第二十二話 掌に咲く 中編
リバックの身体は意識をするよりも前に動いていた。
伸ばした腕が空気を掴むように、周囲の魔導を搔き集めて一つの現象を造り上げる。
「疾く、飛翔し、破砕せよ。炎鳥風波」
リバックの空の掌中に生まれたのは、紅い発光を起こしながら燃焼している炎の鳥であった。リバックが握りしめた指を開くと、炎の鳥が次々と生まれてゆく。
産声を上げながら空を飛翔していく炎の鳥。それらは意思を持つように眼前の魔獣を狙って、一気に距離を縮める。魔獣に触れるたびに、炎の鳥はその輝きを増しながら爆発を起こしてゆく。途切れることなく生み出されるリバックの魔導の炎鳥。圧倒的な破壊の力を備えた爆炎は、巨大な異形の全身を吞み込んでいく。
「魔獣がこんな所にまで入り込んでいるのか……」
リバックには、炎鳥が確実に魔獣を捉えたという手応えがあった。それでも、この場を支配している不快感が消え去ることはない。
「元は人間だよ。今や見る影もないがね。とにかく助かった、グアラドラのサイ・ヒューレ導師だ」
「グアラドラの導師? リバック・フィテスだ。一体これはどういうことなんだ?」
「──なるほど、フィテス卿、か。あの魔獣は、王都を狙う者達の親玉であるようだ。しかし油断は出来ん。あれは元来魔獣が持ち合わせている自己治癒力を、さらに桁外れにしたような化物だ。人がそのまま大災害になったことで、世界の理からも外れてしまった」
リバックは、炎が晴れた場所を見て、飛び散っている黒い魔獣の欠片を見つける。ぐちゃぐちゃになって弾け飛んでいたそれは、地面を這いながら物凄い勢いでくっついていくと、獣の姿を取り戻す。歪んだ表情が見せるのは、怒りを灯す炯々たる眼。
「……大災害だと。導師殿、あれを滅する方法はないのか?」
「元々の素体であれば炎に弱かったのだが、あの治癒力ではどうなることやら……」
──アアアアアアアアアアァァァァァァァァ
ザムジードという名の大災害が、周囲にある色を奪っていく。
其れは世界を恐怖に陥れようとする嘆きの声。
ザムジードの絶叫は止まらない。
「──大魔導を用いる。少しの間頼めるか?」
リバックはサイの言葉に頷くと、未だ吠え続けているザムジードへと一気に距離を詰める。
上段から振り下ろされた剣は、ザムジードの頭部に叩き付けられる。魔導により強化されているリバックの剣に斬れぬものはない。それでも、ザムジードは斬られた端から修復を始める。それは瞬きの合間。修復を終える頃には、ザムジードの瞳は黒から朱に染まっていた。
『──フィテス。その全てを、喰らってやる』
リバックは理解する。眼前の化物は絶えず変化し、進化している。この場から野放しにしようものならば、際限が無いほどに強大な化物となってしまう。
「疾く、飛翔し、破砕せよ。炎鳥風波」
リバックが左腕を振るう。生まれ出た炎鳥は、その場で爆炎を生み出すと、ザムジードを持ち上げるように爆発を連鎖させてゆく。
「くっ」
炎をものともせずに、ザムジードは鋭い前脚でリバックの頭部を狙う。それを間一髪剣で受け止めるリバック。それすら物ともせず、ザムジードは強大なる膂力を持って、勢いのままにリバックを吹き飛ばす。衝撃を受けてリバックの頭部を守護していた兜が遠くへ吹き飛ぶ。
真紅の髪が靡く。リバックは大地を転がりながら、局所に集中されしザムジードの力を分散させる。リバックの鎧に損傷はないが、魔導で強化されている肉体であっても、目の前の化物の攻撃を幾度も受けていられるほどの頑丈さはない。
「こんな僅かな時間で、より強固に、より頑丈になっている……」
態勢を立て直し、前を見るリバック。
そこに巨大な影が飛ぶ。
大きく口を開け、剥き出しの牙から咆哮を生み出し、獣はリバックを捉える。
『フィテェェェェスゥゥゥゥ!!』
「つっ!! ──疾く、集束し、結合を成せ、金剛盾」
大きな獣の顎が、リバックを挟みこもうとする。人ひとりを丸呑みにできる程のそれは、閉じきる前にリバックの眼前に生み出された大きな光の盾に動きを止められる。
ザムジードの口腔から吐き出される瘴気が兜越しにリバックの頬を撫でる。
全力で維持している魔導の盾も、少しずつザムジードの力に押されていく。
──魔導が持たない。
リバックを守る魔導が瘴気によって乱され、少しずつ剥がれ落ちてゆく。声が聞こえる。悪意に満ちた笑い声が。それは傍若無人であり、無遠慮であり、何もかもを土足で踏み躙ろうとする傲慢なる存在。
「そんなものに、負けて、たまるか。……俺は、リバック・フィテスだ!」
生命を燃焼させる。リバックは、余っている力の全てを叩きつけるように、ザムジードの頭部に極大の爆炎を見舞う。
『グオオォォォォッ』
世界が赤く染まる。
そして、七色の魔導が辺りを包む。
「望郷、遥かを辿りて手繰り寄せる。夢はまた夢」
サイは宙を飛ぶと、ザムジードの肥大化した身体を駆け上る。
「とっておきをくれてやる、大災害。これが人の夢、七星剣だ」
七色に輝くサイ・ヒューレの魔導の剣。
その眼前にあるのは、ザムジードの赤黒く光る眼。
『ぎざまらぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
七色の剣に貫かれたザムジードは、内に溜め込んだ混沌を全身から吐き出していく。それはザムジードが今までに喰らった混沌の輩。吐き出される混沌は、サイの持つ七星剣から放たれる魔導によって、その一つ一つが浄化されてゆく。混沌が抜け落ちるごとに、ザムジードの身体は人間のそれへと戻ってゆく。最後に残ったのは、大地に膝を付いて、怨嗟の声を上げる一人の男であった。
「あああああああああ、まただっ!! また邪魔をされた! もう、何もかも、どうでもいい。尽く終わらせてやる。聖魔!!」
毒に覆われた腕で顔面を掻きむしりながら、ザムジードが絶叫する。
そして、天より音が降ってくる。
大地を穿つように現れたのは、漆黒の騎士であった。
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次回更新は来週月曜日夜の予定となります。
『魔導の果てにて、君を待つ 第二十二話 掌に咲く 後編』
乞うご期待!




