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第七話 繋ぐもの 中編





 ルード帝国の北東に位置する、スラー荒野。


 それは遥か古の時代、大陸を創った巨人が大地へ起き上がる時に出来た地とも言われている。

 水源も少なく、かつては川が通っていたような跡もあるのだが、それも今では枯れ果て、何百年の時が過ぎたのかすら分からない。


 土地自体、植物が成長するには適さない環境である為に、時折降る僅かな雨がもたらす恵みにより、辛うじて育てられた樹木が低く存在するが、それ以外の大部分を乾燥した土や岩が占めていた。

 そんな大地を今まさにルディ一行、ルード帝国魔導兵団の人間達が軍用馬車を用いて、わずかながらに舗装された道を走っていた。


 目指すのは、ルード帝国とルノウム国との国境に存在する砦である。


「どうしたユリス。まだ緊張しているのか?」

 荒々しく、野太い声が馬車内に響く。


 その姿は一見して筋骨隆々。亜麻色あまいろの髪に同色の瞳。

 広い馬車内を圧迫する程の巨体を、縮めるようにして窮屈に座った男が、不安げに視線を揺らすユリス少年に話し掛ける。


「ラルザさん。やっぱり僕じゃ第二の任務に参加できるほどの力はないですよ。それに、荒れ地に入ってから身体の中で変な感じに魔導がざわめくんです」


「ユリス。常々言うが、お前さんの中には計り知れぬ程の力が詰まっていると、俺の魔導が告げている。それに村人上がりの野盗なんぞ、恐れるに足りんよ」

 物憂げな表情をする心配性な後輩の挙動に可笑おかしみを感じたのか、笑いながらラルザと呼ばれた大男が答える。


「スラー荒野は巨人の生まれた伝説の地でもあるから、より魔導が迷いやすいのかもしれんなぁ」

 かすれ気味の声がユリスの耳に届く。

 言葉を発したのは、ラルザとは対象的な痩せた男。


 その身は痩躯そうくで、長い手足が特徴的であり、身体の見える範囲にいくつもの武器を装備していた。髪は浅葱色あさぎいろの長髪を後ろになびかせ、黒い紐で結んでいる。

 左の目元には微かに刀傷が残っていたが、その下にある青色の瞳は生命力に溢れていた。


「ハイネルさん。スラーの巨人って、おとぎ話じゃないんですか?」

 ハイネルが神妙な顔で話すものだから、ユリスは興味を惹かれた。


 大陸には数多くの伝承や物語がある。

 隣国のグラム王国で語られるような、魔導王の逸話や、大災害に始まり、人類の始まりである始祖達の興りや、ハイネルが今言ったスラーの巨人もその一つにあたる。


 既に失われてしまったモノたちの物語。

 幻想譚に近いそれらも、部分部分では真実を含むものも存在した。


「この大陸には魔導が狂う場所がいくつかある。魔導王の生まれた時より魔導が活発になったように、そういった所にはやはり何かしらの理由があるのさ。それすら今を生きる人間たちの後付けかもしれんがなぁ。まぁ、あまり心配するな。人智を超えたものの事なぞ、考えても答えは出ぬし腹が減るだけだ」

 ハイネルは憂いを帯びた表情のままではあるが、優しさを忍ばせた言葉は空気を穏やかにする。


 その思いを感じて、ユリスも少しだけ張り詰めていた緊張が解けてきていた。


 魔導兵団の皆は、ユリスにとって家族のようなものであった。

 特に第二特務小隊の面々は少年に優しかったというのもある。


 隊員は変わり者が多いのだが、皆年上なせいかユリスの事を息子のように可愛がってくれた。


 ユリスは帝国に来るまで、孤独であった。

 父と母の記憶も朧気ながらあるのだが、それも記憶が曖昧になるほど遠い昔の話。


 ユリスは感じることがある。

 両親の愛情は確かに受けていたのだと思う。

 だけれど少年の記憶の大部分を占めるのは、小さな山奥の村で、一人で生きていたということ。


 今思えばそれは辛い記憶なのかもしれない。

 夜になれば悪夢にうなされることもあった。

 そんな少年に転機が訪れたのは突然であった。


 半年程前の大雨の降る日に、ユリスの住む村に大魔導師であるグリークが迷い込んだのだ。

 僅かな時の中ではあるが、孤独な少年と話をしてくれたグリークという大人に対して、ユリスは不思議な感覚を覚えた。

 孤独が癒され、空いていた穴がぴたりと埋まるような感覚を。


 その時のグリークがユリスに対して何を思っていたのかは分からない。

 だが、ユリスの思いとは裏腹に、グリークが村を出立する日が訪れる。


 グリークはユリスに語り掛ける。


「一緒に来ないか?」

 少年は何かが変わるような気がして、グリークの手を取る。

 その日からユリスは一人ではなくなった。


 今の環境はユリス少年にとって、とても居心地が良かった。

 それは、少年にとって大切な何かを教えてもらっているような。

 見守ってくれる人がいるという安心感とともに、このままずっと穏やかな日々が続けばいいと、少年は願ってやまない。

 であるからこそ、魔導を上手く扱えない現状にユリスは藻掻もがく。


 グリークを始めルディや魔導兵団の皆は、焦るなと言ってくれてはいるのだが、それでも守られているだけではいけないと、ユリスは強く思っていた。


「スラーの巨人。今の時代にいたら、魔獣を倒してくれるのかな」

 ユリスはふと頭にぎった考えをぽつりと漏らす。


「昔の人間は、巨人を大陸を創った神とあがめるが、実際には魔獣以上の化物かもしれんぞ。神にとっては人の思惑なんぞお構いなしなのだからな」

 ラルザはおどけたようにユリスを脅かす。


 言われてみてそうなのかもしれないと、ユリスは思った。

 古の巨人。

 大地を創り出す程の強大なその存在が、人間の味方とは限らないのだから。


「見えてきたぞ! ノール砦だ」

 ほろの外で見張りをしていたルディの声が馬車の中に届く。

 ユリス少年はその声につられるように、馬車の戸を開けるとルディの差す方向を見る。


 山脈の一部を抉るようにして存在する巨大な砦。

 その砦は人の手で作り上げられてから数百年の間、存在感を失わず威容を知らしめている。


 ルード帝国最大級の砦。

 ノール砦。


 ユリス少年には、それが今しがた話した、巨人の墓標のようにも見えた。





 * * *






「おい、あの紋章はルード帝国のものだ。本当に大丈夫なのか?」

 ノール砦から離れた山脈の岩陰に隠れて、砦に入っていく馬車群を見る複数の人間がいた。


 男達はボロボロの衣服に身を包んでいた。

 腰に提げた剣も決して程度の良いものではない。

 だが、着の身着のままでも生きていけるような、野性的な力強さはもっていた。


「──問題ない」


 ボロボロの身なりの男が話し掛けたのは、目を凝らさねば認識できぬほど、景色に溶け込んでいる存在であった。


 岩石と同じ色の素地を使った外套に身を包んだ男。

 顔には紋様の入った奇怪な仮面を着けている。

 素顔はようとして知れぬが、漏れ出る声は確かに男であった。


 その場にいる者達は、殆どが村人といった風貌であるが、仮面の男はそれらの比ではない凄みを持ち合わせていた。

 仮面の男が背中に背負う巨大な曲刀と、外套から見え隠れする鍛え抜かれた体躯がそれを物語っている。


「旦那、あんたを疑っちゃいない。すまない、少し気になっただけだ」

 空気が恐ろしいほどに張り詰めたのを感じて、男は慌てて訂正する。


「お前達は言った通りに行動すればいい。そうすれば、生きてもう一度ルノウムの地を踏むというお前達の願いも叶う。それを忘れるな」

 仮面に遮られて反射するくぐこもった声は、何処かおぞましさを感じさせる。


 男が頷こうと瞬きをした瞬間に、目の前に居たはずの仮面の男は姿を消していた。


 男達の間にため息がこぼれる。


 男達は国の圧政に苦しみ、生まれ育ったルノウムの地を逃げ出した。

 逃げ出した矢先、ルード帝国に入る直前で男達は仮面の男に捕まった。

 数多くいた同胞の大半を、仮面の男に殺された。


 同胞を殺された怒りはある。

 だがあの化物を何とか出来る未来が想像できない。

 絶望が形を持って存在するのであれば、あの仮面の男のようなものだろうとも思う。


 縋る思いで懇願をした結果、生き残った男達は仮面の男の出した一つの提案を飲まされることになる。


「……やるしかない」

 

 どんな理由があるのかは知らないが、仮面の男はノール砦に用があるという。帝国と戦を起こす気なのか、そこで手に入れたい何かがあるのかは知らない。男達は砦の兵の気を引く為に、長い期間を掛けて布石を打った。


 増援が来ることは予想していなかったが、やるだけの事はやった。後は全て仮面の男がやってくれる。作戦の決行は日没になってから。


 男は周りの男達と目を合わせると、覚悟を決めた。





 * * *





「魔獣でも大災害でもない……まるで人の身をした化物ね」

 ぱらぱらと舞う砂に乗って、魔導が語り掛けてくる。

 白銀の髪が揺れ動き、虚空を見つめる紫紺の瞳は目に見えぬ何かを捉えていた。

 広範囲における人の流れを掴むことは、彼女の魔導を持ってすれば容易たやすい。


 ノール砦へと向かう馬車を見届けてから、周囲を警戒していた彼女はどこか他人事のようにそう漏らす。


 周囲で怪しい動きをしている者達を追跡していたら、彼女はその中に異物を発見した。

 明らかに内包している魔導の量がおかしいその存在。

 帝国の魔導師とも、グアラドラの導師とも違う、まさに異物。


「ルノウムの鬼……まぁいいわ。ユリスの奪還を邪魔する者は何人なんびとであれ容赦はしない」


 ユリスの名を出した瞬間に彼女の側の砂が弾ける。

 彼女の感情に反応して、魔導が怒りを表すように。


「──ユリス」

 澄んだ瞳は、砦の中にいるであろう存在を捉えて離さなかった。






いつも閲覧ありがとうございます。

大感謝でございます。


昨日(さくじつ)、ここまでの投稿分の改行の統一とルビ振りをし直しています。

よりスピーディーに読みやすくなっているかなと思いますので、

気軽に読んでみてください。


次回投稿予定日は4月15日木曜日夜を予定しています。

『魔導の果てにて、君を待つ 第七話 繋ぐもの 後編』

乞うご期待!

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