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第九話 スラーの巨人 中編





 ガタゴトと、身を震わす振動に気が付き、オーリンは身を起こす。

 ぼんやりとする頭に、まとまらない思考。

 夢を見た後のような、現実との狭間にいるような感覚にとらわれて、オーリンは額を抑える。

 汗に濡れた前髪が妙に煩わしい。


「おはようございます。起きられましたか」

 清涼な声がするりとオーリンの耳に入り込む。

 かぶりを振って、強制的に意識を目覚めさせると、目の前にはクイン導師がいた。


「あぁ、とても不思議な夢を見た……クイン導師?」

「どうぞ、お水です」

「ん、ああ、ありがとう」

 クインから渡された水を飲み干すと、少しずつオーリンの身体が目覚めていく。

 飲み干して渇きが除かれると、オーリンの口から深く息が漏れた。


 そうしてオーリンが次に意識を向けたのは、今の状態である。

 車輪が回る音と、揺れる振動は、移動中の馬車の中であることは分かるが──


「もう王都へと向かっているのか?」

「はっはっは、やっと目が覚めたかね。おはよう」

 クイン導師へ向けて口に出した疑問を掻き消すように、やけに調子のいい声がオーリンの声に重なった。


 走り続ける馬車のほろの中で、オーリンの方を向きながらゆったりとした格好をして胡座をかくのは、街で出会ったシュザ導師だ。


 左眼には仮面をしているが、群青色の右眼は面白そうにオーリンを捉えたまま離さない。


 だが、『やっと目が覚めた──』その言葉を聞いた瞬間、嫌な予感を覚えてオーリンは跳ねるように飛び起きると、馬車の外に身を乗り出す。


──そこに見えるのは、巨大な建造物。天まで届きそうなほどの高さでそびえ立つ城壁。


「まさか、アインハーグ」

「ご明察」

 背後にいるシュザが、オーリンにはニヤリと笑っているように感じた。





 * * *





 城壁都市アインハーグ。

 またの名を剣闘都市アインハーグ。


 街の中心部に存在する闘技場を象徴として、街には十数万の民が暮らしているという、グラム王国でも屈指の大都市。アインハーグという都市は城壁の内側に広大な土地を持ち、農耕から畜産まで、生活に必要な物はその全てが都市内で完結出来る程の基盤が整っている。


 そして、他の街とは決定的に違うところが一つある。


 アインハーグは剣闘士が治めている街であり、年に一度ある剣闘大会の優勝者が、街の方針を決める事ができるというところだ。

 

 都市に住まう者たちは闘いを見る事を好む者も多く、闘技場で行われる剣闘試合が娯楽の一つにもなっていた。アインハーグの歴史が長いために、住民の思想に影響を与えて根付くのも、一つの道理であった。


 それとは別に、アインハーグに訪れる者の中には一定数、野心を持つ者達もいた。そういった輩の大半が、徒党を組み暴力によって街の実権を握ろうとするのだが、剣闘都市という物の中身を知って初めて、それが実現不可能な夢幻ゆめまぼろしに過ぎない事に気付く。

 みだりに力を誇示こじする者は、街に住まう剣闘士の痛烈な洗礼を受けるからだ。


 アインハーグに伝わる逸話の中に、剣闘都市というものを端的に示す有名なものがあった。

 徒党を成して意気揚々と乗り込んできた盗賊の一味が、最初に泊まった宿にて、己の武を誇示してしまったことからそれは始まる。


「夜分遅くにすまない。私は少々剣を扱うのだが、お主たちは大陸一の力自慢を標榜ひょうぼうしていると聞いた。手合わせを願いたい。ああ、一人ひとりではなく全員で掛かってきてもらって構わん。こちらとしては己自身の腕前が知りたいだけなのだ」


 見るからに痩せて貧相な男。鎧も身に着けず、風体も三十を少し越えたくらいの。


 そんな言葉で始まるのだが、そこから起きるのは痩せた男の一方的な蹂躪。

 盗賊共は一撃も加えることが出来ぬままに、痩せた男に叩きのめされ、気勢をそがれる。


 噂に名高い剣闘都市。中にはそんな人間も居るのであろうと、盗賊共も気を取り直しはするのだが、悪夢はそこで終わらなかった。


 日が暮れる度、毎夜違う剣闘士が手合わせを願いに来るのだ。

 それも決まって一人で。

 力自慢の噂を聞いた者が、只々純粋に力試しに来る。


 しかし、その全てが盗賊共の敗北で終わり、剣闘士の失望の眼差しを受ける事になる。それに居た堪れなくなった盗賊共は、息を潜めながら街から逃げ出す。


 そのような話も広まっているせいか、アインハーグは剣闘都市という物騒な名前とは裏腹に、街に住まう一般人にとってはとても暮らしやすい環境であった。


 身の丈に合わぬ野心を持つ者がいたれるほどに、そのいただきへの道は甘くはない。アインハーグの剣闘士は常に頂点を目指し、高みへと至るための向上を求める。


「剣闘王ヨグ……か」

「知っていらっしゃるのですか?」

 隣りにいたクインが、オーリンの呟きに反応するように話し掛けてくる。


「ああ、昔の話だが、俺も修行の為にアインハーグを目指そうとしたことがあった。その前に軍に入って、来るのは先延ばしになってしまったが、その時から最強の名をほしいままにする、剣闘王ヨグの話は耳に入っていた。しかし今も尚、この大きな街の頂点に立ち続けているとは」

 オーリンは、街に入る列に並びながらクインの問いに答えながらも、シュザに言われたことを思い出していた。


 スルナ村の皆の事を忘れたわけではない。

 だが、己自身の無力さを誰よりも理解しているオーリンは、シュザの言葉により、今一度己自身と向き合う事となる。


『強くあらねば、己を救えぬ。己を救えぬ者は、人も救えぬ。もし今のお主が人を救おうと思い、我が身を振り返ることを忘れれば、それは自己犠牲でしかない。お主が人を守る為に、真に己を守れる程に強くなりたいと願うのならば、吾輩わがはいと共にいるのが良い。グアラドラにおいて最も強き者である、このシュザ・フレイムとな』


 シュザの言葉は意外にもするりとオーリンの胸に落ちる。


 不思議な存在である導師シュザ。

 少し時間を共にしただけでわかるほどに、シュザという存在が自由気儘である事は知れたが、表面部分とは全く違う、内側の核となる部分から滲み出てくる言葉には、オーリンを引き留める力があった。


 オーリンは短い期間で様々な出会いと別れを経験した。そんな中でも、知らず知らずのうちに積み重なって、築かれていった導師という存在への信頼は厚い。


 技術や力に振り回される事のない、揺るぎなきもの。それはオーリンの内にくすぶる何かを打破するためにも、必要な力であった。


 少しずつ列が進んでいく。

 街だというのに、アインハーグは城壁に挟まれた巨大な門を備えている。

 過去の人間達がどんな思いでこの街を作ったのか。王国より遥かに歴史の長いその街の、全てを知るものは少ない。


 だがオーリンは考えてしまう。

 アインハーグという街は、まるで──何か途轍とてつもないモノと戦う為に作られたのではないかと。





 * * *





 ガヤガヤと人々が行き交う様は、まるで小さなつぶてが蠢くようにも見える。

 オーリン、クイン、シュザの三人は大通りを歩いていた。


 城門をくぐった時、オーリンは眼の前を果てまで続く道と、その最奥にある闘技場に目を奪われる。街並みはアインハーグの繁栄そのものを象徴するように、区画毎に綺麗に整えられている。人の多さに関してもスルナ村は元より、ベリオドンナをしても比べるべくもない。オーリンが幼い頃、父親に連れられて一度だけ行ったことのある、グラムの王都にも引けをとらない。


 剣闘都市と呼ばれているだけあり、街中では武器を携えて居る者たちが多く視界に入る。

 そんな中でもオーリンは、自分を見ている気配を敏感に感じ取った。何かに品定めをされているような、妙な感覚。


 実際に余所人よそびとであるオーリン達は、住民にとって興味の対象となってもおかしくはない。

 目立っているのは、群青の道衣を纏いて顔の半分を仮面で隠している、異様な風体のシュザ導師と、それと対局を為すようにある、見目麗しきクイン導師の二人であるという事は間違いないのであろうが。


 考えても仕方のないことだと、早々に思考を放棄すると、悠然ゆうぜんと前を歩くシュザ導師へと、オーリンは話し掛けた。


「巨人とは一体どのようなものなんだ?」

 そもそも巨人という存在自体を、オーリンは詳しく知らなかった。分かっているのは、大陸の創世記、帝国にあるスラーの荒れ地に存在したという話だけ。


 大災害というもの自体が、世界に生まれ落ちる災厄であると捉えていたオーリンとしては、それ自体が眠っているというのもよく分からなかった。


「巨人とは創造と破壊を司る神の如き存在。大陸を創り上げそして壊す。それを何千年にも渡り繰り返す存在。五百年前にも目覚めたとされるが、魔導王の力により再び眠りについた」


「そこでも魔導王の伝説に繋がるのか。しかし不躾ぶしつけな事を聞くのだが、魔導王とは本当に存在するのか?」


「オーリン、お主は既に魔導王に出会っておるぞ」

「出会っている?」

 シュザの放った言葉に理解が追いつかず、オーリンは眉をひそめる。


「おっ、お前達新顔だなぁ。この街は初めてかい? まだ決めていないなら、良い宿があるぜ」

 シュザに言葉の真意を問いただそうとしたオーリンを遮るように、底なしに明るい声が掛けられる。


 オーリン達が目を向けると、若い男が立っていた。

 十代をまだ抜けきれていない程の、初々しさが残る顔立ち。少年と言っても差し支えない容姿であった。


 真っ黒な頭髪は無造作に跳ね、青い瞳を輝かせながら陽のような笑顔を見せている。日に焼けた浅黒い肌に薄く細かい傷跡が残るが、野生を思わせる靭やかな腕には、剣を振るのに最適な程の筋肉がついていた。


 身に纏う装備は年若さと反比例するような、年季の入った革鎧と、無骨な剣を提げている。まさにアインハーグの剣闘士といった風体の少年が、勢いのままに、オーリンの戸惑いも意に介さず話を進めていく。


「いやあ、警戒しちまうよな。怪しいもんじゃない。いや、怪しいと思うだろうけどな。ちょっと旦那が気になっちまってね。宿の話は嘘だ。話の切っ掛けが欲しかったのさ。悪い悪い」

 オーリンを見ながら身振り手振りを混じえて説明を続ける少年。どこから声が出てるのか分からないくらいの大声で、その言葉を弾ませる。


「俺は剣闘士のマシューってんだ。なぁ旦那、俺と仕合しあってくれよ」

 空と同じ色をした瞳を輝かせながら、オーリンを一心に見詰める少年。

 少年の心情を表すように、口元には屈託のない笑みがこぼれていた。




 

いつも閲覧ありがとうございます。


次回投稿予定日は5月6日木曜日夜を予定しております。

『魔導の果てにて、君を待つ 第九話 スラーの巨人 後編』

乞うご期待!

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