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第十四話 ヤマツミの詩 中編





 火の粉が弾けては、パチパチと軽やかな音を鳴らす。


 日の早いうちに街を出て、最初の野営地に辿り着いたハサンとスウェインは、早々に夜を迎えるための準備を始めていた。

 獣や化物に襲われぬように、スウェインが周囲に音の鳴る仕掛けをしている間に、ハサンが晩飯の準備にかかる。


 馬も、荷を下ろして先に草を食べさせたせいか、火から少し離れた場所で大人しく眠りについていた。


 ハサンは干し肉を刺した串を、火で炙るように焚火の側に設置した後に、小型の鍋を取り出してスープの仕込みに取り掛かる。その姿を見つけて、スウェインは嬉しそうに火のそばに腰を下ろす。


 小さな鍋に手際よく刻まれた根菜が入れられると、ひと煮立ちするまでの間に次の準備に取り掛かる。スウェインの鼻をくすぐるような、独特な匂いのする香辛料がハサンの手により取り出されると、少しずつ鍋に入れて味を整えている。


 鍋から流れる良い匂いに鼻をくすぐられて、スウェインは目を閉じその香りを楽しむ。

 美味しそうな匂いにつられたのか、スウェインの大きな身体は、とても大きな腹の音を鳴らして出来上がりを催促をする。


「あとはこれを入れて……出来上がりです、どうぞ」

 最後に一振り香辛料がかけられ、差し出される肉とスープ。スウェインは口の中で今にも溢れそうな涎を、喉の奥へと飲み込むと、椀に入った食事を受け取る。


「これはまた、美味そうだな」

 目を輝かせながら、串に刺さった炙り肉と、スープの入った椀を両手に持つスウェイン。

 それを見てハサンも笑みがこぼれる。


「どうぞ、めしあがれ」


「かたじけねぇ」

 スウェインは持ち手を気を付けながら軽く手を合わせる仕草をすると、まず肉を口に含む。噛むごとに香ばしさの中にある刺激的な辛みが、スウェインの食欲を増す。

 そして次にスープの入った椀へと口を運ぶ。箸を器用に使いながら一つ一つの食材を堪能する。腹の奥に流し込まれるその温かさに、腹がいいしれぬ幸福で満たされていく。根菜もいい具合に火が通り、柔らかい部分と歯応えの残る部分が食べてる満足感を増していた。スウェインが気になったのはその味だ。さっぱりと整えられた味の中にも肉の旨味が凝縮されている。


「これは……、スープにも肉が入ってるのか?」


「ええ、干肉を上手いこと利用できないかと試していたら、粉末状にして調味料と合わせて使うことで、なかなか面白い味を発見しまして」


「ほー、やるなぁ。俺は料理はからきしだから理屈はわからんが、とにかくうまいぞ」


「はは。まだありますので、お好きなだけどうぞ」


「ありがてぇなぁ。これであと麦酒エールがあれば完璧なんだが」


「村についたら用意させますので。今飲んでしまうと流石にこのまま寝入ってしまいますからね」

 大きな身体に尋常ならざる戦闘能力を持った眼前の戦士が、村にいる年少の子供らと変わらぬ顔で飯を食う。その姿を見て、ハサンは先程の魔獣の襲撃の時を忘れるほどに、緊張がほぐれていく。


「しかし、あれも……魔獣というやつですか。街道にも現れるとなると、もう一人で買い出しも出来ませんね」

 ハサンは食事の団欒の時に、ふと気になる点へと思いを巡らせる。


「ん、あぁ。魔獣騒動の混乱に乗じて、馬鹿みたいに生まれた野盗共が駆除されてやっと安全になったというのに、また面倒くせぇのが出てきたもんだ」


「ええ……、村も無事だといいのですが」


「そういえば聞きたいことがあるんだが、カナン村にある青年団というのは一体どういったものなんだ?」


「カナン村青年団は、カナン村が信仰しているヤマツミの、選ばれし戦士達で結成された、ひとつの集団です」

 ハサンが物憂げに語る言葉に、スウェインの箸が止まると、そのまま顔を上げる。


「ヤマツミとはまた、懐かしい名だな。カナン山の奥地にいるという山の神……か」

「知っているのですか?」


「まあな、それも古い話だ、気にするな」


「そうですか。でもそれも……真実は全く違うのですけどね。青年団のガルムは私の幼馴染なのですが、彼はいつも村を変えようとしていました。でも、村長達、寄合衆には若い私達の言葉は届かない。意見を通すために対抗できるものであれば何でもよかったのです、ヤマツミの戦士でも、何でも」

 ハサンの言葉も次第に語尾が重くなっていく。迷路に迷い込んだように、ハサンの中でも何が正しいのか、分からなくなっているようにも見える。


「いつの時代も同じだな。古きものと新しきものが反発しあうというのは」


「青年団の団員が魔獣を見て、戦士を村に招き入れようと言い出したのはガルムの独断だったのですが、今ならば私も彼の意見が正しかったと思っています」


「結局のところ力でしか解決出来ぬものも多いからな。大災害の化物のように……。まぁ、俺みたいな人間にとっちゃあそういった手合いの方がなんにしても楽だがね。ゲンコツ一発で全て解決出来るのだからなぁ」

 握った右こぶしを見せながら、スウェインは軽く叩く仕草を見せて笑う。


「あぁ、……スウェイン様のゲンコツはほんとうに痛そうだ。子供の時分なら私たちもそれで納得していたのに。ほんと、変に大人になってしまって、困りますよ」

 ハサンは口ぶりはとても穏やかではあるが、スウェインの眼には、今にも壊れそうな危うさを感じさせた。


「何にしても村についてからだ。辛気臭い話はここまでにして、そろそろ休めハサン。俺も様子を見ながら少し休む」


「はい。スウェイン様……本当にありがとうございます」


「……気にするな」


 暗闇の中で寝息が残る。

 スウェインはハサンが眠ったのを確認してから、自らも目を瞑り、休息をとることにした。





 * * *





 ヤマツミの戦士はどこにいる。

 それを知る者は古き者。


 今は名もなきヤマツミよ。

 ヤマツミの戦士を忘るるか。


 勇猛にして果敢なる、

 ヤマツミの戦士を忘るるか。





いつも愛読いただきまして、ありがとうございます。


次回更新予定は来週月曜日となります。

『魔導の果てにて、君を待つ 第十四話 ヤマツミの詩 後編』

乞うご期待!

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