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第十七話 その先にあるもの 前編





「いくぜぇっっ!」

 スウェインの鈍色の長大な剣が通るたびに周囲の風を巻き込む。姿勢を崩しても可笑しくないほどの風圧がハラルハルラの身体を捉える。直撃したとスウェインが感じた瞬間、黒衣は音もなく消え去る。手応えもなく、剣の重さに身体を流されるスウェイン。


 黒衣はスウェインの背後に煙のように現れる。

 間髪入れずにオーリンが走り込み槍を突き出す。

 一瞥すらせずにハラルハラルは黒衣を地面に落とし消え去る。


「はははははははははは、大層な言葉を紡いだとて、力量が追い付いていないではないか! なんとも可笑しなことよ」

 数十歩離れた位置に出現して、手を叩きながら嘲笑を繰り返すハラルハルラ。


 それでも、三人の空間は膠着状態にあった。不可思議な術を使うハラルハルラを捉える決め手はないが、ハラルハルラ自体も戦いを長引かせたいのか、守勢に回り続けて一向に手を出してこない。自らを傷付けることが出来ないと、高を括っているのかもしれない。


 オーリンが見ているハラルハルラのよどみは、もはや嫌悪を催す程のものへと変質していた。大地に張り巡らされたハラルハルラの糸も、頻繁に明滅しては魔物へ何らかの指示を出しているのであろう。自らの射程に入ったものを見つけては、オーリンは糸を断ち切る。


 嗤い続けているハラルハルラに、音を立てて剣が入り込み胴を裂く。

 だがそれも、黒衣の切れ端を残すだけで効果がない。


「くそったれが、何なんだこいつは!」

「幻のようで実体が掴めない。それでも何か打開策があるはずだ」


「ははははははははは、そんな悠長な事を言っていていいのかね? 時間が経てば経つほどに世界は闇に閉ざされていく。まさにそれは混沌の領域だ。そうなれば懸命たる村人たちがことごとく死んでしまうぞ」


 嗤い続けるハラルハルラ。

 オーリンは樹海の傍で戦っている者達に視線をやる。


 ハラルハルラを何とかしなければこの戦いは終わらない。

 オーリンは全ての意識を眼の前の相手に集中させる。


「あんなものでは誰も死なんよ。それに、お前にも誰も殺させはしない」

 オーリンの覚悟の言葉に、ハラルハルラの口角が上がった。





 * * *





 ゆらゆらと炎が揺らめいていた。

 命の灯火を思わせるその炎は、手にする者達の姿を表すように、ひとひらが無数に積み重なって空間を彩る。


 人間達が対峙するのは、自らを混沌の大魔と称する人外の魔物、ハラルハルラの率いる混沌の軍団。

 対して人間達を率いるのは、カナン村の村長ヴァルを筆頭とする集団であった。


 村長ヴァルの引き連れる者達の中には、青年団の若者も混ざってはいたが、その多くが年嵩としかさの者達で構成されていた。眼前に迫る強大な力に屈さぬよう、踵を踏み鳴らし、猛々しく剣を掲げる。カナンの民は戦いの場を与えられて戦士へと変わる。


 戦士達は押し寄せる魔物の圧に一歩たりとて退しりぞくことなく、手に持つ鈍色の剣を振るう。幾年月を経て山を守り続けたカナンの民は、カナンを穢そうとする混沌の大波を押し返す為に、全身全霊を掛ける。


 人外入り乱れる戦場。魔物達の猛攻を受けながらも、集団の中の一人であるハサンは必死に堪えていた。重く、使い慣れていない剣を振るたびに、身体が持っていかれる。一撃一撃を必死に繰り出し、小型の緑青鬼を仲間と共に追い払う。おぞましい魔物達の唸り声に、手が震え、心が臆病になる。その度に、ハサンは力強い歌を聞く。重なり合い、腹の底から絞り出される咆哮のような歌を。隣で共に戦う、子供の頃より付き合いのある老人達が、ハサンを後押しするように力強い歌を紡ぐ。


 * * *


 おお、我らは強きヤマツミの戦士よ。

 勇猛にて果敢なる、ヤマツミの戦士よ。

 数多の鬼を斃しては、命を繋げ山と生きる。

 我らは強きヤマツミの戦士よ。

 荒れ狂う暴風も、強大なる苦難も払い、気高く生きるヤマツミの戦士よ。


 大いなるヤマツミよ、我らの決意を聞け。

 大いなるヤマツミよ、我らの魂を見よ。


 剣を持ち、盾を持て。

 我らは強き、ヤマツミの戦士よ。


 * * *


 その戦歌を聞くたびに、ハサンの心が高揚していく。身体の芯から力が溢れ出してくる。その一節一節が、カナンに生きる者達の矜持を表し、積もり、重なっていく。


 ハサンは老人たちの歌を幼き頃から聞いていた。酒に酔い管を巻くように歌われる詩。いつものことかと、意識して聞いたことはなかった。それなのに分かるのは、本能に訴えかける戦いの歌であるということ。体の奥深くに刷り込まれている、カナンの起源ルーツに根付く詩。


 身体の震えを打ち消すように力がみなぎってくる。凶暴な魔物と対峙して、足は竦み、心が幾度迷おうとも、ハサンは目を逸らさない。逃げ出す事もない。ここには村の仲間がいて、守るべき友がいる。ハサンはカナンの戦士であった。


 一体の緑青鬼を仕留める。緑の血を流しながら倒れ落ちるその魔物を見て、ハサンは少し前の事を振り返る。スウェインと共に帰り着いた、村での出来事を。


 それは、若者たちの知り得ぬ歴史。

 遠い昔にあった、居場所無き流浪の民の物語。





 * * *





 村へと戻る途中、ハサンを出迎えたのは、森中に鳴り響く大きな鐘の音であった。

 村の中央に位置するやぐらにあり、緊急事態の時のみ鳴らされるというその鐘。その音を、ハサンは生まれてこの方数度しか聞いたことがない。今耳にしているのは、間違いなくその音であった。村の中央から遠く樹海に掛けて響き渡る。まるで邪なるものを、その音で追い払うように鳴り響く。


 村の近くまで戻って来たハサンは、追い打ちのように言葉を失う出来事と遭遇する。村の出入り口にある門に人溜まりが出来ていて、その中に居たのがカナン村の村長であるヴァルと、村の運営組織でもある寄合衆と呼ばれている老人達の集まりであったからだ。ハサンが驚いたのはそこだけではなかった。ヴァルを含めた寄合衆の全てが、ハサンが今まで見た事のない鎧を着込み、剣を手にしていたのだ。


「帰ってきたか、ハサン。そちらの御仁は?」

 浮かび上がっていた疑問が口をついて出る前に、村長ヴァルに自然な流れで話し掛けられてハサンは咄嗟に言うべき言葉を失う。


「あぁ、見た感じあんたが村長か? 俺はスウェインっていうもんだ。街でちょっとした縁があって、ハサンに雇われたもんだ」

 固まってしまったハサンを横目に、スウェインが話を進める。


 スウェインの言葉を聞いて、その姿を改めて見た村長ヴァルは、少しあっけにとられたような表情を見せると、隣にいた老人と目を合わせて苦笑を見せる。


「全くもって、ガルムのやつは何を持ってしても行動が早い。良い所でもあるのだが、拙速でありすぎると本質を見失うというに」

 ヴァルの小言とともに、顔を合わせていた老人が笑いあう。そんな姿を見てハサンはさらに困惑する。


「すまぬな、お客人。カナン村の村長をまかされておるヴァルというものだ。カナン山の方で鬼が出たようだ。不躾で悪いが、少々狩りに付き合ってもらえんかな?」


「ん? まぁ、構わんぜ。俺の目的のものもここにありそうだしな……」

 軽い口調で了承するスウェイン。


「ちょ、ちょっと待ってください村長! これは一体?」

 話が勝手に進んでいるところに割り込むように、ハサンが言葉を挟む


「ヤマツミの戦士の鬼狩りよ」

「ヤマツミ……あれはただの伝承の」


「虚実の入り混じった幻想譚よ。カナンに住まう者の宿命。ガルム達が村を出て戻っておらぬ故に、取り急ぎ出発しようではないか。ハサン、お主も来るか?」


 ハサンが一度も見たことのない、村長達の姿。

 その眼の全てが真っ直ぐにハサンを射る。


「……行きます」

 その言葉を世界に紡いだ時、ハサンは隣でスウェインが見ている気配を感じた。

「良し。日が暮れ始めた、火を灯せ!」

 ヴァルの声で、動きを止めていた集団が一斉に動き始める。

 何かが、今日を持って変わる。勇ましく村を出るヴァル達の背を見て、ハサンはそんな空気を感じ取る。


「ハサン、気張れよ」

 ハサンの背を、スウェインの大きな手が叩く。

「は、はい!」





 * * *





 全ては戦場の中で生まれた。

 それは戦いの中でしか生きられぬ者達。

 住まう場所もなく、守るものも己の命だけ。

 戦士たちは戦い続けた。


 誰に後ろ指をさされようが、関係なかった。

 戦士はそれしか生きる術を知らなかったから。





いつもお読み頂きまして、ありがとうございます!


次回更新は月曜日夜の予定となります。

『魔導の果てにて、君を待つ 第十七話 その先にあるもの 中編』

乞うご期待!

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