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第二十一話 白の騎士 前編





 王都にある警邏隊の詰所が襲撃されている。

 その事件は王都に住まう民を震撼させた。


 グラム王都街部東地区における警邏の長として、クライ・デュアルの元に入る報は、その全てが火急を要していた。


「第四、第五区画の詰所と連絡が取れぬ。聖堂騎士団も動いてはいるようだが、あまりにも問題の範囲が広すぎる」

「やはり敵は、力を持たぬ難民を集中的に狙っているみたいです、なんとむごい事を」

 若い男がクライに推移を報告する。その表情は歯痒さが隠しきれぬように、沈痛な面持ちに溢れている。


「事は重大だ。どうにかせねばならん」

「──第一警邏隊、百五十四名、準備出来ております」


「よし、出るぞ!」

「はい!」





 * * *





「お父さん……」

「マルク、絶対に離れるな」

 テオは震えている娘の身体を引き寄せる。

 事態の変化は急激であった。


 難民として王都へと移住してきたスルナ村の村長テオは、王国との交渉によって、街部の一区画を借し与えられていた。その区画は小さな村から逃げてきた者達が多くあり、各村長同士の交渉の成果もあってか、良好な関係が築かれている場所であった。


 だが、今回の襲撃は、日々産まれゆく光明に影を落とす出来事となる。


 突然の事に戦う気概を見せるものもいた。特に他所の村の出である若者達は、義憤に駆られ衝動のままに表に飛び出そうとする。それをテオは止める。


 今回の件に関しては相手が悪い。

 純粋なる悪意の塊。

 人を傷つける事を理解しながら行動に起こす者。


 そのようなものは、元より一般市民が立ち向かえる様な生半可な相手ではないのだ。鍛冶屋を営んでいたテオには、闘う者が持ち合わせている独特な空気が分かる。そんなテオの勘が告げている。王都で暴れまわっている集団が、本来、人というものが備えている理性や道理を捨て去った、尋常ならざる恐ろしいものであると。


 テオは窓の端から大通りを見る。


 大通りに見えるのは、戦場を生業としている集団。洗っても消えぬ血生臭さと、狂気を飼い慣らすことなく、欲望の赴くままに振るわれる血濡れた剣そのもの。


「怖いよ、お父さん……」

「きっと大丈夫だ……」

 運が良かったのは、この場所を訪問しにきていた来客の存在にあった。かつてオーリンと共に村を襲う魔獣を屠り、スルナを救ってくれた恩人。


「俺たちにしか出来ないことが必ずある。それまで耐えるのだ」









「ぎゃはははは!」

 破壊の中心地に下卑げひた笑い声が響く。この惨状を作り上げた張本人がそこにいた。その人物は先端に鉄球の付いた鎖を操り、周囲にあるものを破壊している。逃げ遅れた人間が道の端で重なるようにして身を震わしている。それは男女の夫婦と、その子供であった。


 男の大きな腕が振られるたびに、鉄球が轟音を鳴らし飛び跳ねる。圧倒的な質量により、攻撃を受けた地面は陥没し、家々の壁は見るも無惨な程に穴を開けてゆく。いたぶる様に震えてる親子の周囲を破壊していく男。


「ダアム様、ザムジード様が足止めを受けているようです」

「楽しいところだってのに、邪魔、すんなぁ、よ!」

 黒装束の男が、暴れていたダアムという男に声を掛けた。


 割り込まれた行為に興を殺がれたのか、ダアムは不機嫌な顔になると、味方であろう黒装束の男目掛けて躊躇いもなく鉄球を繰り出す。突然の攻撃を受けて黒装束の男は避ける間もなく、壁に叩きつけられる。


「ま、全部、縊り殺してぇ、大罪に、恩を売っておくかぁ。この、狂乱の、ダアム様がぁよ!」

 ダアムは自分より弱い人間の怯えた眼を見るのが好きだった。

 威嚇のために発した言葉は恐怖を振りまくための、ダアムなりの余興でもある。


 だが、ダアムが思ったような反応は一向に返ってはこなかった。

 不思議に思ったダアムは親子を見るが、何か様子がおかしい。

 中心で守られていた子供が隙間から見える。

 絶望に染まっていいはずのその瞳は──


「だ、ダアム様」

 地面に横たわる黒装束がゆっくりと、力を振り絞るようにダアムに向けて指をさす。

「ああ?」

 苛立ったダアムは、黒装束の男が向けている指の先を振り返る。

「は?」

 そこに居たのは、全身鎧を着込んだ騎士であった。


 真っ白な鎧は陽を受けて反射し、ダアムの瞳の奥底にまで焼き付く。

 表情は兜に遮られて見えないが、僅かに空いた隙間から覗く赤々とした鋭い眼差しが、ダアムを射貫く。


「ああああっっ?」

 刺すような視線から敵意を感じ取ったダアムは、反射的に大きく腕を振るう。

 黒装束にしたように、無慈悲な鉄球の一撃を眼前の敵に浴びせようとした──


 が、鉄球はダアムの思い描いた軌道を描くことなく、明後日の方向に飛んでいく。


「え?」

 ダアムはその時、何かが不自然であると気付く。

 違和感のする場所に意識を向けて、ダアムが知ったのは、己の自慢の右腕が付け根より失くなっているということだった。


「許さんぞ──」

 そして、ダアムが最期に聞いたのは、静かに吐き出される怒りの言葉だった。





「白の騎士──」

 そう、誰かが呟いた。





いつもお読み頂きましてありがとうございます。


次回更新は月曜日夜の予定となります。

『魔導の果てにて、君を待つ 第二十一話 白の騎士 中編』

乞うご期待!

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