第十八話 道 前編
空が朝焼けを見せ始めると、煙がポツポツと天へと昇ってゆく。夜を越え目を覚ました村人達は、慌ただしく朝の仕度を始めていた。
村に戻ったオーリン達を出迎えたのは、先に村へと辿り着いていたマシューとクインであった。負傷した青年団の者達も大事には至らなかったようで、合流したシュザ導師を含める村長やガルム達を出迎えた。
村長ヴァルの申し出があって行われた歓待は、オーリン達の思う以上に盛大なものとなった。元々カナンの村人達が持っている性質もあるのであろう。大きな戦いの後ということも相まって、宴は三日三晩に渡ることとなる。束の間の休息であるその時に、オーリンは同年代であるガルムと交流を深めていた。
「戦いの時以外は、案外優しい顔をしているのだな」
村の周囲を見回っていたガルムの隣で、オーリンが率直な言葉を漏らす。
「そうか? 自分ではあまりよく分からんのだが」
思いもよらぬ指摘に少しだけ照れたのか、ガルムは頭を掻く。
「ふっ、まあ得てしてそういうものさ」
「しかし万事が万事、解決するものでもないのだな……」
次いで出たガルムの苦悩にオーリンは言葉を探す。
ハラルハルラを打ち倒し、村の周囲にいた緑青鬼を一時的に追い払った。だがそれだけでは、カナン村を取り巻く環境の全てが改善されるわけでもない。緑青鬼は広大な山脈において、未だに数多くがその身を潜めている。虎視眈々と機会を窺うように。緑青鬼という存在が続く限り、呪いはそれに関わる数多の人間を蝕み続ける災厄となる。
「何事も難しい。であるとしても、そこに明日があるのならば、前に進み続けられる」
それはガルムの放った、決意の言葉。
これからのカナン村は、村人が鬼へと変化してしまわぬよう、呪いの許容量を超えぬような戦い方を模索していく事になる。未来を思うガルムの言葉は、種となり、カナンに住まう村人達が考えるべき問題として、これからもずっと残っていくのだろう。
「幸いなことに、導師様のおかげで希望は見えたことだしな」
吹っ切れたように笑うガルム。
グアラドラの導師は人を導く。
それでも、全ての人々を救えるほどにその数は多くない。
そんな中、希望は意外な所で芽をみせる。
オーリンの魔導により救われたガルムに魔導の力が宿っている事が分かったのだ。それが、のちに導師としての力を持つまでに至るのか、巡礼騎士としての力となるのかはまだわからない。それでも、ガルムはその話を聞いて迷わず決心をする。
「ダンを団長として、青年団を再編する。寄合衆とも連携を取りながら、被害が最小限になるように戦い方も改める。全て終わったら、俺はグアラドラに行く。修行が何年掛かるかは分からない。それでも、伸ばした手の先に掴めるものがあるのなら、俺はもう絶望に呑まれることはない」
「……強いな、ガルムは」
「わからないかオーリン? それはお前がいるからだ」
「俺が?」
「俺は弱い。それこそ、村にいる誰よりも。今は少し力があるだけの、賢しらな小坊主よ。だがもう、腐って枯れる事はない。死の淵を彷徨っていた俺をお前が救ってくれた時に分かった。俺が歩もうとする道の先に、お前がいるのだと」
「道の先……」
「最初は妬ましかった。なぜこんなにも俺とお前とで差があるのかとな。それで魔が差した。魔が差して多くの仲間を危険に晒した。何があろうともそれは許されることではない。そして、お前の魔導というやつに触れたときに分かった。それは、お前が今まで歩んできた道なのだろう。絶望と後悔の先に続く道。それを見た時、思ったんだ。俺のようなやつでも、その道を歩むことができるのではないかと……」
「……」
「俺はカナンでやるべき事を済ませたあとに、グアラドラに向かう。お前はこれからもきっと戦い続けるのだろう。そして、その力強い姿を多くの人々が見るのさ。そう思ったら、俺はなぜだか無性に嬉しくて、腹の底から力が湧いてきた」
ガルムの発する熱が、オーリンへと伝わってゆく。
「お前は希望さ。希望があれば、これまでが絶望を友とするような人生であったとしても、俺はまだまだ戦える」
「……ガルム」
「こんなくさい話、もう誰にも話すことはないだろうが、お前にだけは言えて良かったよ」
頬を掻きながら、照れくさそうにだが、力強く言葉を紡ぐガルム。
オーリンはそれを受け止める。
ガルムの純粋な本心を、自らの心で。
そして願う。
友の歩む道の先にあるものが、彼が焦がれ願う、幸いであれと。
いつもお読み頂きまして、ありがとうございます!
次回更新は木曜日夜の予定となります。
『魔導の果てにて、君を待つ 第十八話 道 中編』
乞うご期待!




