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第十七話 その先にあるもの 中編





「三百年。それは我らの先祖が、カナンの地に辿り着くまでに掛かった年月」

 薄暗く広がる樹海の闇を、掻き分けるように照らす炎の傍ら、ヴァルの声が後ろを歩くハサンに届く。


「最初は只の一つである、個の寄せ集めであった。大陸を流離いながら、傭兵として日々を生き長らえる。常闇とこやみの時代として名高いその時代を生きるという事は、悲惨なものであった。右も左も分からぬままに、皆が皆、ただ生きる為に剣を振るう。日毎に情勢は変化し、味方であったものが、いとも容易く敵となる時代」

 吐き出される息に哀感あいかんが含まれて、ヴァルの言葉は過ぎた年月とともに重さを持つ。


「始まりは些細なきっかけであった。子を持ち、親となるものが多くなっていくことで、戦いの中でしか生きられぬ者達は夢を見た。決して叶わぬとわかっている、夢を見てしまったんじゃ」

 それはカナンの戦士に伝えられる物語。

 草木を掻き分け、今も森の中を進む皆がヴァルの話に聞き入っている。


「どんな場所に行こうとも、どんな場所に逃れようとも、戦いを巻き起こす我らの存在は疎まれ、否定され、排除された」

 戦乱の時代にあっても、戦う事しか出来ぬ者は死を招く存在として恐れられた。元を辿れば、全ては同じ人間でしかないというのに。


「そんな中でも、我らの先祖がカナンの地に巡り会えたのは、幸運だったのかもしれぬ。長き旅路の果て、安寧の地に辿り着いた先祖たちの想いは計り知れぬ。その想い、喜びは幾許いくばくのものか」

 ハサンは村の興りを知らなかった。生まれた頃より過ごすこの地のことも、カナン村の人間達が移民であったということも。幼き日より過ごしたハサンは、何もかもが当たり前のものとして受け入れていた。


「だが、そこで思わぬことが起こる。カナンの地には元々人を喰らう緑青の鬼がおったんじゃ」


「伝承にある……」


「うむ。山を我が物として悪辣なるを繰り返していた鬼を、先祖は長年掛けて培ったその武勇を持って駆逐していった。それが悲劇の始まりであるともしらずに。カナン山に住まう鬼は、一つ、呪いの如き力を持っておったのじゃ」

 ヴァルの顔は見えない。淡々と事実を語るように、言葉が続く。


「鬼を狩り続けた一人のツワモノ。名をシャナムと言った。彼は強く、勇ましく、如何なる時も最前線で剣を持ち戦った。討ち斃した鬼の数も、百や二百では利かぬほど。その力は正に尋常ならざるものであった」


「シャナム様……」

 ハサンはその名に聞き覚えがあった。

 カナンに名を連ねる歴代の戦士の中でも、最も勇敢であったとされる人物の名だ。


「ある日、戦士シャナムは、自らが何か得体の知れないものに蝕まれている事に気付くんじゃ。最初は身体の不調のようなものであった。後から分かったのは、それは緑青鬼が魂に内包している不浄なる力のせいであった。何も知らぬまま、仲間を守る為に鬼を狩り続け、不浄をその身に受けるシャナム。次第にシャナムの身体は人のそれとは異なるものへと変質していくこととなる。大戦士シャナムの最期は、鬼となった所で終わりを告げることになるんじゃ。当時の村人は、そこでヤマツミと呼ばれる大いなる力を持つ存在と出会い、救われた。今も子孫である我らがカナンの地で生き長らえておるのは、全て先人たちの強き想いの力よ」


「じゃあ、緑青ろくしょうの鬼というのは……」

「今も緑青の鬼の中には、歴代の先祖の魂が数多く眠っておる。大戦士シャナムが鬼になって以来、我らはいつ終わるとも知れぬ戦場いくさばに身を置き、鬼に精神を喰われた者達と戦っておる。村を救う為に鬼となった者達を、必ずやこの手で救うという誓いを立てて」


「そんなになってまで、どうしてこの地に固執を……ガルムが言っていたように逃げることも出来たんじゃ」

「ハサンよ……三百年、三百年じゃ。苦難の道を歩んだ者たちが見つけた理想郷。彷徨い歩きながら叶わぬ夢を見続けた者達の願い。おいそれとなげうつ事は出来んよ。それに、大災害に住まう場所を追われ続けたとして、その先を見てみよ。結末はどうなると思うハサン?」


「結末……」

「そうじゃ。そんな状況になっては、誰も彼も居場所を与えてはくれんのよ。いかに先祖達が愚直であろうとも、自分達で生きる場所を切り開いたように、一度手放したら二度とその手に戻らぬものが、この世には無数にあるということじゃ」


「その先にあるもの……」

 今、ハサンは隠されていた老人達の想いに触れた気がした。


 彼等の鎧を見れば分かる。

 これまでも人知れず老人達は緑青の鬼を狩り続けていたのだろう。自分達の代で全てを終わらせるという決意の元に。

 それは、若者たちに不浄を与えぬために。

 それは、大きな嘘を隠し通すために。


「戦法や戦術の中には逃げるってぇ手がある。だが、万事が万事それでは、ぐるぐるとその外周を回るだけで、中にある欲しいものには、一切合切辿り着けねぇって事だわな」

 何も言わずに話をじっと聞いていたスウェインが、ぼそっと言葉をこぼす。


「……苦しい道なのですね」

「まぁ……楽じゃねぇだけさ」

 心を縛り続けていた疑念が晴れていく。ハサンの心と身体を重くしていたものの輪郭が、言葉を重ねることで見えるようになる。森をゆくハサンの踏み出す足は、心做こころなしか軽くなっていた。





 * * *





 今、オーリン達の目の前には、大型の緑青鬼ろくしょうきが何体もいる。

 一目見れば分かるほどに、それらの全てが覇気を纏い、一筋縄ではいかないという力強さを感じさせる。オーリンが先ほど倒したものと同程度の存在なのであろう。それはハラルハルラと距離が出来た直後、割り込むように姿を現して、ハラルハルラの前に陣取る。


「はははははははははは、闇だ、混沌だ。戦いを好む者達の成れの果て、実に愉しいではないか!」

 ハラルハルラの高笑いの元、さらに小型の緑青鬼達が姿を現す。

 不釣り合いな鎧を身に着け、上等な剣で地を擦りながら。


「……」

 それを見て、スウェインの眼が鋭くなる。


「あれが全ての鬼を操っている、どうにかして首を取るしかない」

「……おい、それは本当か?」

 多数の鬼を前にしても余裕を崩さぬスウェインへとオーリンが話掛けた直後、内容に引っかかったのかスウェインの雰囲気が剣呑なものへと変わっていく。


「ほう、気が付いたのか。種明かしがされたとしても、どうしようもなかろうがね。君達はここで我の餌食となるのだぞ?」


「ってことは、その小鬼共が身に着けてるものには、お前が関係してるって事か?」

「ああ、ああ、その話か。なに、とある場所で賢しらに魔導を扱う者達を見つけてだな、丁度良いから混沌魔術の実験台になってもらったのさ。あれはとてもいい魂であったよ。その武具は有効活用というやつさ。我は用意周到、というやつなのでな」





──ザザッ





『お、やっと準備が出来たのか。全くもっていつも遅いのだな、汝は』

「……うるせぇよ、ちっと力借りるぞ」

 スウェインが握りしめた長大な剣が、ミシミシと音を立てている。

 鈍色に光る剣は、オーリンがその眼で見た時、異様な光を放っていた。


「──声」

 オーリンは直感で感じ取る。

 スウェインが話をしている相手が何であるのかを。


「よぉ化物、お前がやったのは俺の部下なんだわ。こんな所で仇討ちになっちまうとは思ってもいなかったが、とりあえず消えてくれ」


「はははははははははは、何度でもいうが人間如きが我をやれるなど──」





──ザッ




 その瞬間、周囲の闇が真っ白に染まる。

 驚いた顔で両手を眼前に突き出し、いつの間にか迫っていた剣を受け止めるハラルハルラ。


「ルード帝国の至宝、常闇を喰らう剣(スクィラーシィ)だ。念仏を唱える時間はねぇぞ化物」





いつもお読み頂きまして、ありがとうございます!


次回更新は木曜日夜の予定となります。

『魔導の果てにて、君を待つ 第十七話 その先にあるもの 後編』

乞うご期待!

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