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第十五話 想うからこそ 後編





 息を切らしながら、男は森の中を走っていた。

 それは、普通に考えれば男が取るべき行動ではない。

 そんなことは分かっている。分かっているというのに、男の理性はその役目を忘れたように、本能のままに動くことを良しとする。

 たとえそれで、男が今まで積み上げたものの全てが台無しになろうとも。


 恩を仇で返しているという自覚はあった。

 化物に襲われているところを救われたというのに、負傷者である仲間を残し、責務を投げ捨て、気が付いた時には男は走り出していた。


 男の名をガルムという。

 雄大なるカナン山にある、カナン村に生を受けた、猛き戦士の血を引く者。


 ガルムは鬱屈とした人生を過ごしていた。カナンという極々小さな世界で、人生が終わるという事に耐えられなかったというのも一因ではある。村に住まう老人達は、ただただ停滞を望み、変わらぬ毎日を求める。


 そんな日常にガルムは危機感を覚える。時が未来へと進みゆく中で、停滞し続けることへの危機感を。


 ガルムは事あるごとに村長達との対話を試みた。理を説き、懇切丁寧に説明すれば、いずれ停滞した時が歩みを進め、世界が開けると信じて。青年団という集団は、その為の力となるはずであった。だがそれも、ある程度派閥として機能はしたが、結局大多数の流れを変えることはできなかった。


 そういった停滞の中で、魔獣騒ぎはガルムにとって渡りに船であった。

 現実的な問題として、村の滅亡が眼の前にぶら下がろうものなら、いかな老人であろうとも生き方を変え、街への移住を決意するのだろうと。





 だが、村長のヴァルを始め、寄合衆はガルムの説得をもってしても、首を縦に振ることはなかった。


「悠長に事を構えていては、全て手遅れになってしまう。子供達を古い生き方に付き合わせる気か!」

 何を言おうとも、結果は変わらず。


「何故わからないんだ! これ程の苦難を前にして、今のやり方に固執しても未来はないというのに!」

 結果は変わらず。


「大災害を前に、世界は変容してしまった。流れを見誤った者はただただ無意味に死ぬ事になる。それがなぜ分からんのだ」

 結果は──


 ガルムにとって、生まれた時より暮らしているカナンは己の全てである。

 そこに愛着がないはずがない。

 カナンを想うからこそ、何としても眼前に迫る滅亡の日を逃れたかったのだ。

 ガルムが愛すべき人達とともに。


 どれだけ頭が固かろうとも。話が古臭かろうとも。説教がうるさかろうとも。

 力が強くて、面白くて、時に怖くて、優しい人達を。


 愛しくて、愛しくてたまらないからこそ、尊敬していた大人達の現在いまが許せなかった。

 カナン村を開拓した先祖は、鬼を退治して山に平穏を齎したことで、山の神によりカナンに住まうことを許されたという。


 化物や魔獣を倒した巨大な鬼。

 その力は、ガルムにとって魂を揺さぶられるものであった。

 助けてくれた二人の力も凄かったが、巨大な鬼は存在そのものが異質で、全てを圧倒する力は神聖さをも兼ね備えていた。

 そして、人を襲う小さな緑青の鬼を狩るだけで、人に危害を加えない巨大な鬼の行動を見て、ガルムは決断する。


「力さえあれば、皆を救える。あの力があれば……」





 * * *





「なんとまぁ、きなくせぇ。この先で戦いが起こってるみてぇだなぁ」

 スウェインは辺りに漂う戦場の匂いを嗅ぎ取る。


「戦い……魔獣ですか!」

 その言葉に危険を感じ取ったハサンは、緊張した口調でスウェインを見る。

 スウェインは枯れ木の枝を折って手に取ると、少し離れた草むらにおもむろに投げる。


「ギィッ」


 甲高い鳴き声が聞こえ、草を掻き分ける音がする。その場から逃げようとする何かを、スウェインは視界に捉える。スウェインは腰に提げていた短剣をおもむろに引き抜くと、勢いをつけて投げた。銀の刃はハサンが意識する前に、音のみを残して視界から消失した。


「ギャアッ」


「偵察か? 頭がいいじゃねぇか、お前」

 凶悪な笑みを浮かべながら、ドスドスと巨体を揺らしてスウェインは獲物に近付いて行く。

 そこでスウェインが目にしたのは、足に短剣を受け、地を張って逃げようとしている緑青ろくしょうの化物であった。

 それの異様さは、一目見ただけで邪悪な存在であるという事を本能に訴えかける。


 化物は鎧で身を固めていた。

 鎧自体も化物と大きさが合っていないためか、無理矢理装着されているような形だが、スウェインが目を付けたのは、その鎧の模様だった。


 精緻な細工を凝らした意匠は、選ばれし者にしか身に着けることが許されないものであった。

 スウェインは地に伏して逃げようと藻掻く化物の後頭部を、ゆっくりと体重を掛けながら踏みつける。


「──なぁ。お前、鎧の持ち主を一体どうしたんだ?」

 スウェインの三日月に開いた口は、より低く威圧的な声を漏らす。


「ギギギィ……」


「知能はあっても言葉は理解できないか。しかし、お前のようなか弱い存在がやった?」

 ハサンはスウェインと化物との一連の流れを見ていた。少しして、ハサンは自分の肌が粟立っていることに気が付く。


「怒っている……」

 ハサンの本能が恐怖を覚えたのは、地に伏している緑青の化物ではなく、目の前の男に対してだった。


──ズズズと


 鈍い音がする。


「やれるわけがねぇよなぁ。ルード帝国の紋章なんだよこれは。貴様なんぞが見栄やはったりで着ていいような代物じゃあねぇんだよ」

 スウェインが大地を踏み締めると、強烈な圧力を受けて地面にめり込んでいく緑青の化物。


「ギャゴ…………」

 化物はくぐもる声で一度鳴いた後動かなくなった。

 地面は化物の緑色の血で濡れている。


「まさか、こんな所に()()()()が転がってるとはなぁ」


「スウェイン様?」

「ハサン、村に急ぐぞ。やる気が出てきた」





いつもお読み頂きまして、ありがとうございます!


次回更新は来週月曜日夜の予定となります。

『魔導の果てにて、君を待つ 第十六話 月影に泣く 前編』

乞うご期待!

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