第十五話 想うからこそ 中編
草木に身を潜め、魔獣を使いながら人間達を追い詰める緑青鬼。群れを有効に活用して攻めを継続させる姿は、僅かながらに知性を感じさせる。
思い返してみれば、違和感となる事は数多くあった。第一の違和感は、魔獣と緑青鬼がこの場で共闘しているということだ。
それが魔獣の習性によるものなのか、本能であるのかは預かり知れぬが、魔獣達は緑青鬼が甲高い鳴き声を放つと、それに呼応して襲いかかっている。頻繁に繰り返されるその行為は、違和感を確信へと変えるのに足り得るものであった。
そして最大の問題は、緑青鬼の全てが剣を持ち、鎧で身を固めている点である。群れを成し、装備を整え、獣を使役する。
それは最早、魔物という枠に収まらない、人間の作り出す軍隊と同じであった。
だが、そんな魔物の軍団が夥しく入り乱れる状況下にあっても、オーリンとマシューの姿が霞むことはなかった。
戦場は木々が林立している場所であったが、オーリンは自らの得意とする槍の力を削がれる事なく立ち回る。長年の研鑽の末に形を成すオーリンの槍術。
自らを中心にして、半径五歩の間合いに入ろうとするものを面で支配しながら、木の間に隠れようとする魔物も狙い違わず点の一撃にて屠る。
変幻自在に繰り出される槍技は、魔物達へ自由な行動を許さない。
どっしりと腰を据えて戦うオーリンとは打って変わって、マシューの戦い方も圧巻の一言であった。有り余るほどの体力を存分に使い、木の上から下に至るまで、目まぐるしく走り回るマシュー。
押し寄せてくる魔物達の動きのよりも、数段早い速度で、斬撃という名の牙を繰り出す。
戦いの中で常に先の先を取りながら、縦横無尽に駆け回るマシューの柔軟な肢体。最強を目指す獣は視界に入った魔物の全てに致命の一撃を与えながら、次々と位置を交換する。
「目の前の化物に集中して、生きる事だけを考えろ! たとえ一体が相手であろうとも、何人かで掛かり、油断をするな」
ガルムは息を切らしながら、オーリン達の網目を掻い潜って迫ってきた魔物に必死で立ち向かう。
遠くでは次元の違う戦いが繰り広げられている。ガルムは意識を持っていかれないようにして、緊張感を維持したまま一つ一つに対応していく。
盾を構えながら詰め寄ってくる魔物を見て、ガルムは頭部に向けて剣を振るう。ガルムの一撃に反応して、魔物が剣を払おうとした所に、横合いからその動きを見ていたダンが、魔物の胴を剣で薙ぐ。
鎧の胸当て部分から下を狙った一撃は、ダンの指に重い感触を残しながら、魔物の胴をズルリと斬り開いていく。
時間が過ぎるごとに身体が重くなっていく。剣を持つ腕を維持することすら苦労するほどに、ガルム達は満身創痍であった。
だがそれでも、どんなに泥臭かろうとも、危険を最小限にして、一人も欠けないように立ち回るガルム達。それは長年の信頼と、仲間を守るという想いの強さでもあった。
その時、ガルム達の前を勢いよく横切る物体が目に入る。
──ドゴオォォォォン
唐突に放たれた、耳を塞ぎたくなるほどの轟音。
それは遠く離れた大木の根本に至って止まる。木の根本を抉るように変形した物体。それは、原型を留めぬ程に拉げた緑青鬼の骸。
次いで現れたのは、雄々しき鬣を持つ、巨大なる緑青の鬼であった。
* * *
『クチオシイ……』
最初、その言葉に誰も反応出来なかった。
言葉放ったのが今現れた、人の倍ほどの大きさを持つ緑青鬼であると、誰も気付かなかったからだ。
口元から飛び出す牙は、どんなものでもひと砕きにしそうな恐ろしさがあり、そこから放たれるくぐもった声は、意味を理解出来なければ唸り声の様にも聞こえた。
オーリンとマシューはその存在を見て、同時に武器を構える。
『ヤマツミヨ……』
大きく振るわれた腕は、轟きと共に近くにいた小さな緑青鬼を叩き潰す。
「何だあいつは」
オーリンは突然現れた巨大な緑青鬼の行動に疑問を抱く。
「同士討ちしてる、あいつ」
マシューは強者の出現に嬉しそうではあるが、現れた緑青鬼が持つ力を肌で感じているのか、額に汗を滲ませる。
その緑青鬼は、周りにいる緑青鬼達と違って鎧を着ておらず、腰に毛皮を纏っていた。
上半身は剥き出しの生身を晒し、仄暗く紅い眼は何処を見ているのか分からない。
「ヤマツミ……?」
巨大な緑青鬼の放った言葉に最初に反応したのは、ガルムであった。
その緑青鬼は強大な力を振るう。近くにいる魔物を対象としているのか、何もかもお構いなしに暴れ回る。腕の一振りが魔獣を切り裂き、繰り出された足がより小さな緑青鬼を踏み潰す。
混戦の最中、甲高い鳴き声が響き渡ると、魔獣が集中して巨大な鬼に飛び掛かっていく。
常人であれば猛威を振るう魔獣の牙や爪も、個としての格が違うのか、巨大な緑青鬼に傷を付けることは敵わなかった。
それでも魔獣は次々と飛び掛かっていく。
そんな状況に至った事で、さらなる変化が起こる。小さな緑青鬼の群れが、その場から逃走をはじめたのだ。
「なんと、あまりにも強い」
オーリンは、青年団が狙われないように軸をずらして、巨大な緑青鬼を見る。
無限に湧きいでる魔獣の全てを、只々力任せに薙ぎ払う鬼。周りにいた緑青鬼は、既に逃げ去り姿が見えなくなっていた。
──ドンッ
最後の魔獣が斃れた所で、オーリンは目の前の強大なる鬼と、正面から目を合わせる事となる。
オーリンが見た鬼の紅い目は、血の涙を流しているようにも見えた。
「……悲しい目をしている」
オーリンは腰を据えて、槍を構える。
対峙するだけで、強大なる鬼の力の一端が垣間見える。
『クチオシイ……』
オーリンの姿を暫く見ていた緑青鬼は、そう言い残すと大きく跳躍して山へと姿を消す。
「……見逃されたのか?」
オーリンは知らずかいていた汗を拭うと、深く息を吐く。
危機は去った。だが、何か大きな違和感が残る。
そんな中、ガルムは山へと消えた巨大な緑青鬼の背中を、ずっと見ていた。
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次回更新予定は木曜日夜となります。
『魔導の果てにて、君を待つ 第十五話 想うからこそ 後編』
乞うご期待!




