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第八話 闘う者たち 前編





 ラルザは戦況を見る。

 雄々しく立つその姿は歴戦の勇士の如く。


 城壁には火が灯されており、周囲を明々と照らす。

 右方を担当したラルザは、団員達と共に砦の斜堤しゃていを見張っていた。斜めに盛られた土塁どるいが、城壁への突撃を阻止するように作られている。


 それは、歩兵が城壁に辿り着く為には、命を賭けて斜面を登りきらなければならない事を意味している。そこを行軍するものは、城壁から一方的な矢の洗礼を受けるからだ。


 取り付くことすら容易ではない砦。

 その上でさらなる問題がある。

 ルノウムには魔導を使えるものがほとんどいない。

 戦略級の魔導を扱うことができる者がいるとしたら、噂に名高いルノウムの鬼面導師くらいか。


 そして今この砦には、ルード帝国が誇る魔導兵団の精鋭部隊がいる。

 それ以外にも砦に詰めている兵士も多く、夜襲による一時の混乱は生じようとも、目に映る程度の外敵であれば一蹴できる。


 万が一も起ころうはずもなかった。





「ラルザ隊長」

 声を掛けてきたのは、索敵魔導を用いていた団員。その額には汗がにじむ。緊張しながら指し示す方向へと、ラルザは魔導を込めた眼で見る。そこには一つの旗が掲げられていた。蛇が進化して成ると言われている、龍が剣に絡むように描かれた旗。それは、ルノウムで実弟と王位継承争いをしていると噂される男の物。


「ルノウムの狂王子、この戦はあれが起こしたものなのか」

 闇夜の中、分かった情報を一つずつ整理しながら、ラルザは事態を把握しようと務める。


 先刻より砦の中央が騒がしくなっている。魔導兵団の副団長ルディ・ナザクが陣取る以上そこに何が起ころうとも不安はない。

 この戦の終わりを予測するのであれば、相手方の規模と、どこが落とし所なのかという点に掛かっていると、ラルザは考える。


 たとえ持久戦や籠城戦となろうとも、帝国の最重要施設であるノール砦には物資が潤沢にあり、少なくとも三ヶ月は兵站へいたんを維持する事ができる。さらに言えば、伝達網の発達しているルード帝国は平時の連絡を密に取っている。連絡途絶による異常を察知した時点で、素早く増援が帝都より送り込まれるよう体系化もなされていた。


 相手方の第一王子が、王位継承に向けて手柄を欲しているのであれば、敵国の最大拠点への砦攻めというものだけでも、無知な者達にとっては箔となる。だがそれも、王位に着いたその後の国の行く末を考えなければの話であるが。


「兵の数は野盗も含めて第一王子派の手勢。見えているだけで少なくとも千はいるか。内輪揉めを起こしながらよくこれだけの数を揃えたものだ」


 ラルザは思案するように腕を組み思考を深めていく。こちら側の増援を考慮していないはずはなかろうが、さりとて悪名高いルノウムの第一王子。圧政を強いて自国の領地を焼け野原にする事もいとわぬ過激さは、帝国にあっても耳に入るほどの悪逆非道ぶり。


「ここを本気で落とそうというのならば短期決戦を狙っているのであろうが、戦略級の兵器も無しに無謀なことをする」


 かつては賢王と称されたルノウムのルオル王の意思決定が、一部の無法に追いやられ、惨憺さんたんたる有様となっている。ルノウムの病理は手が出せぬほど根深いところにあると、今回の事態を受けてラルザは痛感する事になる。他国の事とはいえ、そこに住まう民の事を思えば心も痛む。


 少しずつルノウムの軍勢が視界に入り、鮮明になる。

 ノール砦の指揮官の指示により兵達の斉射が始まる。

 敵方は大盾を構えた先行隊が牛歩のように進み、矢の雨中うちゅうをその身一つで這ってゆく。死中に活を見出すにしても、その行為はあまりにも無謀。


 軍勢のさらに後方に陣取るのは、傲岸不遜な態度を表しながら、輝く銀の鎧に身を包んだ男。自軍の被害に目もくれず、自国の民をどれほど犠牲にしようとも、天を掴む為に、己の妄執もうしゅうだけを追い求める亡者もうじゃ


「……狂っているな」

 数多の犠牲の上に手に入るものなど、泡沫うたかたの夢でしかないというのに。


 ラルザは団員を集合させる。

 魔導兵団の力があれば、それが如何なる存在であろうとも頭を潰すのは容易い。だがそれは亡者の頭を潰すだけに過ぎず、その後には肥大化した胴体だけが残る。頭を失ったそれは動きを止めるすべを知らぬが故に、さらなる悲劇を生み出すだろう。

 ラルザは、防衛に徹して被害を軽減しつつ、戦況を見守ることを決める。


「敵は愚かがゆえに引き際を知らんだろう。迂闊に手を出してむやみやたらと噛ませる必要はない。冷静に全てを対処する」


 一つ、また一つと命が消える。

 その本当の重みを、知らぬままに。





 * * *





 漆黒の鎧に身を包んだ者たちが、銀髪の女に向かって次から次へと押し寄せていく。かわす度に綺麗に整えられている銀の短髪が揺れる。


「邪魔をしないで欲しいものだわ」

 シルバス・エドが面倒くさそうに溜息を漏らす。


 ルード帝国の魔導兵団。


 その中でも特に厄介なのは、魔導の練達の士が集まる第二特務小隊。シルバスの目の前にいるのは、紛れもなくその精鋭達であった。


 感知できない程の微量の魔導で作り上げた砂により、外側から干渉して、魔導を使用させないようにしていたが、赤髪の青年のせいで全ての仕掛けが台無しになった。

 荒れ地で見たルノウムの鬼面導師きめんどうしが同じ場所に現れるとは思ってはいなかったが、混乱が起これば起こるほど、ユリスを王国に連れ戻すことが容易になる。


 フィテスの人間がなぜ帝国に組みしているのかはわからない。だがシルバスにしても王国の守護者たる守護騎士、フィテスの血族を相手にするのは骨が折れる。鬼面導師の出現は渡りに船であった。


 視線を向けると、少し離れた場所で赤髪と鬼面きめんの泥臭いまでの近距離戦が繰り広げられている。


 その動きを見てシルバスは身震いする。

 躱し、反らし、さばき、力と技の応酬。

 両者とも、致命傷を受けぬ様に最小限の動きで立ち回りながらも、隙あらば喉元へ喰らいつこうという殺気を込めた命のやり取り。


 そんな事に気を取られた一瞬に、眼前に現れた剣にシルバスの髪が一本持っていかれる。


 敵の隊列は明確。前衛、中衛、後衛。それらが代わる代わる位置を交代しながら、生き物のように脈動している。必死になって三手を凌いでも、次の三人組が練った魔導と技がシルバスを追い詰める。絶え間なく積み重ねられる攻撃は、シルバスに一切反撃の猶予を与えない。準備が整った者から次から次へと手を進めてくる。それはさながら、強大な力を持つものを相手にする立ち回り方。


 帝国の魔獣狩り部隊による、効率を極限まで高めた波状攻撃の連鎖。


 無尽蔵の体力を持つ魔獣であろうとも、荒ぶる濁流の渦中かちゅうに身を置けば、気付いた時にはその四肢の全てを失っている事であろう。明らかに過剰であるそれは、決して人ひとりに対して使う代物ではない。


 足踏みをさせられる。

 長年探し求め、やっと手を掴んだユリスを前に、シルバスの心は熱情と平静の間を揺らぐ。


「邪魔をするな」

 シルバスは己の魔導と砂を合わせて生成した棍を握ると、頭と足を狙って放たれた魔導兵による同時攻撃を払うように受け、なす。


 返すように棍を振るうが、盾持ちの前衛に軽々と受けとめられる。

 魔導の込められた棍は、比喩抜きで受けとめるだけでも衝撃が骨を砕く。だが、眼前にシルバスが思い描く光景は訪れない。見れば敵の身体が淡く青色に光っている。眼の前の盾持ちは魔導による身体強化に特化しているようだ。


 思考を途絶えさせるように槍が伸びてくる。シルバスは長身ながらに柔らかな四肢を使い、反らすように穂を避ける。捻った体の上を過ぎる槍を、棍から形状を変化させた砂の刃で斬り落とすと、シルバスは足を回転させ絡ませるように槍兵をその場で組み伏せる。


 その間隙かんげきをついて後衛の矢が迫るが、手に持った砂の刃をさらに形状変化させ、薄い膜を己の周りに張り巡らすと、矢が刺さる直前でその全てを砂の膜が捕らえた。


「動くな」

 静かに、だが強い意思を込めて発する。シルバスの眼は静かな怒りをたたえていた。


「ユリスは、エドの子だ」

 シルバスは一言ずつ、力を込めて辺りを見渡す。組み伏せている槍持ちに体重を掛ける。


「お前達の元にいていい存在ではない」

 力が掛かり、ミシミシと骨の軋む音がする。


「ユリスを返せ」

 ユリスを取り戻す。シルバスはその為に五年を費やした。


 弟のように共に育ったユリス。

 シルバスにとっては命にも代えがたい。

 取り戻さねばならない。


──バキッ


 組み伏した者の骨が折れる音がする。しかし敵は悲鳴を上げない。

 シルバスは離れた位置で魔導兵に介抱されているユリスを見る。

 帝国の魔導兵如きに追いやられ、随分と離れてしまった。

 だが長年の歳月を思えば、その距離は無いに等しい。


「帝国の紛いものに、エドの魔導を見せてあげる」

 空気が張り詰める。さらさらと、砂が流れる心地良い音がする。


「砂は流れ、留まる事を知らぬ。安寧あんねいは流れゆき、激流が新たな生命をはぐくむ……」


 シルバスの眼前に黄金色の光が生まれる。

 砂粒程の微細な魔導が徐々に増えていくと、それは夜空の星々のように煌めく。

 輝く光で彩られた流星群は、闇に支配されている世界すら照らしていく。


「おっと、そいつは見過ごせないねぇ」

 シルバスの背後から声がすると、首元に手刀が当てられる。


「くっ」

 集められていたシルバスの魔導が集まっていた光ごと霧散する。魔導の込められた一撃は、体内を循環しているシルバスの魔導をき止め、その衝撃が意識までも刈り取る。


「これはまた凄いことになっているなぁ」

 銀髪を揺らして崩れ落ちるシルバスの身体を受けとめると、その声の主、ハイネルは周囲の状況を確認しながらそうこぼす。


 中央ではルディと鬼面導師の戦闘が続いていた。

 轟音が響く度に、周囲の石壁が粉々になる。

 鼻孔をくすぐる焼け焦げた匂いが、ハイネルの眉をひそめさせる。


「ユリスは……大丈夫そうか」

 ハイネルは銀髪の女性、シルバスの身体を団員に渡すと、ユリスの状態を確認する。


 ユリスは額に汗を掻き、体温が少し下がっているのか、肌が冷たい。顔色も若干青く、呼吸も乱れている。ハイネルはユリスの額に自らの手を添えると、魔導を使いユリスの内側で乱れている魔導を少しずつ整えていく。


 次第にユリスの呼吸が戻る。

 それでも目を覚まさないのは、精神面や気力の消耗も大きいのかもしれない。


「これくらいでいいか。後はゆっくり休ませれば回復する、頼む」

 団員にユリスを任せると、ルディ達が戦っている場所を再度見る。


 闇の中灯火に照らし出された世界は、幻想的にも見えた。


「迂闊に手を出せば、あの世行きだなぁ」

 ルディと鬼面の戦いは決着が見えない。

 砦攻めは未だ続いているというのに、二人の空間だけは別世界のようであった。荒ぶる力のぶつかり合いに、大気に散らばる魔導が悲鳴を上げているのを、ハイネルは感じ取る。


「お前達はユリスとそのお嬢さんを連れて下がれ、ここには俺が残ろう。その暴れん坊のお嬢さんも心配はない。少し細工をしたから三日は起きぬさ」

 ハイネルは負傷した者を含めた数名の団員に指示を出し、戦線から下がらせる。


 ハイネルの興味はもう鬼面導師に移っている。


 ルノウムの鬼。力は強大と聞くが、その実態はルノウム王の懐刀であり、長らく戦線に出ることもなかったはずだ。その化物がルード攻めに参加しているということに、ルノウムの覚悟を感じる。


 確実にここで止めねばならない。


「ルディの大将ならば、大丈夫なんだろうがなぁ」

 絶大なる信頼故の楽観もある。

 しかし、ハイネルは虎視眈々と獲物を眼で追い続ける。

 研ぎ澄まされたそのまなこで。






お読み頂きありがとうございます。

戦いは更に激しさを増してまいります。


次回投稿予定日は、4月22日木曜日夜となります。

『魔導の果てにて、君を待つ 第八話 闘う者たち 中編』

乞うご期待!

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