?」

「はははははははははは、相変わらず物騒だなぁ、ランス君は。まぁ、茶番はこれくらいにしておかないと、後で色々と怒られるかね。単刀直入に言うならば、伝言だよランス君」

「あ?」


「ルードの英雄皇が神剣を持ち出して、前線にまで出張ってきた。止めるためには君の持つ魔剣が必要だ」

「……今いい所なんだよ、馬鹿みたいに雁首がんくびだけは揃ってんだ、死ぬ気で粘ってみせろや」

「グィルデ王の命令だ、()()()()

「ちっ……くそが。めんどくせぇ、めんどくせぇよクソジジイ。目の前に極上の獲物がいるんだ。ここではいそうですかと見逃せるわけがねぇだろうが。目を閉じ、息を止めて少し待ってろハラルハルラ。直ぐに仕留める」


「はははははははははは、君が王の言葉に反発するというのは珍しいな。わかる、わかるぞ、その気持ち。だが、いかなランス君とてあれを直ぐにとは難しい。難しいだろうよ。よくよく見れば、行方知れずであったはずの、フィズの若き武王ではないか」


──ドクンッ


 ハラルハルラの言葉に、オーリンの全身が弾けんばかりの脈を打つ。ミシミシと音を立てて、自分の身体ではないように、力が満ち満ちてゆく。溢れるのは、身を満たすほどの怒り。


「お兄さん?」

 不安な表情を見せるレフとサアラ。


「どうやらそうみてぇだなぁ。あの国の人間とは思ってはいたが、武王という所までは読めなんだがな。──武神が興したとされるフィズ王国。ウルのクソガキが手段を選ばず皆殺しにしたと聞いたときには、そっ首叩き落としてやろうかとも思っていたが、合縁奇縁あいえんきえん、天が俺に与えた最高の巡り合わせよ」


『……巡り合わせ。そうだ、確かに巡り合わせだ。──俺に生きよと、天が愚物を誅す時間を与え給うた。なんという走馬灯の時か』


 オーリンの口から言葉が流れ出た。

 レフとサアラは固唾をのんで、状況を見守る。


「あっはっは。さっきまでとは殺気が桁違いじゃないか! 不憫だなぁ、武王よ。お前がどんなに強かろうとも、どんなに万人を凌駕する能力を持とうとも、一族郎党、お前以外の、お前が大事に守ろうとした者は皆、この大地においては吹いて消えるほどのか弱き存在であったのよ。あぁ、これを不幸以外の何と言う! お前はこれからも一人で生き残り続けるのか。悲しいなぁ。不憫だなぁ。だからこのランス・バルバトスが、黄泉へと案内してやろう。待ち人が待ち侘びて消えてしまうその前に」


『人に非ざる外道よ。……お前に俺が愛した、優しき民の事を、悪辣なるを持って語ること一切許さず。お前が百の言葉を持って人の心を踏みにじろうとも、千の言葉を持って人の心を殺そうとも、俺の愛する人の魂が汚されることはない。お前はその悪業を抱いたまま、何も理解できぬまま眠れ。もう慈悲はないのだ』


 風が吹く。

 それは怒りに震え、憤怒の形相をしたオーリンの顔を、そっと撫でるように。


「お兄さん。聞こえる? 僕の声が聞こえるなら、今はその怒りに身を任せちゃ駄目だ」

「……」

「僕とサアラは、悲劇を生み出す常闇の国と戦う為に、人を集めている。お兄さんに、それを手伝って欲しいんだ。でも、今あいつの挑発に乗ってしまえば、お兄さんは死んでしまう。僕はお兄さんに死んでほしくない。お願いだよ、お兄さん。僕と一緒に生きて」


「あっはっはっは。武王よ、聞け、そこのガキのような事をのたまっていた奴らは結局どうなった? 皆死んだ、皆な! そいつも死ぬぞ、武王、皆お前を残して死んでゆく。強すぎるというのも考えものだな!」


 レフの声が聞こえる。

 ランスの声が聞こえる。

 オーリンは、怒りが口から溢れ出るのを、必死に耐えていた。


──殺したい。目の前の男を殺したい。大切なものを全部奪った。みんなを奪った。何もかもがなくなった。ずっと一緒に生きてきたのに。愛していたのに。今はもう何もない。只々空虚な己の身体以外に、何もない。殺したい。仇を取りたい。みんなは帰ってこない。なのに、のうのうと生きている目の前の悪が許せない。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい──


──でも、殺した先にも、何もないじゃないか。


「死なないよ、お兄さん。僕たちはここに国を造るんだ。どんなに大きい悪意にも決して負けない、皆が笑って暮らせる国を! 僕と、サアラと、エイリークと、エドと。今はまだ、数は少ないけれど、お兄さんの力も貸してほしいんだ。きっと出来る、信じて、お兄さん!」


「あぁ……、あぁ…………だけどレフ……。エルアも。ハリスも。ユーグも。リンディアも。オルローも。みんな──みんな、とても良いやつだったんだよ。なのに俺はもう一人で、どうしたらいい? レフ」


 涙が溢れてくる。

 もうとっくに枯れたと思っていたのに、涙が止まらない。

 怒りがあるのに。

 より強い悲しみが精神こころを引き裂こうとする。

 何も見えない。

 力が抜けてゆく。

 俺は俺だけれど、結局皆がいなければ、がらんどうだ。


「お兄さん!」


 手が掴まれる。

 レフとサアラが、強い力で握っている。

 それは、温もり。

 真剣な表情で、真っ直ぐに俺の目を見ている。


 懐かしい、心地良さ。

 あぁ、なんだ。

 最初から、触れるだけでよかったんだ。


「帰ったら、あたたかい物が……食べたい」

「お兄さん」

「私がたくさん作る、美味しいやつ!」

「それは、……とても素敵なことだなぁ」


「ふぅ、茶番は終わりか? 時間が押してるんだ。ちゃちゃっとやろうぜ」

 ランスが真紅の剣を前に出す。

 ハラルハルラは遠くを見て首を傾げると、ランスを見る。


──ザッ


「避けたか、流石に、そう簡単にはいかんかね」

 灼熱色の髪をした、右目に黒い眼帯をした男がランスの背後から、剣を振るっていた。ランスは転がるように大地を滑ると、怒りの表情で男を見る。


「剣聖エイリーク!」


──ドゴンッ


「ほうほうほう。そこで大地に逃れるのか。面白いねぇ。ちと知識に入れておくかね」

 黒い長髪を後ろに流した痩身の男が、ハラルハルラを魔術で創り上げた大岩で押し潰していた。


──ははははははははは、陰術を使って気配を絶つなんて、人の身でよくやる!


「エイリーク! エド!」

 サアラの声が響く。

 レフは友の顔をみて、嬉しそうに笑顔を見せる。


「くそが、獲物が増えて上等だよ。てめぇらまとめてこの剣に喰われちまえ!」


──ランス君、流石にそれは厳しいと我は思うのだがね。


 ハラルハルラが隠れたままのんきな感想を述べていると、咆哮を上げたランスの真下に、人影が滑り込む。


「ちぃっ!」

 フィズの武王と呼ばれし男は、一足でランスの懐に飛び込むと、掌に集めた魔導でランスの腹を穿つ。


「ぐおおおおおぉぉぉぉぉっ!」

 瞬間、木々をなぎ倒しながら吹き飛ばされるランス。

 直後、ランスの背後にハラルハルラの創り上げた黒穴が出来上がると、そのままランスを呑み込んでゆく。


──流石にこんな所で無駄死には出来ぬか。まぁ、ここは撤退しよう。戦いは準備が肝心であるからな。ランス君には怒られるが、仕方ない。ぬおっ!


 一本の紫電が一直線に、黒穴の中目掛けて飛んでゆく。


「逃げられた……。残念である」

「ヤン、君も来ていたのか」

 レフが、自分より遥かに小さな子供を見て、呆れた表情で迎える。


「レフ兄やサアラ姉はいつも無茶をするから。邪気を感じて、エイリークとエドを至急連れてきたのである。それよりも──」


「お、新しい仲間か?」

 エイリークが目を丸くしながら、問いかける。


「ほうほうほう、それは頼もしいな。いよいよ面白くなりそうではないか」

 エドは少し伸びたヒゲを擦り、状況を楽しんでいるようにみえる。


「お兄さんは、きっと皆と馬が合うと思うよ」

 サアラは嬉しそうに、無邪気なまま語る。


「オーリンお兄さん、紹介するよ。僕たちの仲間だ」

 レフは自慢げに、その場にいる仲間を紹介する。


──あぁ、すまん、レフ。実は、俺の名はオーリンではない……。





「俺の名は、グラム。グラム・フィズだ。これから世話になる。宜しく頼む」





本作を御愛読頂きまして、本当にありがとうございます。


次回更新は月曜日夜の予定となります。

『魔導の果てにて、君を待つ 第二十六話』

乞うご期待!

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