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第十七話 その先にあるもの 後編




 閃光が去ったのち、辺りを見渡せば緑青鬼の死骸が地に伏していた。


 さらに轟音が鳴り響く。


 森の木々を薙ぎ倒しながら、巨大な白い光がハラルハルラを押し潰そうとしていた。霧のように捉えようのなかったハラルハルラの身体は、スウェインが手にしている白く輝く剣によって、その実体を捉えられていた。


「──は、君のような人間がなぜそのようなものを持ち歩いている」

「てめぇが知る必要はねぇなぁ!」

 力を込めたスウェインの腕が軋み、踏み込んだ大地が揺れる。ハラルハルラへ刀身を押し当ててもなお、有り余る力を一心に伝えながら、スウェインは勢いよくハラルハルラの身体を押し続ける。目も眩むほどの輝きを放ち続ける長大剣を、ハラルハルラの細い腕が挟み込んで離さない。ハラルハルラの枯れ木のように華奢な腕は、いつの間にか周囲の闇と同化するように真っ黒に染まっていた。


『──存外頑丈だな』

「もっともっとだ、いくぞ!」


 スウェインが叫ぶ。吹き荒れる光が闇と反発しあいながら、周囲の被害を大きくしていく。力の奔流に歯を食いしばりながら、剣をハラルハルラへと押し込むスウェイン。


「混沌よ!」

 咄嗟に突き出たハラルハルラ言葉に反応して、ハラルハルラの黒衣の下から獣が飛び出す。赤い眼をした魔獣がスウェインに襲いかかる。

 スウェインは首を振って魔獣の牙を避けると、頭突きを入れて魔獣を叩き落とす。


「何だそれは、君こそ化物ではないか!」

 獣のような反射神経で事も無げに魔獣を処理をするスウェインを見て、初めて動揺を見せるハラルハルラ。

 そこで、視線を交差させる。


「くっ──」

「はははははははははは、魄体静止の呪いだ! 油断したな!」

 スウェインの身体が自由を失い、膝から崩れ落ちていく。





 * * *




 ハサンは必死に剣を振るう。

 ヴァルを含むヤマツミの戦士たちは、多くの緑青鬼を打ち倒していたが、それでも数は一向に減る気配がない。このまま不浄を身に受け続けては、自らも鬼になってしまうのだろうか。そんなことがハサンの脳裏をぎったが、ハサンはもうそのことに恐怖を感じていなかった。


 これまで知らず知らずの内に救われてきていた恩を返す。それは都合のいい言葉なのだろうか。だがそれでも、ハサンの胸の奥に燻っていた想いは熱を与えられて形となり、初めて実感へと変わる。


 何が良くて何が悪いかなんて、見方次第でどうとでもなることを知った。

 それならば、自分が信じたものの為に行動をする。

 そして、強い想いは繋がれ、手渡され、次代に続いていく。


 誰が志半ばで倒れようとも、必ずや後のものが成就させてくれると、老人達の戦いを見て、ハサンはそんな気にもなっていた。心細さはもうどこにも見当たらない。少しだけ歯がゆいのは、自らがもう少し強ければと思うくらいか。


 手は痺れ、今にも剣を落としてしまいそうだ。

 それでもハサンは倒れない。

 ここには仲間がいるから。

 少しだけ強張こわばったハサンの顔に、すっと手が伸びる。

 あまりにも無防備に頬をつねられて、視線を向ける。


「ハサン、あまり無理をするな。……戦いは俺の得意分野だ。お前は帰ったらうまい飯を皆に作ってくれればいい」

「あ……」


 ハサンが振り向いた先には、ガルムがいた。

 鎧はボロボロで血塗ちまみれではあるが、血色は良く命に別状はないようだ。

 ポカンとしたハサンの顔を見て、ガルムは軽く苦笑すると、直ぐに顔を引き締める。


「親父! まだくたばってねぇか!」

「馬鹿物、お主が寝てたぶんの仕事がたんまりとたまっておるぞ!」

 ヴァルは大きな声を上げて、息子に声を掛ける。

 周囲に笑いが漏れて、活気が戻る。

 戦士は常に、仲間とともにある。


「強き想いは、幾年月を経ても欠片も曇らぬものなのだな」

 蒼炎が現れ、人の形と成す。

「懐かしいことだ。あれは何百年前の出来事であったか……」

 蒼き炎が消えた後に、顔の半分を仮面で隠した男が、炎の跡から姿を見せる。


「あなた様は……」

「強き者たちよ、吾輩が祝福しよう。その気高き想いの全てに敬意を表して」





 * * *





──見極める。


 オーリンは戦っている最中、ずっと二人を見ていた。そして、ハラルハルラという存在について思考する。周囲を包み込む闇と、スウェインの剣が放つ光がぶつかり合っている。そもそもハラルハルラとは何なのか。自らを混沌の大魔と称し、闇と混沌を生み出す存在。身体が混沌で出来ているのならば、それを捉える事のできるスウェインの剣は、無法を正す秩序ともいえる。


 オーリンは息を吐くと、ゆるやかな動作で槍に力を流し込んでいく。流れ行く時の狭間で視たのは、自らの内に揺蕩う力の片鱗。今までは微かにしか感じ取れなかったもの。それが今のオーリンにははっきりと感じ取れた。


 息をする度に、魔導と身体の調和がとれていく。オーリンが長年積み上げてきた武の研鑽。全身から波打つ力は雫となり、一滴残らずその全てがオーリンの手にする槍の内に収まる。


 オーリンの槍が変化する。黒い柄も、鈍く光る穂先も、全てが白く染まる。





 * * *





「はははははははははは、魄体静止の呪いだ! 油断したな!」


「スウェイン!」

 オーリンの言葉に、落ちかけていたスウェインの膝が僅かに力を取り戻す。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 スウェインが力の限りに振り上げた剣が、大上段から重力任せに落ちて今一度ハラルハルラを大地に縛り付ける。


 その一撃で力が尽きたのか、スウェインは横に流れるように倒れた。スウェインの身体がどいた時、ハラルハルラはオーリンを目にすることになる。


「──それは!」


 矢を放つように、靭やかに脈動する腕が、最適な軌道を描く。オーリンの力が込められ、白く染まった槍が投げられると、辺りの闇は引き裂かれるように色を失いながら、空中に白の軌跡を残す。

 吸い込まれるように身体を貫いてはハラルハルラの身体は霧散した。黒衣すら残らず、もとよりそこには何もなかったように。


──ははは。これはまた、運が悪かった……ということか


 ハラルハルラの消失と共に、周囲にあった邪悪な気配が消える。オーリンは息を吐きながら、力を使い果たして倒れているスウェインに手を差し出す。


「大丈夫か?」

「……まあ、なんとかな」

 もう腕を動かす気力もないと、頭を少しだけ動かすと、スウェインは大の字に寝っ転がる。


 空はいつの間にか白み始めていた。

 長い夜は過ぎ去り、また朝がやってくる。





いつもお読み頂きまして、ありがとうございます!


次回更新は月曜日夜の予定となります。もしかしたら木曜になるかもしれません!

乞うご期待!

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