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第十三話 残響 前編





 戦場の残り香は、どことなく悲壮感を漂わせる。

 くすんだ色をした空も蒼く色を変え、今は緩やかに時が流れていた。


 ルディ・ナザクは戦場であるノール砦へと辿り着くまでの間、グリークの姿をずっと見続けていた。


 焦燥に駆られながら、魔導兵団の面々は必死に魔竜のいる戦場へと急ぐ。だが戦いの時は無情にも流れて行き、部隊の到着を前に戦闘は終わりを告げる。その結果グリークは、自身の全身全霊を掛けた大魔術をもって、漆黒の魔竜とともに自らも消えていった。


 後に残ったのは、混沌の殻を脱いで新たに産まれし真っ白な竜。予言にあるものとは明らかに違うの存在。


 ルディはそれを眼にした時、世界の形が変わった事を感じ取る。


 大災害の中でも、第四の大災害である不滅の魔竜というものは、人の身では退けるのが不可能に近い存在であった。


 大地を揺蕩う魔導が、意思を持ってその存在を抑え込もうとするほどに。


 だがそれも、一つの切っ掛けが綻びを生む事となる。


 ルノウムの地が滅びた事により、混沌の力が優勢となったことで、魔竜は自らを抑えつけていた魔導による束縛を打ち破り、世界に顕現を果たす。


 本来であれば、魔竜が顕現した事により大地の全てが滅びていてもおかしくはなかった。

 その躰はありとあらゆる混沌を産み出す。破滅が形となった存在である魔竜。


 だが、一人の魔術師により不滅の魔竜は打ち倒された。そして大災害は次の段階へと進む。


 魔竜の消えた世界を見るルディの眼には、数え切れぬ程の魔導が映っていた。


 それはグリークが後の者たちに託した世界。


──そして残るのは、終焉の大災害


 それは聖女が残した、最後の言葉であり、予言の最終節でもあった。


 ふと気になり、ルディが視線を巡らすと、そこには身を震わせて佇むシルバス・エドの姿が見えた。


 とても強い存在という印象のある、銀の髪を持つその女性は、初めて見せる少女のようなあどけない表情と哀しそうな瞳のまま、ただじっと空を見続けていた。





 * * *





 帰り着いた魔導兵団を出迎えたのは、無惨な姿へと変わり果てたノール砦であった。

 帝国が誇るノール砦が、たった数日でこれ程の事になるとは、誰も予想出来まい。


 多数の兵士が、魔竜の産み落とした化物の犠牲となっていて、犠牲者の数は百や二百では利かない。


 それでも全滅しなかったのがマシだと思えるほどに、魔竜の存在は強大であり、絶対的なものであった。


 もしグリークが間に合っていなければ、ルディ達が戻る前に、砦にいた兵士達は骸となっていたであろう。


 辛うじて生き残った者達も皆一様に疲労の色を滲ませている。


「ユリスは……どこだ」

 ルディは自らがユリスを探しつつも、かの少年を探しながら砦の者達にも声を掛けていた。

 シルバスもユリスを探しているのであろうか、気が付けば姿を消していた。


 そもそもユリスの父親がグリークだと言うことを、ルディは知っていた。ユリスの魂を奪っていく、予言の力を使わさせぬように、その記憶を魔導により封じている事も全て。


 グリークに生命を救われ、話を聞いた時に、()()()()()()()()()()ルード帝国に居ることを選んだ。


 だが、ルディはどうしようもなく胸騒ぎを覚える。

 ユリスがグリークのように消えてしまうような、そんな胸騒ぎを。


 ユリスを探す為に、ルディが一人で砦の中を歩いていると、唐突に目の前に青白い炎が現れる。


 炎は輪郭を形どりながら、次第に人の姿へと変化していく。


「あんたは……」

『リバック・フィテスよ。第一から始まり、第二、第三と続き、グリークの力により第四の災害もこの世界を去った。そして今、終焉が胎動を始めた』


 炎はルディ・ナザク。──リバック・フィテスへと語り掛ける。


「終焉の……大災害」


『心せよ』

 炎は忠告と取れる言葉を残して消える。


 その言葉を聞いて、感情の揺らぎを抑えるように目をつむる。


 リバック・フィテスは、自らが王国へと戻る時が来たことを悟った。





 * * *





 一体今まで何を見ていたのだろう。

 シルバスは、必死になってユリスを捜していた。シルバスにのみ感じ取れる、家族の繋がりを辿るように。


 グリークの魔導結界を越えた時から、シルバスは少しずつ失っていた記憶を思い出していた。それはき止められていた川が、緩やかに流れるように、止まっていたものをゆっくりと運んでいく。グリークの魔導は今、血流のようにシルバスの内に流ていた。


 小さく呼吸をしながら、鼓動とともに動くグリークの魔導は、彼の命の欠片でもあった。


 それを理解する度に、シルバスの精神は平穏を保てずに心を揺さぶる。

 だが、今のシルバスにとって最も大事なのは、ずっと捜し続けていた家族であった。


「ユリス、何処にいるの?」

 トクンとシルバスの内にある魔導が跳ねる。

 次の瞬間、糸のようにか細い魔導がシルバスへ道を指し示す。今にも途切れてしまいそうなその糸を辿るシルバス。


 ユリスの魔導に共鳴しているのか、シルバスの内なる魔導は振動を強く、激しくする。


「ユリス……」

 ユリスは崩壊した建物の影にうずくまって、泣いていた。


「シル……姉様。僕は何でこんなにも弱いんだろう」

 漏れ出る言葉は弱々しく、今にも消えてしまいそうで。


 シルバスは、そっと抱き締めると、ユリスの頭を撫でる。


「ユリス……父様は凄いね……私達はまだまだ弱い」

 シルバスの胸の中でしゃくりあげるように漏れる嗚咽。とめどなく流れるユリスの涙は止まることはない。


「聞いてユリス。私達は強い父様の子供だから。父様の残してくれた世界を生きないといけない。今は泣いて、想いを受け取るの。でもその後はどれだけゆっくりだとしても歩き出さないといけない。それが私達の大好きだった父様のように、生きるということなのだから」


 ユリスの心に染み入るのように入り込む、シルバスの言葉達。顔を上げたユリスが見たのは、ボロボロと泣いている、懐かしい姉の顔であった。


「僕は父様のようになれるのかな」


「ユリスが望み、それをずっとずっと忘れないでいれば、きっと叶うわ」

 ユリスとシルバスは泣きながら、強い想いを胸に灯す。


 その時ひゅるりと、二人のいる場所を風が吹き抜けた。

 風は優しく包み込むように、二人の背中をそっと押す。


 灯火は消えることなく風と共にあり、その炎を大きくする。

 ユリスが見た空は、蒼く澄んでいてとても綺麗だった。





お読み頂きまして、ありがとうございます。


次回投稿予定日は6月14日月曜日夜となります。

『魔導の果てにて、君を待つ 第十三話 残響 中編』

乞うご期待!

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