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第八話 闘う者たち 後編





 こぼれ落ちる涙は、悲しみからなのか、怒りからなのか、少女にはもう分からなかった。人生を表すならば、少女にとって、それは喪失の物語であった。


 生まれ落ちてすぐに、少女は親を失くすことになる。食糧難にあえぐ小さな村で産まれた少女は、口減らしの為に捨てられた。その時の記憶は殆どないから、少女にとって何かを失ったという感覚はなかった。産みの親の庇護を離れ、死にゆく運命にあるはずの少女は、雪の降る日に運良く行商の夫婦に拾われることとなる。


 子供の出来ぬ家に、突如として舞い降りた幸せ。

 夫婦はその幸福を噛みしめるように日々を暮らし、少女はとても大切に育てられた。


 時が流れ、少女が少し歳を重ねた頃、少女はまた失うことになる。少女を実の子のように育ててくれた、優しい父と母を、行商の旅の途中、荷を狙った野盗に襲われて無残に殺される。必死に少女を守る両親の腕に抱かれながら、両親の血にまみれた時、少女は自分の中の何かが失われゆくのを感じた。


 しかし、少女の命がそこで尽きる事はなかった。野盗に荷を荒らされている最中に、駆けつけたグラム王国の騎士に救われることになるからだ。


「グリーク、どうした」

「生き残りの子供がいる」

 グリークと呼ばれた黒髪の男は、震える少女に近付く。


「すまん」

 少女は、男が何を謝っているかよく分からなかった。

 少女を見つめるその翠色みどりいろの瞳は、哀しみをたたえているようであった。


 だが、少女はまだ知らない。

 その出会いが新たな喪失を生むことになる事を。





 * * *





 一週間後 スラー荒野


 一羽の鷹が雲ひとつない蒼天を飛翔する。ハイネルの扱う探索魔導の一つに、天高く飛ぶ鳥に自身の視界を移すという特性があった。自身が世話をしている鷹を使い視界を共有する。大空を舞う鷹の眼下に広がるのは、途切れることなく埋め尽くされた黒い化物の群れ。


「これはまた、どこもかしこも、地獄だなぁ」

 ハイネルは胡座をかきながら、ゆったりとした姿勢で魔導を行使する。目を瞑り鷹の視覚から眼下を見下ろすと、ルノウムの国境から先、かなりの遠方までを黒き魔獣共が占めていた。ひしめき合うように密集している様を見て、おぞましさを感じてしまう。


 その魔獣が、グラム王国で確認されているものと同種なのかは分からない。だが、決して小さくはないルノウムという国がこのような状態である以上、もはや猶予はない。即急に元凶を狩らねば、いかに強大なるルード帝国とて危急存亡ききゅうそんぼうときともなりうる。


「どうだ、化物共に動きはあるか?」

 ラルザはルノウムの状況を確認するため、砦の中でもより高い位置に備え付けられた尖塔にいる、ハイネルの元へと訪れていた。


「依然として動かず、だ。ルノウムはもう飲まれちまったみたいだなぁ。不憫なことよ」

 ハイネルは自身の感情を抑えながら、ラルザにそう返す。


 既にノール砦への、ルノウムの強襲より一週間が過ぎていた。ルノウム側の戦線の崩壊と共に、実に呆気ないほどの幕切れで、ルノウムの第一王子の軍は壊滅した。ルノウム軍は、自分たちの領土であるルノウム国より溢れ出てきた魔獣と、その中でも一際目を引く一体の巨大な魔獣に襲われ、為す術も無く逃げ惑い、その兵の大半を失うこととなった。


 ノール砦へ降伏の意思を示し逃げ込んできた者に関しては、救いの手を差し伸べはした。さりとて、一時いっときしのいだとしても、実際に化物の溢れる様を見ればハイネルの気も重くなる。いつ帰れるとも知れぬルノウムの兵の事を思えば、いかに剣を交えた相手といえど、憐憫れんびんの情も湧いてくる。


 ノール砦の先にある、ルノウムの国土はもはや失われたといっても過言ではない。


 大災害という国難ですら王位争いに結びつけた亡者。最期の最期まで自国の民に目を向けず、野心に心を奪われた者達は、今頃常世いまごろとこよにて後悔しているのであろうか。死んだ事すら気付かぬまま、未だに黄泉の世界で争い続けていたとしても不思議ではない。


 だが今となっては、どう状況が変化しようともルノウムに未来はない。分水嶺ぶんすいれいはとうに越えてしまっているのだ。


 ラルザ達魔導兵団第二特務小隊の面々は、本国よりの増援を待ちながらノール砦の防備を固めていた。現状は右も左も化物だらけ。ノール砦の周辺まで近寄ってくる魔獣に関しては、魔導兵団を主体とした討伐部隊が即座に対応しているので凌いではいるが、ここ数日は膠着こうちゃく状態が続いていた。


 気を少しでも抜こうものなら、ルノウムの姿すら明日は我が身となる。


 魔獣の蔓延する死の国ルノウム。一体、国土のどれほどが被害を受けているのか。計り知れぬ困難を前にして、ノール砦の者達は望む望まざるに関わらず決断を迫られることとなる。ルード帝国における、大災害という危難きなんの防波堤という役割を。


 国と家族を守るために。命を賭す決断を強いられる。


「ここにいたのか。そろそろ帝都に知らせは届いている頃であろうが、やはり、あの数であれば第一大隊の力を借りて、物量で一気に押し込むしかやりようはないかもしれんな」

 対策を話し合っていたハイネルとラルザの元へ、溌剌はつらつとした声が割り込んでくる。


「ルディの旦那、あの嬢ちゃんはいいんで?」

 ラルザが振り向くと、どこか吹っ切れたような様子のルディ・ナザクの姿を捉える。


「あぁ、ユリスに危害を加える気はないようだ。変な行動をしないのならば共にいさせた方が大人しくていい。今は力のある者は一人でも多くほしいからな」


「しかし、あのお嬢さん。ユリスと顔見知りであるというわりには、ユリスの方は素知らぬ顔をしていましたなぁ」

 ハイネルは眠りより目覚めた銀髪の女、シルバスとユリスが引き合う瞬間に、ルディ、ラルザと共に立ち会っていた。だが、その様子はどうにも不可思議なものとなった。


 シルバスという女はユリスに対して姉弟のような情愛をいだいているようだが、ユリスの方は何が何だか分からないといったていだ。


「ユリスはグリーク団長が見つけてきたものだからな。色々とあるのだろうよ」

 眼下に広るルノウムへと続く荒れ地を見ながら、ルディは語る。

 人の深いところなぞは、そうそう知れるものではない。


「まあ、込み入った話は時が来ればわかるだろうさ。さぁ、増援が来てからが本番だ、ラルザとハイネルは少し休んでおけ、見張りは俺が預かろう」

 ルディはどっかと腰を下ろすと、早く行けとばかりに手を振る。


 ラルザとハイネルは顔を見合わせると、苦笑するようにその場を後にした。





「あぁ、もう時はあまりなさそうだ……」


 ルディは遥か空を飛ぶ鳥を見る。

 彼方に見える鳥は、ルノウムから逃げるように荒野を抜けて帝都へ向かっていた。





 * * *





「お母様、私に弟が出来るの?」

「そうね、シル。貴女もお姉さんになるのよ。ユリスを助けてあげてね」

「ユリスっていうんだ。わかった! ユリスは私が守ってあげる」

「シルは元気だな。外まで聞こえてきたぞ」

「お父様!」

「貴方、おかえりなさい」


「ネイ、シル、ただいま。家を空けていてすまなかったな。一段落ついたから、しばらくはいられそうだ」

「本当? ねぇ、お父様、私弟が出来るのよ」

「ああ、楽しみだな。とても賑やかになりそうだ」

「そうね、貴方、私も楽しみだわ」





「ネイお母様……」

 シルバスは俯くように、母の名を呟く。

 今はもう居ない母の名を。


 ユリスと出会えた。しかし、シルバスは思いもよらぬ自体に直面して、言葉を詰まらせることになる。ユリスは、自分のことや母のことを忘れていた。ユリス自身の記憶が曖昧になっていて、幼い頃の思い出を話しても、混在している別な記憶が、シルバスとの記憶の共有の邪魔をする。


 喋っているユリス本人にすら自覚のないままに、チグハグな言葉が紡がれるのだ。ユリスの中の魔導も意図的に誰かに操作されているかのように、ユリスの中でいびつな働きをしている。


「グリーク。ユリスに一体何をしたの?」

 ルード帝国、魔導兵団団長グリークの庇護の元、魔導兵団に所属しているユリス。


 鍵を握っている人物は間違いなくグリークだ。





 それはシルバスが長年追い続けた人物でもあり、シルバスとユリスの父でもあった。





お読みいただきまして、有難うございます。

大感謝です。


次回予告

『魔導の果てにて、君を待つ 第九話 スラーの巨人』

乞うご期待!

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