表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/117

第十二話 エドの灯火 前編





 それは世界に破滅をもたらす不滅の存在。

 魔竜ボリクスは数多のわざわいを呼び起こす。

 魔竜を普遍のものとしてはいけない。

 魔竜の産み落とす災厄が、終焉の呼び水となる。


 忘れてはいけない。

 世界を救う魔導を。

 忘れてはいけない。

 子らを導く灯火ともしびを。





 * * *





 その者は大空にいた。

 雨雲の残り香か、空は未だに薄暗い。蒼天とは程遠い濃淡で彩られる世界の中にあっても、その者は視界に入る全てを、我が物とする力を持っていた。

 強い風を身に纏いながら、自由自在に魔導を行使する男。


「思い出してしまったのだな、ユリス」

 黒髪の男、グリーク・エドは、少し哀しそうな顔をして、我が子へと言葉を紡ぐ。

 空に浮かぶグリークを認識した大蜥蜴達は、物欲しそうに大きく開いた口へと、圧縮させたほのおの弾を生み出す。次の瞬間、首をおおきく振り、投げつけるように宙にいるグリークめがけてそれを吐き出した。


「父様!」

 ユリスが声を上げる。

 悠然と空を飛ぶ、グリーク・エドに向けて。


 大蜥蜴の行動を見たグリークは、両手を前に突き出すと、緩やかな動作で掌を動かしながら眼の前に小さな風の珠を作り上げる。珠は次第に大きさを変え、めくれるように広がると、それは一枚の大きな葉となる。


「──風の葉よ」

 大蜥蜴の放った焔弾えんだんは、新緑の葉をかたどる魔導に遮られる。

 着弾したほのおの弾は、そのまま葉に包まれるように押し潰されると、強烈なまでの熱を内包している焔を消失させる。


 風が更に集まっていく。グリークの纏う魔導がより色濃く輝くと、飛翔するグリークの背に、翠色みどりいろに輝く一対いっついの大きな翼が生み出される。


 それはグリークが世界に顕現けんげんさせた魔導の力。


 かつて、グリークが魔導門を潜った時に学び得た世界の真理、その一端。グリークの持つ際限の見えぬ力は、世界の在り様すらも変えてしまう。


「第四の大災害、魔竜ボリクス……我が魔導を持ってここにこくする」

 グリークの言葉に反応したのか、大蜥蜴を生み出しているだけであった竜は、ゆっくりとその鎌首をもたげる。


 千よ万よと牙が並ぶ魔竜の口腔に、周囲の光源を奪うように光が収束していく。グリークの存在が煩わしいと言わんばかりに、魔竜は全てを破壊する息吹を、空にいるグリークへと放った。光の息吹は、世界の色までも切り裂くように一直線に進む。


「風よ。悠久の時を流るる風よ。我が呼び掛けに耳を傾け、全てを時の流れの中へと還せ」


──水天一碧すいてんいっぺき


 グリークが手を払うと、風が集まり形を創り上げる。空と同じ色をしたあおき衣が幾重にも生み出されると、瞬く間に蒼天を埋め尽くす。その数は百や二百では利かない。それは、空と大地の境界を曖昧にするほどの魔導であった。


 竜の息吹と、グリークの魔導がぶつかり合う。


 バチバチと激しい音を立てて、光の息吹はグリークの生み出した蒼天の衣を突き破りながら進む。だが、空に揺蕩う自然の風から生み出された魔導の衣は、打ち破られる度に新たなる衣をその場で生み出していく。消えては生まれ、生まれては消える。それを繰り返すうちに、竜の放った光は徐々にその力を減衰させていき、力を失い消え去った。


──バサリ


 グリークの背にある翼が、一際大きく広がると、背に受けた陽の光を吸収していく。熱を受けて溢れ出す力の奔流が、風の翼から魔導の粒子を放出していく。


「綺麗だ」

 見ていた誰かの声がユリスの耳に入る。

 ユリスもその光景をじっと見つめる。

 翼を持ち、まるで神の御使いのような姿のグリーク。

 それとは対象的に、全てを破壊して混沌を生み出そうとする魔竜。

 二つの存在が交わるその戦いは、まるで神話のようであった。





 * * *




「何だこいつは!」

 ルディは、ノール砦のある方角からやってくる大蜥蜴の化物の大群を見て汗を掻く。

 魔導兵団は、砦を大災害の魔獣共から守る為に、ルノウムの奥地にまで足を踏み入れていた。

 だというのに、自らの身長の倍はあろう化物が陣の背後から雪崩のように押し寄せてきている。


 突進してきた大蜥蜴をルディは剣で斬ろうとするが、甲高い音と共に剣が弾かれる。それを見て瞬時に魔導を練ると、ルディは大蜥蜴の突進を全身を持って受け止めた。


 急速に燃焼させたルディの魔導が赤く光る。受け止めた場所より数十歩下がるほどに押されるが、なんとか受け止めきる。唸り声を上げながら、口から炎の涎を垂らす大蜥蜴。


 その時、ジャリジャリと剣で砂をこすったような音がルディの耳に飛び込む。


 地を擦るように這いながら、大蜥蜴の前足を軽々と切断する砂の刃。大蜥蜴は傷付いた足で自重を支えきれずに、その場に倒れ込む。それを見て、ルディは再び剣を取ると、大蜥蜴に止めを刺そうとする。大蜥蜴の鱗は強固ではあるが、鱗の生え並ぶ方向を見て、逆らわぬように根本へと剣を入れると、するりと奥まで入り込んでいった。

 そのまま大蜥蜴の体内で魔導を爆発させると、大蜥蜴は四方八方に飛び散った。


「すまん、助かった」

 ルディは少し離れた位置にいるシルバスを見て声を掛ける。

 銀の髪を持ち、エドの魔導を使う者へと。シルバスは尚も魔導を行使し続けている。

 シルバスは今、己の持つ砂の魔導を周囲に散布しながら砦を見ていた。


「早くしないと、ユリスが危ない」

 真剣な表情のまま、シルバスはルディへと返答する。

 そうしている間にも次々と押し寄せてくる大蜥蜴の大群。


「旦那!」

 ラルザが吠える。魔導を纏わせた大剣で大蜥蜴を斬り伏せては、ハイネルが風の矢を放つ。


 どこから現れてきたのかというほどに、魔導兵団の皆を押し潰そうと、大蜥蜴の数が増えていく。

 第二特務小隊の皆も、各人が魔導を行使しながら必死になって大蜥蜴共を横一列に押し返す。


「ラルザ、ハイネル、全力で行くぞ! このままでは砦が危ない」

 ルディが掌の上に一際大きな業火球ごうかきゅうを創り上げ、大蜥蜴の群れの中心に投げ込む。その火球は大爆発を起こすと、大蜥蜴共は連鎖するように爆散してゆく。


 ルディ達はその身を混沌の渦中へと投じると、大蜥蜴の波を少しずつ掻き分けていく。


 岩山をひとつ越えれば、砦までの距離はそうない。

 だが、今はその一歩すら、ルディには遠く重く感じる。


「これは……」

 ルディ達が、岩山を越えた先に目にしたものは、大地から天まで続くように聳え立つ、紺碧こんぺきの壁であった。


 有象無象のそれとは隔絶された、魔導のヴェールが、砦とルディ達の現在地を断絶する。


「団長の魔導結界だ……」

 全力で駆け登ったせいで、息が荒くなる。


「グリーク……父様」

 シルバスは、古い記憶を呼び起こすようにその壁に触れる。


 どこか冷たく見える色の中に、暖かさを残す感触。

 それは、シルバスの記憶を手繰るように、幸せな日々を夢見させる。





 * * *





 あおの魔導が光形を成し、命を吹き込まれたように天空に生まれては群れとなると、魔竜へと襲い掛かる。

 百、二百、三百と、次から次へと無尽蔵に生み出されるグリークの魔導。蒼天の衣は魔竜へと取り付くように接触すると、風による爆風を巻き起こす。繰り返されるグリークの魔導は魔竜の外皮を少しずつえぐっていく。


 赤黒い血が噴き出し、魔竜の血と肉がめくれる。


 だが、グリークにより何百と積み重ねられた魔竜への攻撃も、見る見るうちに傷口の肉が盛り上がっては傷付けた端から元通りになる。


 あまねく世界に顕在する、魔竜というものの絶対的かつ不変たる種としての力。

 魔竜という存在モノは、世界に顕現した時点で滅びを許容されない存在モノへと変質する。そもそも存在の有り様が、人間や生物とは根本から違う。


 グリークの魔導により全身の至るところに損傷を受けていた魔竜の躰も、時を巻き戻すように飛び散った鱗が次々と生成されては、状態を復元していく。

 そればかりでなく、地に落ちた魔竜の肉片かけらや血からは、多種多様な形を持つ化物達ばけものたちが生まれていた。


 獣のような化物。鳥のような化物。一つ眼の化物。虫のような化物。人のような化物。

 それらは、見た事のあるものから、未だ知り得ぬ混沌をも生み出していた。


 グリークの生み出す蒼天の衣の数がさらに増える。魔導の力が魔竜へと至る衝撃の余波で、生み出された化物がその身を破壊される。


 グリークは自らが編み出した全ての魔導を操りながら、碧眼で全てを捉えていた。


 魔竜はこれまでの、どのような大災害よりも尋常ならざる存在であった。

 どれだけ魔導を重ねようとも、その躰が滅ぶ気配はない。


 だが、それを見てもグリークは迷わない。


 魔導門へ潜り、知り得た真実。

 魔導王と友であった、魔術師エドの家系。


 五百年の時を経ても、その力が途絶えることなく現在いまに続く理由。


 風が吹く。

 その度に大地が揺れる。

 竜が咆哮を上げる。

 光が吐き出され、紺碧の魔導とぶつかり合う。


『人が迷いし魔のすべを持ちて、その力は世界を覆す。魔の導き手となりて、その光は世界を救う道となる』

 グリークの両手に集まる光。


 原初より存在する、白と黒の光。


 初代エドが魔導王と出会う前に探求していたのは、魔術という力であった。


 その力の悉くが破壊をもたらす。

 使い勝手が悪く、とある部族において秘術として隠されていた技を、初代エドが己の知識欲を満たす為だけに学び得た技であった。


 現代となっては、エドの中でも当主の人間しか扱える者がいないという技。グリークですら魔導門の最奥に至るまで知り得なかった知識。

 自然と共存している魔導と違い、扱い方を間違えれば、魔術そのものが大災害と変わらぬ力となる。

 それでも今の時代にまで魔術を残したのは、初代エドの言葉にある。


『相克を持ちて、その無限かせを破壊する』

 白と黒が交わり、まだらとなってから、灰となる。

 それは、破壊の顕現であり、魔導で守られたグリークの腕までも少しずつ壊していく。

 紺碧の魔導は、今もなお、魔竜の放つ光の息吹を受け止め続けていた。


ことわりを打ち壊すその日まで、全てを知るその日まで』

 魔竜は翼を広げると、大きくその身を空へと浮かせる。グリークの力を脅威に感じて、そのあぎとを大きく開きながら。


 周囲にある光と闇も集まり、破壊を凝縮させた灰色の力がグリークの翼からも溢れ出る。

 臨界へと至る、その時、グリークの両腕が突き出される。

 その指の一つ一つに、溢れんばかりの極光が集まる。


『囚われし、魔術エドを持ちて、世界をひらく』


 その躰を持ってグリークを消し去ろうとする魔竜ボリクス。

 だが、魔竜の翼は一瞬にして蒼天の魔導に絡め取られ、自由を奪われると、天空へとその身を連れ去られる。


 太陽と重なるように、陽を遮る場所そらにまで。


 そして、世界がその産声を聞く。


原初之息吹アトラクナーヴァ





いつもお読み頂きまして、ありがとうございます。


次回投稿予定日は6月3日木曜日となります。

『魔導の果てにて、君を待つ 第十二話 エドの灯火 中編』

乞うご期待!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ