第二十四話 拓くもの 中編
それは懐かしい木の匂い。幼い頃より幾度となく上り慣れた階段を、クインは一段ずつ確かめながら上る。少しだけひんやりする壁に手をついて、その感触を確かめるように、幼き日の思い出と重ねてゆく。
一体何年振りになるだろうか。クインがヘムグランを供として孤児院を出てから、片手では数えきれぬ程の年月が流れている。大災害が発生してから足早に巡る季節は、クインにとっても大切な日々をさらなる速度で推し進めてゆく。そんな最中にあって、オーリンとの出会いは、クインに小さからざる影響を与えていた。
出会った頃に見せていた弱さも、戸惑いも、全てがもう過去の話。とてつもない速度で成長を遂げるオーリンの姿を見ると、クインは少しだけ置いていかれている気持ちになる。心と身体が成熟し、大樹のような力強さを見せるオーリン。
それは喜ばしい事であるのだろう。
だけれど、一抹の寂しさも覚える。
滔々と流れる時は、積み重ねられた歴史の重みを見せつけるように、ひとつのところに留まることを許さない。朝が来て夜が来るように、それは必ずひとつの結末を求める。
クイン・ヒューレは、物心のついた頃にはすでに兄と共にグアラドラ孤児院にあった。兄妹がグアラドラに辿り着いた理由は様々あるが、ヤン導師の存在は二人にとっても、大きな意味を持つ。
目的の場所に辿り着いたクインは、扉を軽く叩く。
部屋主の返事を聞いて、扉を開けるクイン。
「いらっしゃい、クイン」
声の主は、ナーニャ・ハルファスであった。
「ナーニャ姉さん……」
思いつめた表情のクインを見て、ナーニャはどうしたものかと思案して、軽く首を傾げる。
「そんな顔をして、やっぱり皆の前では無理をしていたのね。さぁ、こっちにいらっしゃい」
クインがそうなる理由を知っていたナーニャは、不安を覗かせるクインを前に、憂鬱を吹き飛ばすような微笑みを見せると、クインの手を引いて室内に導く。
「サイには会えたんでしょ? あの子は何か言ってた?」
「いえ、兄さんはいつも通りでした」
「あの子も変わらないわね。一人で何もかも背負う必要はないのに……まあ、そんな性格もわかっているのだけれど、無理をしてほしくはないわ。サイにも、クインにも」
クインの少しだけ濡れた瞳に映るナーニャは、どこかぼやけて見えた。
「ナーニャ姉さん、ヤン導師は……」
「うん……そうね。ヤン導師は魔導門を開き、その中に入った。彼はついに決断をしたのよ」
ナーニャのその言葉に、クインの指は固く握られる。
「それじゃあ、もう?」
「無事に帰って来ると信じるしかないわ。それに、彼……オーリンも呼ばれているわ」
「……オーリンは門を見つけられるの?」
「そうね。でも彼の場合は、既に見つけているのかもしれない。魔導門のある場所も、ヤン導師や王の居る場所も」
「だったら私も!」
「クイン、貴女も分かっているでしょう。門に入れるのは、王に呼ばれた者だけよ」
「そんな……。いつも、私は誰かが戦っている時に、見ている事しか出来ない。……私にもっと力があれば」
「クイン、貴女は見届けるの。それは今の貴女にしか出来ない事。グアラドラを出られない私や、ハルとも違う。シュザ様にも、サイにも出来ない、貴女だけに出来る事」
「それでも私は、皆と一緒に戦いたい……」
「その想いが、きっと皆の力になる。それが今ではないだけ。信じてクイン、貴女自身が、貴女の持っている力を」
「姉さん……」
いつも本作を御愛読頂き、ありがとうございます!
物語はどんどん進んでまいります。
次回更新は来週月曜日夜の予定となります。
『魔導の果てにて、君を待つ 第二十四話 拓くもの 後編』
乞うご期待!




