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第十一話 予感 後編





 たちまちに黒風こくふうが大地をめぐる。

 森を抜け、街を抜け、曇天すらもはらけて。


 荒ぶる風は砂塵を舞い上げ、天変地異とも見紛みまごう程の現象を引き起こす。それを見た人間は、自然の強大さを肌で感じ、目をあおぎ見る事しか出来ない。そんな事はお構いなしとばかりに風は征く。長い旅の末、砂の荒野を抜けた時、風は動きを止めた。


「第四の大災害が現れるということは、既に第三も目覚めたということか」

 風の名をグリークと言う。あまかぜの大魔導師と呼び称される者。天変地異さえ独力で起こせるほどの魔導を持ちて、自然すらも意のままにする存在。


 ルード帝国魔導兵団団長グリーク。それはかつて、グラム王国の魔導大家であるエドの名を受け継いでいた者の名前。グリークはノールの天上に在る漆黒の竜を見て、理解する。


「時の流れは絶えずしてある。しかし、予言されし物よりも確実に早く進んでいる」

 空を舞うグリークの周りを、風が円状に吹き乱れていた。流れ打つ雨の渦中にあっても、その全てをたけき風が遮断する。


 いかずちが迸り、雨雲に覆われた世界を照らす。天を翔ける竜が絶え間なく吐き出す息吹は、眩いほどの光を放ち目に焼き付いて離れない。漆黒の竜は有り余るほどの強大な力と、存在の差を理解させるように、長大なその身を晒す。それ自身が破壊の象徴であると見せつけるように。竜は今まさに、世界を壊そうとしていた。


それは第四の大災害。世界を破滅へと導く混沌。魔竜ボリクス……」

 グリークは帝国に伝わる予言を思い出す。


 それはグリークにとって、長い年月を振り返ることにもなった。ルード帝国の皇帝アルケスとは、グリークがグラム王国を出て少しした時に知り合った。彼と出会ったのは、グリークがネイを失って直ぐの事であった。全てはグリークの父親であるヨハネス・エドが、母の死に直面して開眼した、ユリスの類まれなる魔導の力に気付き、それを利用しようとした事に端を発する。


 その情報を得たグリークは、任務を放棄するようにユリスを連れたまま国を出ることとなる。そこで、グリークはまだ皇帝になる前のアルケスと出会う。


 その時代のルード帝国は、今と変わらずに平和ではあった。だが、それは目に見えぬ所で進行していた。遅速に進む病のように、人々の心を少しずつ蝕ばんでいく。


 当時の皇帝が魔導王より魔導と共に伝えられた、一繋ひとつなぎの予言すら忘却してしまうほどに、平和と言う名の幻想に酔っていた。


 ルード帝国はグリークが帝国に来るほんの少し前まで、魔導王よりもたらされた魔導の力を失伝してしまう手前にあった。


 それは、帝国の技術力の高さによるものもあるのだが、魔導を真に理解できる人間が少なかったということも理由の一つとしてある。帝国の有り余る技術を持って、汎用性のあるものを広く効率良く普及させていったため、少しずつではあるが、それらを扱う為の物事の本質的な部分も一緒に抜け落ちていく。


 帝位継承権の第三位にあったアルケスですらそれを良しとしていた。父王や、兄達は取り立てて有能ではなかったが、さりとて無能というわけでもない。時代が平和なままであれば、その役目を全うできていたのであろう。故にアルケスは何かを気付いたとしても、その状況下において自らの意思を押し通して波風を立てる気もなかった。アルケス自身が、非凡なる才能を持ち合わせていたために。


「帝国の地は、破滅の竜によって滅ぼされる……」

 グリークは、その予言の意味を理解していた。

 魔導王が魔導を伝えた理由も。


 当時の皇帝はそれを理解していた。

 だが、代を重ねるごとに、それらは時代の流れと共に忘れ去られていく。時の流れについていけぬとばかりに。


 そんな中、グリークがルード帝国へと流れ着いたのは、運命であるのかもしれない。


 グリークはもう一度、空に在る竜を見る。今も尚、砦は形を崩すように被害を増やしていく。それに伴って、グリークの魔導がたかぶりをみせる。距離はまだあるが、魔導と呼応するように風がグリークを運ぶ。

 ユリスの魔導は何処にいても感じ取れる。大魔導師としての力を持ってすれば、帝国内にある驚異の全てを把握できるほどに、グリークの魔導は森羅万象へと昇華していた。


「我が魔導を持ちて、今度こそ悲願を果たす」

 風は止まらない。たった一つの願いを叶える為に。





 * * *





「ユリスに宿ったものがネイと同じ予言の力、そう言うのか? ヤン」

「ああ、今はまだ力が小さいが、このまま大災害の予言を見続ける事になれば、その強大なる虚ろの力によって、魂までもが奪われてしまうのである」


「予言による短命を覆す為には、原因となる大災害そのものを消し去るしかない。魔導門に潜り知識と力を得たというのに、未だに第一の波すら来てはいない。未来に起こりうるものに魂が喰われるなどと、こんなにも理不尽な事があるか。これではネイを救えなかった時と同じではないか! ヤン、俺はどうすればよいのだ」


「……グリーク、一つだけ手がある。ネイ殿と違い、力の発現が夢を通してである点において、ユリスだけに打てる手がな……だがそれは、お主にとっても、子供達にとっても、とても辛い話となるのである」


「ヤン。……頼む。どんなことでもする。俺はもう失いたくないのだ……」


「グリーク……」





 * * *





 目を覚ましたユリスの眼前にあったのは、見渡す限りの瓦礫の山であった。長い年月ルード帝国を守り続けたノール砦の外観は、もはや見る影もない。所々残っている城壁を背にして、生き残っている兵士達が息を潜めている。少し前まで降っていた雨は、その雨足を遠くしているようだが、そこら中に粉塵が舞い見渡せる視界が狭い。ぼやけ気味の頭を動かす為に、かぶりを振るユリス。


 ちりの膜が薄くなり、徐々に視界が鮮明になっていく途中でユリスは気付いた。ガリガリと何かがこすれる音がしていると。


 ユリスが音のする方に目を向けると、そこには砦に覆いかぶさるように竜の尾が垂れ下がっていた。一見してもその存在を理解することは出来ない。それ程までにその物体は大きかった。尾と繋がった先を見ると、長く太い胴体があり、さらにそれを伝った先にあるのは、巨大な牙を持つ竜のあぎとと、血濡れた眼。その大きな瞳は血のように赤い涙を流している。何処かで見たことのある光景が、ユリスの記憶をより鮮明にしていく。


 そして、周囲の変化にユリスは息を呑むことになる。流れ落ちた竜の涙が次から次へと化物に変化していったからだ。生み出された化物の躰は赤黒く、口に牙を持ち、地を這う蜥蜴のような姿であった。涙から生まれたというのに、その蜥蜴は大人の倍はあるであろう大きさであった。そんなものが際限なく生み出されている状況を見て、ユリスの身体は恐怖を覚える。瓦礫に埋もれ、身動きが取れない兵の多くが、蜥蜴達の餌食となっていた。


「こんな時に……魔導が使えれば」

 身を震わせても、ユリスの内なる魔導の反応は鈍い。そこら中にいる蜥蜴の吐息が、今にも隣で聞こえてきそうで、焦りを募らせるユリス。砦の兵士の一人がユリスに気付いて、音を立てぬように近付いてくる。


「君は魔導兵団の少年じゃないか、大丈夫か」

 緊張した面持ちのまま、化物に聞こえぬように注意を払いながら、その兵士はユリスへと話し掛けてきた。ユリスの事を知っているようであった。


「僕は大丈夫です。あれは一体何なんです?」


「ああ、あの馬鹿でかい竜は、雨雲に隠れていきなり現れやがったんだ。あいつのせいで砦もこの有様よ。今は大人しくなっているみたいだが、見ての通り蜥蜴の化物を延々と生み出してやがるから、近寄ることも出来ん」

 声を潜めて、辺りを伺いながら喋り続ける兵士。


「竜に蜥蜴……」


「そうだ。蜥蜴共にも最初は抵抗しようとしてみたが、次から次へと馬鹿みたいに生まれてくる上に、外皮の鱗が硬すぎて矢も刃も通らぬ。出払ってる君達の部隊の力で何とかしてもらうしかなさそうだ。だが、万が一にも間に合わない時には、生き残っている人間を少しでも多くここから逃がす」

 ユリスが話している兵士の男。ひそめながらの声は、焦りを感じているのか無意識のまま早口になっていく。男の眼は未だ絶望には染まっていなかった。覚悟を感じる真剣な眼差しは、生への執着を簡単に諦める気はないと示している。


「今は蜥蜴共が入り込めない場所に集まって、一時をしのぐことを考えよう。北と北東の尖塔は損害もなく大丈夫のようだ。君も一緒にそこへ逃げよう」

 手を差し伸べてきた男の手を取ろうとするユリス。


──ギャッギャッッ


 地面を擦るような音と、鳴き声が唐突に聞こえる。大蜥蜴は自身の爪でもって石畳をガリガリと抉るように引っ掻きながら、その身を運ぶ。巨体に似合わぬ俊敏さで、四本の足を器用に使いながら、餌を探していた。


 ユリス達の目の前に現れたのは、赤黒い鱗に包まれた大蜥蜴。その口元には溢れ出るように火の粉が舞っている。大蜥蜴が喉を鳴らすごとに、口元からは溶岩のような赤い涎がドロリと垂れる。涎は熱を持っているのか、地面に落ちるとその場を焼くように白い煙を生み出していた。


 ユリス達の顔を撫でるように、ぬるい風が吹く。大蜥蜴はユリス達を視界に入れると、足を忙しなく動かし、体に似合わぬ不格好な姿勢のまま襲ってきた。


「くそっ、見つかった! 君は逃げろ!」

 兵士は腰の剣を抜くと覚悟を決める。人間の二倍はあろう大蜥蜴。それの驚異は最早、小型の竜と言っても過言ではない。


「そんなっ、魔導よ!」

 ユリスを逃がす為に兵士の男が大蜥蜴の前に飛び出す。兵士の男は、己が命を懸けようとしていた。だが、直向ひたむきなまでに、純粋なる命を掛けた天秤ですら、大蜥蜴相手ではまばたき一つのあいだに死へと傾くだろう。


 ユリスは自らの胸を抱くように、己の内なる魔導へと語り掛ける。


「お願い……助けて!」


『──ユリス』

 ユリスは声を聞いた。紺碧こんぺきの光がユリスの身体を包み込むように幾重にも重なり合っていく。その光は意思を持つように、そのまま全方位へと走り、大蜥蜴に押し潰されそうであった兵士の前にも植物の葉のように壁を創り出す。


──ドギャッ


 鈍い音がして、全速力で走っていた大蜥蜴は輝く紺碧の壁にぶつかると、自重に耐えきれずその大きな首を逆方向に折り曲げると、動かなくなった。


 風が吹き抜けるように、ユリスの傍らを通り過ぎる。ユリスは自らを包み込む魔導の暖かさに、懐かしさと、温もりを思い出す。


「父様……」






お読み頂きまして、ありがとうございます。


次回投稿予定は5月31日月曜日です。

『魔導の果てにて、君を待つ 第十二話 エドの灯火』

乞うご期待!

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