表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/117

第十六話 月影に泣く 後編





 身体の自由が効かない。


 ハラルハルラの瞳の奥底に、怪しげに揺らめく光芒。それが何らかの働きかけをして、オーリンの身体から自由を奪っている。そうオーリンは確信を得る。


 深く息を吸うと、オーリンは思い出す──





『人というものは皆、魂魄こんぱくというものを宿しておる。魂魄とは、自我を形成しておる思念たるこんと、魂を留める器たるはくというもの分かれておってな。それらは互いに影響しあい、干渉しあってはじめて形を維持しておるのさ。理屈としてはそう難しい事ではない。だが、単純であればあるほどに、それ自体が身体に大きな影響を与えやすい。ことわりを知らねば、対処の出来ぬ技よ。そしてそれは、逆もまた然りということ』


 それはいつか聞いたシュザ導師の言葉。


 シュザ導師に不思議な技で眠らされたオーリンは、気になってその技の原理を聞いた事がある。


 導師曰く、魂魄こんぱくの内の、自我であるこんに作用して意識を眠らせたという。いうなれば現在の状態はその真逆。ハラルハルラの力によって強制的な干渉を受け、魂魄こんぱくの内のはくを切り離された状態にある。


 オーリンは目を瞑り、さらに意識を集中させる。


 動かぬはくを無視して、内側にあるこんを操る。身体の隅々を葉脈のように巡っている力の流れ。それが不自然に途切れている場所。その奥深くへと、魂を動かしていく。


 ゆっくりと、ゆっくりと。

 意識の底に、沈んでいくように。





 * * *





「──やぁ、また会えたね」

 そこは真っ白な世界であった。

 一瞬前まで対峙していたハラルハルラの姿は影も形もなく、いつ迷い込んだのかも分からぬままに、オーリンはその場所にいた。


 色のないその場所では、己の存在を認識する事が難しかった。そんな中でオーリンは、いつか聞いたことのある声を聞く。


「どうしたんだい、そんな顔をして。困ったことでも起きたのかな?」


 オーリンに問いかけてくる存在。それは、真っ白な中でも色を持ち、微笑みを絶やさぬ少年であった。


 優しげな瞳がオーリンを見つめる。時の流れすらも忘れて、ただその場所を揺蕩たゆたいながら、オーリンは心地良い空間を泳ぐ。


──魔導王?


「世間ではそう言われているみたいだね。全てが全て、僕の力ではないのだけど、みんながそれを喜ぶから、そのままにしているんだ」


──みんな?


「そうさ。君にも感じ取れるだろう?」


──感じ取る……。


「構える必要はない。臆病になる必要もない」


 目の前の少年は、オーリンを見続ける。


「それは、君の中に芽吹いているものを、育くむ水のように」


 オーリンの存在を象る枠が、次第に変化していく。


「それは、目で見る必要のないものであり」


 色が無数に現れては、消え去る。


「それは、音も形もなく──」


 見えないけれど、温かいものに触れる。


「誰にでも感じる事の出来る、確かにそこにあるもの」


──そこにあるもの?


「──僕はそれを、魔導と呼ぶ」


 魔導──


「全てのものが育んでいる、自立のための力さ」


 真っ白な空間が消失すると、急激に視界が晴れる。オーリンが目を開いた先には、ハラルハルラが未だに歪な笑い声を繰り返していた。


 オーリンは目を落とすと、拳を握る。


「──いけるのか」

 オーリンは、己の魂魄こんぱくを取り戻す。

 心も身体も、オーリンの元へと還ってきた。


「ん? ……何をした」

 ハラルハルラの笑い声が止まる。


「全て返してもらった」

 地面に寝ているガルムを一瞥すると、オーリンは槍のある場所へと歩き出す。近くにいた小型の緑青鬼がそれを見てオーリンへと迫るが、流れるように繰り出されたオーリンの掌打が顎を捉えると、緑青鬼を一撃で昏倒させる。


 身体が軽い。指を握りしめると、今まで以上の力が溢れているのを感じる。身体の内側で渦巻く、大いなる力の奔流。


「悪いが魂はやれん。これは俺のものだ」

 槍を取り、構えると、オーリンはハラルハルラに再度眼を向ける。


 オーリンはそこでさらに気付く。ハラルハルラを包み込む禍々しい気が可視化して見える事に。邪なる力を伝えるように、幾重にも連なる糸が周囲にいる緑青鬼達へと繋がっている。


 ハラルハルラの瞳が鈍く光ると、その内の一本がオーリンへと伸びた。


──ブンッ


 オーリンは槍を回転させ、向かって来た糸を両断する。


 力が頭の天辺から足に至るまで、ひいては槍の先にまで循環している。魔導が作用し、魂と魄を強固に保護している。オーリンの視線がハラルハルラといくら交わろうとも、もう魂魄を奪われることはなかった。


「はははははははははは、人間風情が、調子に乗る」






 * * *





 周囲には無数の魔物がいた。

 巨大な緑青鬼の力はその中でも強力なのであろうが、今のオーリンはそれらに驚異を感じなかった。


「ほんの少し魔導の恩恵を受けたからといって、我とやれると思っているのか? 君はとても面白いなぁ」

 どす黒い混沌の力がハラルハルラを包み込み、黒衣を不気味に揺らす。闇が迫る時の中で力がどんどん増幅していく。ハラルハルラの混沌の糸が赤黒く明滅すると、魔物達へと指示を出す。


──バリンッ


 甲高い、何かが割れるような音。


「炎?」

 薄暗い闇に包まれている空間に、無数の炎が見える。燃えるような赤が闇の住処を追い払う。


「ここが目的地かぁ?」

 間延びした声がする。


「スウェイン殿、確かに目的のものはここにいるようだ。助かりました」

 オーリンが炎の先に見たのは、松明を持ち、辺りを照らす白髪の大男と、武装した集団であった。


「……どうやって入ってきた」

 男達を見て、ハラルハルラの声が一段と低くなる。


「ああん? 知らねぇよ。何だこいつは」

 スウェインは、目の前にいる痩せた細った黒衣の男、ハラルハルラにぞんざいな言葉を吐き捨てる。

 そんなスウェインの言葉の脇から、一つの影が飛び出す。


「ガルム!」

 ハサンが倒れているガルムを見て声を上げる。

「待て、ハサン」

 ガルムの元まで走ろうとしたハサンを静止したのは、スウェインと最初に話をしていた人物であった。背筋はピンと真っ直ぐではあるが、齢としてはかなり高齢でありそうな老人。老人は年齢に似合わぬ大柄な鎧を身に纏い、剣を提げている。


「ヴァル村長……」

 不安げな表情のまま、ハサンは老人に目を向ける。

「まだ生きておる。大丈夫じゃ」

「しかしなんだ、骨のあるやつも居るみたいだが、残りは化物ばっかりじゃねーか。ヴァル! 本当にお前たち行けるのか?」

 オーリンを見たあとに、顎で緑青鬼の群れを指すスウェイン。


「なに、大丈夫ですじゃ。老いたとはいえ、我らとてヤマツミの戦士。まぁ、ご先祖に剣を向けるのは、これで最後にしたいものですがな」

 ヴァルは腰の剣を手慣れたように軽く引き抜く。ヴァルが引き連れていた集団も皆剣を抜き、魔物へとその切っ先を向ける。


「──そうか。そういうことか。忌々しい。魔導が優勢になっているせいで、混沌の力が弱くなっているのか。羽虫共が……」


「あー、槍の兄ちゃん、いけるかぁ?」

 スウェインはハラルハルラに向けて、背の長大剣を引き抜きながら、オーリンへと語り掛ける。


「オーリンだ。いざ、尋常に──」

「ははっ、スウェインだ! 推して参るぜぇっ!」


 大地が鳴動し、雄々しい声が木霊する。

 鬨の声が上がり、今、カナン山の戦いが幕を切る。





いつもお読み頂きまして、ありがとうございます!


次回更新は木曜日夜の予定となります。

『魔導の果てにて、君を待つ 第十七話 その先にあるもの』

乞うご期待!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ