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第九話 スラーの巨人 前編





 そこはとてもくらかった。


 見える範囲に光はなく、地の底から聞こえる音が反響していた。宏闊こうかつな空洞を示すように、天井から地面へとさらさらと砂が落ちてゆく。


 その音は子守唄のように、一定の間隔を刻み続ける。

 さらさらと。さらさらと。


 暗闇くらやみの中には一つの物体があった。

 かろうじて存在を認識できるれ。一見すれば風景と溶け込むようでもあるれは、全身を岩で覆っていた。身動みじろぎひとつが、周囲に振動を起こすであろう巨大な存在。


 眠るように倒れているれは、遥か昔、地上において巨人と呼ばれていた。地の底深く、最もくらい場所で、巨人は微睡まどろむように夢を見る。


 の巨人は目覚める度に一つの行動を起こす。


 つくって、壊す。


 それは幼子が粘土細工を練るように、


 つくって、壊す。


 頭の中にある理想の形を目指しながら、


 つくって、壊す。


 理想的であり、想像上において完璧な物が出来ても、差異を見つけては繰り返す。


 つくって──


 そして巨人は思い出す。

 何百年も前に、やり残した事を。


 天井から降ってくる砂の量が増えてくる。次第にそれは大きな穴となり、穴からは一筋の光が射し込む。光に当てられるように、ぴくりと巨人の指が動く。


 純粋なまでの記憶を呼び起こし、巨人は数百年ぶりに目を開く。





 * * *





 人々が集まるベリオドンナの街は、王都より派兵された騎士部隊との合流により、物々しく時の流れを早めていた。そこにはスルナ村より避難してきた者もいて、マルクやオルフェを含む子供達や、テオを含む大人衆、それに護衛を努めてくれた導師や巡礼騎士の姿もあった。


 オーリンは魔獣グアヌブとの戦闘の後、目まぐるしく移り変わる環境の変化に対応しながら、ベリオドンナへと戻る事になる。街へ行くにあたって、スルナ村の人間達やテオとも話し合いを重ねた結果、オーリンは自らが進むべき道を決めた。今後始まる王都への大移動に向けて、己の出来うる役割を全うするために。


 そしてオーリンは今、ベリオドンナの街にてサイ導師と行動を共にしていた。





それは第三の波。深き眠りより目覚めし原初の巨人。大地の尽くを破壊する」

 街の見廻りをしながら、ベリオドンナに残った最後の住民たちの避難準備を確認して、サイは思い出したように一節を呟く。


「それは?」

 オーリンはサイの言葉に興味を引かれる。


「あぁ、聖女の予言の第三節だ。こいつだけは第一節、第二節と少しばかり毛色が違うのさ」

「聖女の予言……。古く伝わるという話自体は知っているが、毛色が違うというのは?」


「うむ、第三節に語られる巨人という部分だが、帝国にあるスラー荒野に伝わる話と符号している部分が多くてな。予言が大陸創世の話とも繋がるとなると、その被害は想像も付かぬほど甚大なものになる可能性がある。誠に恐ろしいことにな。クイン! シュザ!」

 サイは歩いてる最中、街中に見知った顔を見つけて声を掛ける。群衆に紛れていても、美しく存在感を放つクイン導師と、共にいる奇抜きばつな格好の男。


「貴方も戻っていらしたのですね、オーリン」

「あぁ、クイン導師も無事なようで何よりだ。ヘムグラン殿も時期に合流するだろう。本当に迷惑を掛けた」

 クインはオーリンの言葉に微笑みで返す。オーリンもまた、クインが無事であることに安堵を覚えた。それは一時の共有により育まれた、志を共にする同士という感覚によく似ていた。


「オーリンはクインとは会っているんだったか。こっちの変なのはシュザだ。一応導師で、帝国出身の道楽人間だ」

 サイの紹介したシュザという男は、顔の左半分に真っ白な仮面を付け、全身をゆったりとした群青色の道衣に身を包んでいた。


 顔の半分を仮面で覆う姿はより衆目を集めるのだが、仮面の端から覗く顔は自信を表している。真っすぐなその瞳は、吸い込まれるような群青色をしていた。シュザと呼ばれた男は、一切の淀みを見せず真っ直ぐにサイ達の方へと赴く。


「相変わらず口の悪いことよな、サイ。吾輩わがはい薄氷はくひょうのように繊細な心は、おぬしの悪辣なるつぶてにより砕け散ってしまうところであるぞ」

「砕けろ砕けろ、で、お前がここに居るってことは第三の災害が起こる場所の目星が付いたのか?」

もありなん。全くもってスラーに伝わる伝説だというのに、巨人の眠る場所はやはりずれておったわ。彼奴きやつが眠りよるのは、アインハーグよ」

 シュザの言葉を聞いて、サイは口を開いたまま固まる。クインは事前に話を聞いていたのか、動揺も少ない。だが、その意味を理解しているのか顔色は良くない。


「アインハーグというと、剣闘都市と名高いあのアインハーグか?」

 記憶を呼び起こしながら、オーリンは思い出した事を口にする。

 城壁都市アインハーグ、又の名を剣闘都市アインハーグ。


 それは、十万以上もの民が住まうという、王国内にある巨大な都市の名前であり、その都市の全てが堅牢な城壁に囲まれている。広大な城壁内にはありとあらゆる物が存在して、王国の中でも独自の文化が発達しているという都市でもあった。


 アインハーグ自体グラム王国内にあるにはあるのだが、その歴史は王国よりも遥かに長く、城壁外の理屈が通じにくいという独立性を持ち合わせている。それは国の意向が伝わりにくいという側面もあるのだが、真に厄介なのは、剣闘士と呼ばれる者たちが都市の中核を担っている点だ。


 剣に命を捧げる者達の楽園、アインハーグ。

 彼らの持つ自尊心は、剣闘士という存在をこの上ない所まで発揚はつようさせていた。


「ここからならば、アインハーグまでは片道一週間といったところか。しかし、王都とは真逆の方向だな。それになんとも厄介な所だ。お前が行くのか? シュザ」

吾輩わがはい一人で行こうと考えてはいたのだがね。少し気が変わった。なかなか面白いのを引き連れているではないか、サイよ。取り敢えずその緑のを吾輩わがはいに寄越せ」

 大仰に身振り手振りを交えながら、シュザという男は語っていたが、いきなりオーリンに向けて指を指す。


「緑?」

 急に指をさされたオーリンは面を食らう。


「新緑の魔導を持つ者は珍しい。大樹となるか、朽ち果てるか、全ては水の与え方によるであろうぞ」

 オーリンの言葉にも我関せずと、己の言葉を並べ立てるシュザ。


「まてまて、相変わらず勝手なやつだな。シュザ、オーリンの中に魔導が見えるのか」


「まだまだ芽吹いたばかりだがね」

 呆れたように押しとどめるサイに、シュザは真剣なのか、からかっているのかわからない声音で言葉を切る。



「シュザ導師は大地に揺蕩たゆたう全ての魔導が見えるのです」

 横に来ていたクインが、オーリンに説明する。


「魔導が見える?」

「そうです。あの方は少し特別な眼をお持ちなので」

「本当に俺にも魔導とやらがあるのか?」

 オーリンは半信半疑であった。超常とも呼べる力を持つ導師と同じような力が、自らに宿っているなどとは到底思えない。


「こそこそと話をするでない、そこの二人よ。とにかく、緑のおぬしは吾輩わがはいと共にアインハーグにくのだ」

 クインとの会話も途中で打ち切られるように、シュザが割り込んでくる。


「すまない。俺はスルナ村の人達を護衛し王都に行くんだ」

 困惑しながらも、正直に話すオーリン。オーリンにとって、スルナ村の人達の事だけはどうしても譲れない。


「うーむ。オーリンと言ったか」

「あぁ……」

 そこで初めてシュザがオーリンと相対する。シュザはゆらりと群青色の服の袖から手を出すと、オーリンの顔の前で左のてのひらかざす。


──これを見よ


 ぐらりと目眩めまいを覚えると、急速にオーリンの身体から力が抜け、意識が眠りへ溶け込んでいく。





 抱えるようにオーリンを支えるクインは、心配そうにその顔を覗く。


「どういうことか説明はしてくれるんだろうな?」

 真剣な眼差しでシュザを見るサイ。


「……そうだな。少し前に魔導を通じて声を聞いた」


「魔導王か⁉」


「危機が迫っておる。それも吾輩わがはい達の思う想像以上のものがな。そして大災害に対するにはこの者の力が必要不可欠。時間があまりにもないゆえ、荒療治になったとしても育てねばならぬ」


「その為のていのいい巨人退治ってわけか。そんなに上手くいくもんかね」


「そればかりは何とも言えぬが、何とかせねばならんのだろう。大地に住まう者達全ての命が掛かっているゆえに……」

 頭を掻きながら、サイはやるせない気持ちになる。結局の所、尋常ならざる困難に立ち向かおうとすれば、様々な力を借りて物事を進めなければならない。多くの人間を巻き込んでしまう事に罪悪感を覚えてしまうのは、サイ自身も気負い過ぎなのだろうが。


「仕方がないと割り切るには、そこまで大人にもなれんよ……。オーリンにはスルナ村の人間は俺が必ず守ると伝えておいてくれ。それとクイン、お前はオーリンに付いていってくれないか?」


「……わかりました」

 決意を秘めた面持ちで、クインはサイへと返事をする。


「お前もあまり気負うな。いざとなったらそこの変人に全て任せればいい」

 溜息しか出ないが、最早、形振なりふりは構えまい。


「その通りだ。吾輩に任せれば悪いようにはならんよ。さて、くぞクイン導師」





 * * *





 そこには、ゆらゆらと虹色に輝く蝶が飛んでいた。

 オーリンは最初、自らの身体がシュザの掌に吸い込まれたと思った。


 実際にそんな事があるはずはないのだが、そんな風に思えるほどの不思議な力を感じた。もしかしたら魂を抜かれるというのはああ言う事なのだろうかと感じながら、オーリンはどこか他人事のように思った。


 蝶を見て、周りを見渡すオーリン。

 黒でもなく、白でもなく、それは灰色の世界。


 そんな見知らぬ場所に一人立つオーリン。辺りを見渡しても誰もいない。前を見ても、後ろを見ても、遥か果てまで道が続くだけだ。


 先程まで隣りにいたクインも、シュザをたしなめていたサイも、目の前に居た騒がしいシュザの姿も見えはしなかった。


──危険は感じない


 オーリンは眼の前に続くその道を、一歩前へと踏み出してみた。

 それはふわふわと水中を歩くように変な感覚ではあったが、上手く歩くにはどうやらコツがいるようだ。


──あの虹色の蝶は何なのだろう


 遠い過去にも見た覚えがある気がして、オーリンは蝶に目を奪われる。


『────』


 心の奥底に響く振動を感じて、オーリンはそのまま意識を失った。





お読みいただきまして有難うございます。


次回投稿は5月3日月曜日夜を予定しております。

『魔導の果てにて、君を待つ 第九話 スラーの巨人 中編』

乞うご期待!

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