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第二十五話 始まりの日 中編





 大地が鳴動し地鳴りが起きる。風は四方八方に流れて、嵐の前触れように木々の葉を騒がしげに揺らす。

 それはまるで、この場に存在する全ての力が、レフの呼び掛けに応えているかのようであった。


 光が生まれ、熱を持ち、収束してゆく。人一人を丸ごと飲み込むほどの大きさへと育った雷は、中天へと浮かび上がると、ゆっくりと矛先を眼前の敵に向ける。


雷槍紫電らいそうしでん!」


 レフの言葉と共に、圧倒的な力を世界に示すべく紫紺の雷槍が、瞬きすら許さぬ速度で刹那の時を進む。空間を飛翔する瞬間に鳴り響いた雷槍の甲高い音が、木々に止まる鳥を驚かせて、空へと返す。


 紫電の槍は、一瞬で三白眼の男を吞み込んだ。

 弾ける様に音をその場に鎮座させ、極大の雷に制圧された空間。

 理性によって本能の奥に隠されていた、根源たる恐怖すらも呼び覚ます。

 本来、人が生存不可能なその極地に──


──力強い振動が生まれる。


 前人未踏の地にその歩みを誇示するように。

 雷鳴轟く最中であったが、その足音は不思議と聞こえてくる。

 歩みの意味を感じさせるように、大地を伝いオーリンたちの耳にまで。


 不意に足音が止まる。

 オーリン達と、敵となりうる者を隔てる雷壁。


 その壁から、開かれた五本の指が飛び出す。焦げる匂いが鼻に届くその前に、笑い声が響き渡る。


「あっはっはっはっは、実に良い!」

 依然として、破壊の熱量を保ったままである雷を帯電したまま、二の腕の所までがジリジリと姿を現わす。衣類を焦がしても健在である強靭な肉体。そこに凝縮された暴力が、理屈も概念もお構いなしに、空をく。オーリンは、その腕の狙いがレフである事に気が付いて、渦中へと身体を動かす。


「ちぃっ!」

「お兄さん、気を付けて!」

 レフの焦った声がオーリンの耳朶を打つ。愛槍が手元に無いことにその時初めて気が付いたオーリンは、一度右拳を握り、軽く緩めて右掌を作る。慣れた動作で迫りくる腕を叩き落とそうと、オーリンは風を斬るように力を空気に乗せた。


──ガッッッ


「ぬおっ!」

 全力の打突を与えて尚、不動である様子の腕を見てオーリンは堪らず息を漏らす。


 一体そこにはどれだけの力が込められているのか。打突を加えた腕は鈍い音を立てただけで、オーリンの備えている制空圏への侵攻が緩まることはない。


 オーリンは気を取り直すと手を変える。全身に脈動する魔導が力を与えてくれる。全身の血管を巡らすように魔導を移動させて、左腕へと集める。魔導を纏った左の掌打で相手の指を巻き込むように絡み取る。さらに捻じりを加え、天から地へと、回転と慣性を加えて、力の螺旋に巻き込んでゆく。


 オーリンの考えを嘲笑うように、絡めた腕がそれより強大な力で引っ張られた。


 次の瞬間、大きく口元を歪め楽しそうに嗤う顔が、オーリンの鼻先三寸に現れる。掴まれたオーリンの左腕は、男の左手でしっかりと固定されている。男の右腕には、邪悪な光を放つ深紅の剣が握られたままだった。


「こんな辺鄙な所にまで足を運んだ甲斐があった。まだ俺と戦おうとする、お前のような気概を持った奴と出会えるのだからな。今日は人生最良の日であったか」

「お兄さん!」

 サアラの声が飛ぶ。男の右腕が、剣の柄でかちあげるように下方からオーリンの顎を狙う。

 すんでの所で、オーリンの空いた右掌が剣を持っている男の拳を包み、顎下でそれを受け止める。


「ぐっ」

 男から無造作に繰り出された一撃。

 それは岩のように硬く、重かった。逃しきれなかった衝撃がそのままオーリンに伝わってゆく。


 脳が揺れて、オーリンの意識が一瞬遠のいた。


「群れとなり、堅牢なるを、天と地に成せ! 招集雷来しょうしゅうらいらい!」

 その場にずっと存在していた雷は、レフの声を受けて変化を見せる。


 そらから大地へと繋がる雷の柱。

 その数、十。

 十ある雷の柱は、オーリンを捕まえていた男の身体を狙って、質量で押し潰してゆく。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 雷の柱に身体ごと押しやられ叫ぶ男。空間の隙間全てを埋め尽くすように、雷の柱が男を中心として範囲を狭めてゆく。音が激しくなり、周囲にある木々ですらいかずちの密度に悲鳴を上げる。


「お兄さん、今の内だよ。こっち!」

 雷光により目が眩んだオーリンの手を、レフが引く。

「走って!」

 サアラの声も聞こえる。

 オーリンはレフとサアラに導かれるまま、走る速度を上げた。


 遠くでは、雷に囚われた男の絶叫が絶え間なく森中に響いていた。





  * * *





「だいぶ距離は離せたか。レフ、あいつは、レフの力でも対処が出来ない程の相手なのか?」

「うーん。なかなか難しい質問だね。……あの人は、人の天敵。アムリア大陸で出会ってはいけない、災厄の風、常闇の騎士だから」

「災厄の風……常闇の騎士?」


「うん。今、大陸制覇に最も近い大国、ギリエラの筆頭騎士、またの名を光閉ざす常闇の騎士。噂に聞いた話だけでも、あの人と僕は、相性があまりよくないみたいなんだ」

「大陸制覇ということは、戦争が起きているのか……」

「戦争はもうずっとだよ。お兄さん」

 悲し気に言うレフの言葉に、オーリンは掛ける言葉が見つからない。


 オーリンは考える。

 眼の前の存在は、その言動と、持っている強大な力からして、魔導王レフその人なのであろう。

 そして、寄り添うように彼の隣にいる少女が聖女サアラ。


 それを知っても、思ったよりオーリンは落ち着いていた。

 魔導門を越えて、奇なる事に過去に飛ばされてしまったようだ。

 これが本当に過去なのであれば、オーリンの存在が歴史に変化を与えてしまうかもしれない。それに、考える事はそれだけにとどまらない。


 レフの魔導をオーリンは見た。

 眼の前で見たそれは、ヤン導師が扱う魔導のさらに上、正に魔導王の名を冠するにふさわしい強力な力であった。


 だが、その力を持ってしても、常闇の騎士を止めることは難しいとレフは言う。

 その言葉の意味を考えれば考える程に、オーリンは先程対峙した敵の強大さを知る。

 魔導王に比する存在なぞ、もはや大災害と何ら変わりがないではないか。


「……大災害」

「お兄さん。なんでその言葉を」

 思考から洩れたオーリンの呟きに反応して、サアラが驚いたようにオーリンの顔を見つめる。

 その様子をレフも見る。

 酷く硬いサアラの表情は血色が悪く、悲壮感が浮かんでいた。

「それは……」

「来るよ」

 オーリンの言葉を静止するように、レフの手が動く。


──ドゴオオオオオオオオオンン


 木が吹き飛び横に倒れると、それに足を掛けるように、常闇の騎士が姿を見せる。

「しつこいなぁ」

 レフがげんなりとして、ため息を漏らす。

「逃がさんよ。俺の眼の前からは、何人たりともな」

 表情は笑っているが、言葉の端に男の怒りが見え隠れする。

 一瞬でも逃亡を許した事実が、男の矜持を傷付けたのかもしれない。


「魔術師のガキンチョも上物だが、お前も合格だ」

 男の射貫くような視線は、レフだけではなくオーリンにも向けられていた。

「サアラ、下がってて、少し本気を出すよ」

「レフ……大丈夫?」

「まあ、お兄さんもいるしね」

 右目を軽く閉じると、レフは覚悟を決めた表情でオーリンに視線を送る。


「……ギリエラのランス・バルバトスだ。お前の鎧、どこかで見た事があると思っていたが、思い出した。ずっと戦いたかったんだ。あの国の生き残りはもういないと思っていたのに、俺は運がいい」

 ランスと名乗った男が持つ、深紅の剣が宙に揺れる。

「どういうことだ?」

 ランスの言葉の意味が、オーリンには分からなかった。

「お兄さん、これを使って。無いより少しはマシだろうから……」

 後にいたサアラが、オーリンへと護身用の短刀を渡す。

「すまん。少しばかりまずそうだが、頑張ってみる」

 オーリンは不安を隠しきれないサアラに笑い掛け、眼を輝かせているランスを見た。溢れるように、オーリンの全身に魔導が漲る。魔導王がそばにいることも関係しているかもしれない。


「さあ、やろう。最高の闘争を」

 ランスが剣で示す。戦いの開始の合図を。


 その時、空間が歪みを見せる。

 オーリン達とランスの対峙する中心地。

 見る見るうちに歪みは波となり、円を描く。


 そして、空間を切り抜いたように、ぽっかりと黒穴が現れる。


──はははははははははははははははははははは


 笑い声と共に、長大な黒衣の男が穴から身を乗り出す。

 唐突に乱入してきたそれは、かつてオーリンが打ち斃した、忌まわしき混沌であった。





いつも御愛読頂きまして、ありがとうございます。


次回更新は木曜日夜の予定となります。

『魔導の果てにて、君を待つ 第二十五話 始まりの日 後編』

乞うご期待!

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