表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/117

第二十五話 始まりの日 前編





 まるでそれは、道のように。

 広大なる草原に月光のしるべを灯す。


 オーリンの傍を舞うように、色鮮やかな、蝶々の群れが光っては消えるを繰り返す。


 それは、鼓動に呼応するように。

 それは、吐く息に反応するように。

 それは、歩く歩幅に合わせるように。


 共に進んでゆく。


 オーリンを導くように。

 オーリンが導くように。


 グアラドラという小さな世界には、優しい魔導が満ちていた。

 この満ち足りた充足感を安らぎというのだろうか。


 はるかを揺蕩い、歩き続けた果てに、オーリンはヤン導師の魔導を見つけた。


 それは迷い子を導く、力強くて優しい魔導。

 目に見えるわけではない。

 だけれども確かに感じ取れる、ヤン導師が作り上げた道。


 オーリンは手を伸ばす。

 其処には、何もないのに、何かがあった。


 空間に触れた瞬間、それは姿を現す。

 世界を切り取ったように、虹色で縁どられた、ヤン導師のいる世界へと続いている入り口。


「これが魔導門……」

 触れたオーリンの右腕が、するりと入り込んでゆく。


 抵抗はない。

 不安もない。


 大丈夫であると、確かにそう伝わる。


 誰の声なのであろうか。

 オーリンの中で生まれた問いかけも、この先にけばわかるという納得を持って道を作る。


 であれば、きっと大丈夫なのだろう。

 オーリンは、その身を門の内側へと進めた。





  * * *





「……」

 一体どれ程の時間が経ったのだろう。


「……!」

 声が聞こえる。

 聞き覚えのあるような、懐かしい声が。


「大……夫……な?」

 誰かが、呼んでいる。


「大丈夫、お兄さん?」

「う……あ?」

 肩を揺すられて、意識が覚醒してゆく。

 開いた瞼へと、眩しい光が瞳の中へと攻め入るように、一気に入り込む。

「いっ……」

 眼底に鈍い痛みを感じて、反射的に開いた瞳が閉じられる。


「サアラ……、早く! 水、水!」

「レフ! 待って、今持ってきたよ!」

 子供の声。

 それが必死になっているのを感じて、何か軽くでもいいから反応を返したくなったが、残念な事に喉が乾燥でひりついて言葉がうまく出てこない。


 それを知ってか知らずか、水滴が口元に落ちる。

 ふいに手に持たされた冷たい感触。


「さぁ、飲んで。川の水だよ」

 優しく握られた手を頼りに、緩やかに口腔へと注ぎ込む。荒廃した大地に雨が降った時のように、水は身体中を駆け巡り、染み込んでゆく。


「あぁ。……助かった、ありがとう」

 恐々(こわごわ)とではあるが、光に慣らすように瞼を開いてゆく。


 最初に入り込んできた色は緑。

 徐々にぼやけた輪郭が鮮明になっていく。

 それは、木々が一面を覆う場所であった。

 樹海といってもいいくらいの、濃淡様々な緑に包まれた空間。

 葉の合間から射し込む陽はやわらかいが、それでも今は刺激が強い。


 視線をわずかに揺らして意識に入り込んだのは、心配そうにしている少年と少女であった。


「……君たちは?」


「僕はレフ、この子は……」

「サアラよ。よろしくね、お兄さん」

 線の細い、優し気な黒髪の少年と、薄緑の髪をした、少し大人びた雰囲気の少女。


「レフに……サアラ?」

「うん、そうだよ。悪い人には見えないけど、お兄さんは?」

「俺?」

「ちょっとレフ。そんな言い方は失礼でしょ」

「はは、ごめんごめん。それでも今は物騒だからね」


「俺……? 俺は、誰だ?」

「……お兄さん?」

 心配げに声をかける少女サアラ。


「すまん。ちょっと記憶があやふやになっているようだ」

「……オーリンってさっきうわごとで言ってた。お兄さんの名前?」

「オーリン? オーリンか。そうだ……門に入った時に、何かあったのか」

 その名を聞いた瞬間に、思考の中に渦巻いていたもやが一気に晴れて、記憶が戻ってくる。

 流れ込んできた情報量の多さのせいか、鈍く重い頭痛が残り、オーリンは額を手で押さえた。

 門をくぐるということが、人体に何らかの影響を与えているのかもしれない。


「っ……レフ。ここに居たら、危ない」

 唐突に、今までと違う声音で少女が呟いた。

 少年の服を掴み、どこか怯えた様子を見せて。

「サアラ、視えたの?」

「……うん」

「お兄さん、ここを離れよう」

「どうした?」

「早く!」

 必死になってオーリンの服の袖を引っ張るレフ。

 少年と少女のあまりの変わりように、オーリンが少しばかり思案していると、三人のいる場所とは違う所で枯れ木が折れる音が鳴った。


「あらまぁ、子供がいるよ」

 三人の空間に割り込んできた間延びした声は、一つの思惑を含んでその場の空気を重くする。


「何だ?」

 オーリンが声の主を見て、眉を動かす。

 決して正装とは言い難い薄汚れた騎士鎧に、右手に無造作にぶら下げられた、赤黒い剣。


「まだ大人もいたか。まあいい、死んでくれや」

 にたりと笑いながら口元を歪ませる男の立ち振る舞いは、オーリンが今まで出会った中でも上位の邪悪さを見せる。


 男は容姿からして異質であった。縮れるように右に左に跳ねている男の栗色の髪は長く、腰ほどまであり、浴びた返り血で固まっているのか、暗い赤が混ざっては色を斑にしている。鎧には幾つもの傷跡が残り、手入れ一つされている様子もないが、握られた剣だけは、何人もの血を吸って尚、その輝きを失わずに存在を示す。


「お兄さん、まずいよ。常闇の騎士だ……逃げよう」

 背後にいるレフが小声でオーリンへと話し掛ける。

「まて、常闇の騎士とはなんだ?」

「常闇の騎士を知らない? お兄さんは一体……。でも、のんびりと説明してる暇はないよ、僕があいつの気を引くから、その内にサアラを連れて逃げて」

「レフ……駄目よ」

 レフはサアラの震える肩を一度強く抱き締めると、離れる。

 覚悟を決めたようにレフは自分の頬を一度ひっぱたくと、一歩足を踏み出してオーリンの横に並ぶ。


「お別れは済んだか? 俺も鬼じゃねぇ。苦しまないように一斬りで絶ってやるよ」

「寄りて。加われ。魔導よ……僕に力を貸しておくれ」

 レフの両掌に、バチバチと小さな稲光が弾け弛む。


「お、ガキンチョ、お前魔術師か? 最近数が少なくなって張り合いが無かったんだよ。面白れぇなぁ。全力で来な、おじさんが過激に受け止めてやるよ」

 レフのその姿を見ても、一切の怯みも見せぬ眼前の血濡れた騎士。


 オーリンはレフを見て、朧気な己の記憶を辿る。

 レフの手で形成され、生まれゆく雷の槍。


 魔導王レフ・ガディウス

 聖女サアラ・フォン


「では、ここは……」


「闇を切り拓け、雷槍紫電らいそうしでん!」





本作を御愛読頂きまして、本当にありがとうございます。

事態は風雲急を告げる!


次回更新は月曜日夜の予定となります。

『魔導の果てにて、君を待つ 第二十五話 始まりの日 中編』

乞うご期待!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ