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第十話 夢の欠片 中編





 バタバタとした物々しい足音に、マシューは眠い眼をこすりながら、寝床から身体を起こす。窓から外を見ても、陽はその姿を見せておらず、未だ夜が明けぬ時刻である事を認識する。乾燥して枯れ気味の喉を通すように、マシューは深く息を吸い込む。


 そこでマシューが感じたのは、就寝前とは辺りを漂っている空気が違うということであった。


「んー?」

 闘技場に程近い場所に位置する、剣闘士御用達の宿にマシューは長くその身を置いていた。捉えた違和感に疑問が口をついて出る前に、愛用の剣を手にして周囲の状況を確認する。


「はは、楽しそうな音色だ」

 剣と剣の打ち合う音を聞いて、笑みを浮かべながら己の部屋を出るマシュー。

 扉を開けた瞬間に目に入ったのは、同じ宿に身を置いている顔見知りの剣闘士が、闇色の装束に身を包んだ者達と交戦している姿。


「何だ何だぁ、面白い事をやってるじゃねぇか。敵か? いや、そうじゃねぇ、俺のとこに掛かって来るやつはいねぇのか!」

 部屋から啖呵を切りながら出てきたマシューへと、即座に駆け寄る人影。

 上段に剣を構えて、二人掛かりでマシューへと襲い来る。


──ドンッ


「遅い遅い、昨日から血が滾ってるんだ。今の俺は強いやつとしかやらねぇぞ!」

 襲撃者の二刀が振り下ろされる前に、マシューは鞘付きのままの剣を振るい、襲撃者の喉を最短の軌道で突く。顔を仰け反るようにして吹き飛ぶ黒装束の男。


 もう一人が振り下ろそうとした剣も、マシューの踏み込みの速度に不意を突かれ、振るった刃は空を切り、そのまま地へ刺さる事となる。その動作を目で追いながら、マシューは踏みつけるように地に刺さる刃の側面へと足を降ろすと、力任せに叩き折る。

 予想外の事態に体勢を崩した黒装束へ、マシューは無造作に近寄ると首元を取るように指を絡める。靭やかな体重移動で相手の腰を払うように宙へと浮かし、背中から地面へと叩きつけた。


「弱いなぁ、その程度で俺とやろうってのか」

 剣で己の肩を叩きながら、悪童のように笑い不遜な姿を見せつけるマシュー。

 その間にも意識を切らすことなく全体を見渡す。

 襲撃者はその全てが闇色の装束を身に纏い、口元を布で隠していた。


 マシューが打ち倒した相手を含めると、襲撃者の数は六。

 そのうちの二人は、隣部屋の剣闘士と戦闘を行っている。

 残りは二人。


「白髪鬼の秘蔵っ子、黒狼のマシューか。やはり大人しく捕らえられてはくれんかね」

 残り二人の内の一人、曲刀を持ったざんばら頭の男がマシューの前に立つ。

 覆面により顔は分からぬが、僅かに覗く男の眼は濁っていた。

 無意味に人を殺した事のある者だけが持つ特有の空気。

 生粋の暗殺者。


「少し強そうだなぁ、あんた」

 男を前にして、マシューの中の獣が首をもたげる。


「──貴様、白髪鬼の子供のようなものなのだろう」

「ああん? ヨグのおっさんがなんだってんだ。もしおっさん目当てで俺を狙ってるってんなら、あんたじゃおつむも運も足りねぇよ」

 軽い口調で言葉を吐きながら、おどけた姿を見せるマシュー。


 対峙する二人の間に緊迫した空気が張り詰めると、無拍子に眼の前の襲撃者から曲刀が振るわれる。

 それすらも、鞘を抜かぬままのマシューの剣が弾く。


「全くもって志が低すぎるんだよ。ここは剣の都だぜ? まぁいい、掛かってきな。俺がアインハーグの剣闘士ってものを少しだけ教えてやるよ」

 笑うように左手を前に出し、人差し指で掛かってこいと挑発するマシュー。


「餓鬼が、舐め過ぎだ」

 怒気を滲み出しながら、襲撃者の男はその眼光を鋭くする。


──ギインッ


 息を殺し背後から忍び寄っていたもう一人の襲撃者の剣を、無造作に背に回した剣でマシューは受け止める。


「舐めているのはお前達だ。剣を侮辱するような戦い方しか出来ない塵芥共ちりあくたどもには、夢見る事すら叶わぬほどの、現実を教えてやるよ」


 マシューの冷淡な視線が、襲撃者の足を止める。


「なんだこいつ、雰囲気が……」

 襲撃者達はその言葉を最後まで言う事が出来なかった。





 * * *





「誠に不可思議なことよ」

 闇の中、街の全てを見渡せる場所にシュザ・フレイムはいた。

 宵闇と同化した群青色の道衣は風に揺れるように宙を漂う。

 静かなるも眠りに就かぬ街の灯りは、ぽつぽつと暖色を彩りて城壁都市の輪郭を浮かび上がらせる。


 アインハーグには、街の外縁部をぐるりと覆うように八つの尖塔がある。

 物見櫓の役割を果たすその場所の一つで、シュザは淡く光る瑠璃色の魔導に身を包みながら、巨人を捜していた。


 街に着くまでの間は、広域に放っていたシュザの魔導が確かに大災害のたわみを捉えていた。だが、アインハーグに来てからというものの、シュザは巨人の気配を一切感じ取ることが出来なくなっていた。


 伝え聞く通りなら、目覚めた瞬間に破壊の限りを尽くしていても可笑しくはないというのに、アインハーグの街は不気味なほどに静かであった。


 シュザは、おもむろに仮面を外すと、隠れていた左眼を外気にさらす。

 その左眼が、シュザに新たな世界の色を見せる。


 闘技場の側にあるのは、剣闘王が持つ黄金色。

 少し離れた位置に白と緑。

 シュザの仮面の下にある紫紺に輝く左眼は、魔導と一緒に生命の源泉たる魂をも精密に感知する。


「起きてまた自らの意思で眠りに着くということもなかろうが……」

 シュザの疑問に答えるものはいない。

 その時、シュザは突発的に発生した歪みと共に、振動を感じる。


「なるほど」

 自らの掌をじっと見つめるシュザ。

 揺れているのは大地ではなく、シュザ自身。


 同じ頃、黄金色の魂が高速で移動を開始する。

 その輝きは、唐突に発生した歪みの発生源へと向かっていた。


「ついに現れるか。さて、吾輩の役割はどうなるものか」





 * * *





「オーリン!」

「ああ」

 部屋に飛び込んできたクインの声にオーリンは反応する。

 オーリンは咄嗟に槍を掴むと、感じ取った異様な気配を探るように心を落ち着ける。


 オーリンは街を歩いている時から、悪意を持つ何者かに見張られていることに感付いていた。

 念の為にクインと情報を共有してはいたが、二人が今感じ取っている驚異的な重圧は、街で感じた悪意が赤子の吐息であったと思える程の差を見せつける。


「大災害の淀みを感じます。場所は闘技場のある方向」

くだんの巨人が目覚めたということか」


「あるいは……」

「シュザ導師であれば、この状況を見て既に向かっているか。街に被害を出すわけにはいかん」

 宿を駆け出ると、闘技場へと走る二人。


「だが、この気配は……」

 オーリンはその先を言えなかった。

 吐き出した言葉が現実のものとなることを恐れて。





 * * *





「なんでこんなにも弱いんだ……」

 マシューの目の前のあるのは、かつて人であったもの。

 悪意を持って街に入り込み、我がままに事を為そうとした者達の末路。


「弱いやつが、ヨグのおっさんを狙うのはいけねぇよ。あれを倒すのは俺だというのに」

 蒼然たる瞳を、むくろに向けながら話すマシュー。

 剣を一度も抜かぬまま、暗殺者を撲殺する程の力の差。


 剣闘王ヨグは、アインハーグの街を出れば敵が多い。

 それは、数多くの野心を、只々純粋なまでに強大な力で粉砕してきたからだ。

 搦手を使ってでもその座を奪おうというやからが出てもおかしくはないほどに、彼は強かった。


 だが、それにしても、マシューの足元に転がっている骸達むくろたちは弱すぎた。

 全ては己の力を見誤って、大言壮語を吐き、叶わぬ夢を見た者の末路。

 あまりにも稚拙で矮小な武技は、マシューの飢餓を埋めることなどできはしない。


「おい、マシュー!」


 声が聞こえる。

 よく顔を知る剣闘士だ。

 マシューは何度か一緒に飯を食ったこともあるし、試合をしたこともある。


「ああ、なんだ。美味うまそうだな」

 半ば無意識にマシューの口が開く。


「大丈夫か?」

 その瞳は、マシューを心配をしている様子を見せる。


「ああ、大丈夫だ。そういえばさいきんは、あんたともしあっていなかったなぁ」

「マシュー?」

 剣闘士が心配をしてマシューの肩に手を掛けようとした──


──その手が掴まれる。


「剣闘王ヨグ!」


 剣闘王の名を持つものがそこに居た。


「マシュー、闘技場だ。俺が死合しあう」

「ああそうか。いこうおっさん、それはとてもたのしそうだ」


「──馬鹿者が」


 ヨグはマシューから視線を逸らさない。

 隙を見せた瞬間に、地に伏せる暗殺者のように壊されるのが分かっているから。


 剣闘王ヨグが息子のように思っている、

 歪なる巨人の魂を持つマシューによって。






お読み頂きまして、本当に有難うございます。


次回更新は5月17日月曜日を予定しています。

『魔導の果てにて、君を待つ 第十話 夢の欠片 後編』

乞うご期待!

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