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第二十話 王都炎上 後編





「蓋を開けてみれば、存外拍子抜けだな」

 グラム王都から離れた位置に陣取った集団の中に、大蛇たいじゃと呼ばれる異名を持つ男がいた。

 切れ長の目は黒煙の上がる王都を注視しながら、氷のように冷ややかな表情を崩さない。


 男の名をジーヴォ・ウル・ルノウムという。ルノウム国の第一王子であり、王位継承権第一位に存在する、巷では狂王子とも称されし狂気の人。だが、ここにあるジーヴォの瞳は一点の曇りもなく、理性を保っていた。その瞳は事細かに、王都における人の流れと動向を窺っている。


 ジーヴォが率いる集団は、全てが統一された騎士の鎧を身に纏っていた。陣地に付き立てるのは、剣に巻き付く細く長い胴を持つ龍の旗。それは紛うことなきルノウム王室の紋章であった。


 ルード帝国の北東にあり、グラム王国の北に位置するルノウムは、大災害の第二波と同時期に、魔獣に呑まれ壊滅的な被害を被ったとされていた。


 グラム王国としてもルノウムの難民を受け入れている。ジーヴォはそれを利用する形で一つの策略を立てた。大罪の息がかかった人間を、王都へと潜り込ませたのだ。目的は王都へ混乱を齎すことで、帝国との分断を図る為の遠因とすることにあった。


 グラム王国の大隊がサルヒュート大草原に向かったのを見て、用意周到に駒を集めていたジーヴォは手を進める。


 大罪のザムジードが現地での実質的な統率者ではあるが、受ける恩恵と結果が同じであれば、ジーヴォとしてもそこに手柄だ何だという躊躇ためらいはない。大魔が囚えていた存在である聖魔も、そろそろ魂が朽ちて消え逝く頃であったから、正に今こそが使い時であった。


 全てが思った以上の結果であった。だというのに、ジーヴォの気持ちが晴れることはなかった。


 もともと猜疑心が強く、人を信用する事が少ない男ではあるが、王都にはとかくジーヴォの邪魔をする不安要素が多い。フィテス然り、エド然り、グアラドラの導師然りだ。


 思案の中、ジーヴォの子飼いであるマーズ・マフスという男がジーヴォの前に膝を着く。


「殿下、騎馬が一頭、王都へと向かっているようです」

「……引くぞ。あれももう十分に役には立った」


「宜しいので?」

「目的は果たした、次は──」





 * * *





 王都の内部では大罪が主導権を握りながら、粛々と軍部の掌握を図ろうとしていた。騎士団が駐屯している王城を目指すように、詰所を襲撃しながら歩を進める。


 一斉蜂起による混乱は、想像以上にザムジードにとって都合の良い結果をもたらしていた。


「笑いが止まらんな」

 ザムジードにとって大きく敵となるのは三つ。王都警邏隊と王国騎士団。最後にグラム王国虎の子の聖堂騎士団である。ザムジードの部隊は既に警邏隊の詰所を制圧しつつあったし、王国騎士団は大半が外征にある。


 残るは王城を守る聖堂騎士団であった。


 だがそれも、象徴たる聖堂騎士団の長に、聖魔を充てることで動きを止める事が出来た。王都にはエドもいるが、有り余る強大な大魔導なぞ、市街戦で使える訳もない。この機会に全てを終わらせればいい。全てを終わらせた後であれば、フィテスであれエドであれ、できることなぞ何もないのだから。


 悠々と大通りを闊歩するザムジードと兵達は、王城の遥か手前で足を止めることになる。


「淀みを辿ってみればなんとやら。全く持って、度し難い馬鹿者がいるようだな」


 白い衣を羽織り、鈍色の鎧を着た黒髪の剣士が、ザムジード達の目の前に立っていた。


「ふん。少々目が良いようだが、見え過ぎるというのも問題だ」

 ザムジードが手を上げ、手勢を動かそうとしたその時、どこからともなく飛翔してきた矢が狙い違わずザムジードの横にいた兵士の胸を貫いた。ザムジードは自らに向かってきた矢を無造作に掴むと、そのまま叩き折る。


「見えているものを見なくなる。さて、その先にあるのは、一体何であろうな。大切なものまでも見失う、悲しい道でなければよいが」

「……導師共が、果てなる地に籠もっていればいいものを──」

 ザムジードが掴んだ矢は、禍々しい色をした泥となって大地へと落ちていく。


「クルス、ディー。ヘム爺が火消しの最中だ、お前達も行っていいぞ。これはあまり大した事はなさそうだ」

 緊張感を感じさせぬ間延びした声が、空気を伝い言葉を届ける。


 その瞬間、ザムジードが知覚していた気配が二つ、目の前の男の言葉に従って消えていく。


「若造、無知とはおろかよ」


 ザムジードは、手に巻いている黒い包帯をゆっくりと解いてゆく。

 包帯を取ったあとに残ったのは、ザムジードの漆黒の腕であった。

 触れている空気が、その腕から放たれる瘴気にあてられて、黒く歪んでいく。


「ほう、お前が毒使いの親玉か。なんとも趣味の悪いやつだ」

「抜かせ、導師の一人や二人、大罪のザムジードが屠ってくれる」


「グアラドラのサイ・ヒューレだ」


 真紅の剣が引き抜かれると、剣がサイの魔導に共鳴して甲高い音を鳴らす。

 それは、ザムジードの邪悪な腕を今すぐにでも斬り落としたいと、高らかに吼えているようでもあった。





いつもお読み頂きましてありがとうございます。


次回更新は木曜日夜の予定となります。

『魔導の果てにて、君を待つ 第二十一話 白の騎士 前編』

乞うご期待!

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