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第二十二話 掌に咲く 前編





「兄上!」

「はは、見つかってしまったか」


「またそうやって子供のように、ユーリ姉さんが首を長くして待っているというのに……」

「アルバート、ユーリが好きだという花だ。これで喜んでは貰えないだろうか」

「またそんな事を、こんな大切な日に花嫁を待たせてどうする」

「はっはっは、言ってくれるな。だが、時が過ぎていくのが、こんなにも惜しいと思うようになるとはな。不思議なものだよ、アルバート。今日という日も、これから続く明日も、大切に生きたいものだ」


「ふぅ、なんとも感傷的だなぁ。……兄上ならばきっと大丈夫だろうさ」

「そう願いたいものだ。さあ、ユーリが待ってる、急ごう、アルバート」

「全く、こっちの台詞だよ、兄上」





 * * *





──紙一重、サイの剣は阻まれる。


 黒く変色したザムジードの指は、自らの首から毛一つ程の隙間を残して、サイの一刀を掴んでいた。


 ギリギリと音が鳴る。込められた力により両者の筋肉の更に内側にある、骨が軋んでいる。その状態にあっても余裕を見せるのは、攻撃を受けたザムジードの方であった。

「何だこれは」

 サイ見下ろすザムジードの瞳が、黒く染まっていく。

「なるほど、そういう絡繰からくりか」

 超至近距離で放たれたザムジードの拳打を、サイは首を捻って躱すと、距離を取ろうとする。だが、ザムジードの剛力で掴まれた刃は、ピクリともしない。


 その隙を突くように、さらにザムジードは距離を詰める。超接近。サイと顔を突き合わせたザムジードの表情。瞳の白目部分はもう全てが黒くなっている。そこにあるのは、がらんどうとした空虚。覗き込んだ先に見えるのは深淵であった。大きく振りかぶったザムジードの黒い腕。照準は一直線にサイを捉える。


「これで終わりだ」

 ザムジードの口が三日月に開かれた。

「それはお前だよ、魔獣グアヌブ。いや、グアヌブを取り込んだ存在、か。グアヌブ以外にも一体どれほどの魔獣を喰らった?」

 サイの瞳がギラつきを見せる。サイはザムジードの内にかつての宿敵を見つけた。そしてそれがサイの闘争心に火を付ける。


 サイの全身が白く染まる。白炎が逆巻くようにサイの全身を一瞬で覆うと、そのままの勢いで近距離に迫っていたザムジードの伸ばされた左腕へと燃え移っていく。白炎に巻かれたザムジードの左腕は、端から色を落とすように炭化していく。


 ザムジードは瞬時に判断する。燃えようとする腕の先。それを何の躊躇いもなく残った右腕で引き千切り、投げ捨てる。大地に落ちた腕は、欠片一つ残さず塵となり風に溶ける。


脆弱ぜいじゃくな存在に価値はない。この世は弱肉強食、余すところなく有効活用をしただけのことよ」

 左肘から先を失ったというのに、ザムジードは一切の痛みを感じさせぬまま会話を続ける。


「それで、それ程の混沌を内に招き入れて、本当にお前さんの自我は残っているのか?」

「導師お得意の禅問答か? 貴様自身も本当は理解しているのだろう? 在るものが全て、それ以上でもそれ以下でもない。分かりやすくする為の定義付けなぞ、悠久の時において無価値な思想よ」

 ザムジードの口元の笑みは消えない。瞳は滾々(こんこん)と漆黒の揺らぎを見せる。表情を作っているのに、無表情であるようにも見える。違和感と調和。二つの異物を内包するそれは、既に、人ならざるものであった。


「──夢を見せてやる。貴様にも、不幸にも存在を許されし、あまねく弱者共にも。等しくその全てに、このザムジードと言う名の、特大の悪夢をな」

 ザムジードの全身を漆黒が包み込んでゆく。形状を変化させながら、失ったザムジードの左腕をも新たに創り上げる。ザムジードの全身が黒く脈動する度に、瘴気が大地の底から沸き上がってくる。


「困ったものだ。自己完結、自己陶酔に多くの犠牲を求める輩というのは」

 周囲へと拡がろうとした瘴気を、薄く伸びた白炎が一掃する。


「俺の目の前で、そんなことはやらせねぇよ」

 次いで極大の白い炎が、サイの身体を波打った後、全身に余すところなく満ち満ちてゆく。


 対象的にザムジードの姿は、自らの瞳から零れ落ちる涙のような深淵に少しずつ自身を呑まれていく。原型を失ってゆくと、ザムジードは巨大な四足の大型獣へと変貌を遂げる。


──グルルルゥ


 突風が吹く。


 圧倒的な質量を腹に受け、サイの身体が吹き飛ばされる。衝突する瞬間、サイは咄嗟に白炎魔導を腹部に集中させて衝撃を炎の内部へと吸収させてゆく。反発させるには体積があまりにも違いすぎる。それでも吸収しきれなかった力は、サイの身体を傷付け口元に血を流させる。


「……もはやことわりからも抜け落ちた人獣じんじゅう。止めねばならんよなぁ」

 血に塗れた唾を吐き出すサイ。


 衝突の際にサイが白炎剣で斬りつけたザムジードの前脚は、煙を噴きながら瞬時に修復を終える。生命力は以前に対峙した魔獣以上のものであった。


 サイは眼前に掲げる白炎剣に更なる魔導を集めていく。


 ザムジードの巨体は、踏み締める地面や壁を押し潰しながら、自由自在に駆け回る。ザムジードの口からこぼれる唸り声は、思うままに破壊を起こせる歓喜の声にも聞こえた。


 常人であれば、巨体であっても目で捉えることの出来ぬであろう姿無き暴虐。サイはそれから一切目を離さない。


 ザムジードが大きく空へ飛ぶ。

 サイは迎え撃つように宙を駆け上がると、白炎を纏った剣を大上段に放つ。


「うおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉっ!!」


──一刀両断


 ザムジードは身体の中心から左右に真っ二つになる。


 それは、()()()()()()()()()()()()()()

 ザムジードは自らの意思で身体を二つに分かつ。


 剣を振りきったサイの背後にザムジードと言う名の悪意が塊と成す。ザムジードは一気に身体を造り上げると、いまだ宙空にあるサイの背に槍のような前脚を放った。


──ドンッッッッ!!


 爆炎が、サイに突き刺さろうとするザムジードの前脚をえぐり飛ばす。

 サイは風に乗って転がるように地面に着地すると、振り返った先にそれを見る。


『──()()()()()()()()()()()()()!!』


 そこにあったのは、憎悪により引き裂けんばかりに口元を大きく歪めている獣と、白の鎧に全身を包む一人の騎士の姿であった。





いつもお読み頂きましてありがとうございます。


次回更新は木曜日夜の予定となります。

『魔導の果てにて、君を待つ 第二十二話 掌に咲く 中編』

乞うご期待!

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