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第六話 フィテス 後編





「それでそのあと、王様達はどうなったの?」

「我らの先祖である守護者エイリーク・フィテス、聖女サアラ・フォン、放浪の魔術師エド、名もなきグアラドラの求道者の四人と一緒に、グラム王国を創ることになるのさ」


──人は皆、えにしで繋がっているんだ、リバック。


「だからリバック。お前もそういう仲間に巡り会えるといいな」

 あと少しの年月で、聖女の予言から五百年を迎える事になる。

 クロードは大災害の年が迫るのを肌で感じながらも、息子を想いそんな言葉を掛ける。


 小さな蕾が満開の花となり、咲き誇るのを楽しみにするように。





 それはリバックが十六になる年であった。

 九つになる妹と、三つになる弟の面倒を見ている時に、父の弟である叔父のアルバートが家を訪ねてくる。

 リバックはアルバートが訪ねてきたことで、長い間家を空けていた父が王都に戻ってきたのだと思った。

 アルバートはクロードと共に王都の外へと遠征をし、村々の視察を行っていたからだ。


「リバック、心して聞くのだ……」

「叔父上……?」

 リバックは叔父であるアルバートの言葉に耳を疑った。


 ただの任務であったはずだ。

 守護者と呼ばれるフィテスの系譜であり、守護者エイリークの再来とも呼ばれていた父が、遠征地で病に掛かり命を落としたと言う。


 そして、アルバートと共にフィテス家に帰ってきたのは、父の遺品である鎧と剣だけであった。


 遠征先の地にて、リバックの父クロードは病に倒れた。

 それは驚異的な猛威を奮う病で、一月の間に急激に生命力を奪われていったという。

 人に移さぬ為に遺体は炎に焼かれ、クロードの身体がフィテス家に帰って来ることはなかった。


「兄上は最期までお前の身を案じていた」

 衰弱していく兄の姿を聞き及んで、何も出来なかったアルバートは悔やしさを滲ませながら託された手紙をリバックに渡す。


 リバックは叔父が何を言っているのか理解出来なかった。

 高度に魔導を扱うその超人性は、息子であるリバックが目指すべき英雄の姿を見せていた。


 そのクロードが他界する。

 聖女の予言した大災害を前に。

 幼いながらにも、父クロードと肩を並べて多くの人々を救うことを半ば夢想していたリバック。


 なぜこんなことになるのか、話を理解していくにつれリバックの思考は千々に乱れる事になる。


 父の死を聞いたその日から、リバック・フィテスは思考の海に囚われる事が多くなっていった。


 家を母に任せ、叔父であるアルバートの助けも借りながら、フィテスの使命を果たす為にリバックは魔導を極めていく。


 なのに何故。

 あぁ、何故こんなにも虚しいのか。

 何故こんなにも寂しいのか。


 年月を経て身体は大きくなるのに、ずっと心には穴が空いたままだ。





 流れるように時は経ち、リバックが二十を過ぎた年になる。


 未だ空虚は埋まらず、英雄と尊敬してやまない父がいないことが悲しかった。

 それでも只々、日々は留まることを知らぬように流れてゆく。

 リバックの心だけを置き去りにしたままに。


 そんなある日、叔父であるアルバートの勧めによりリバックは王国軍の長期の演習に身を置くことになる。


 そこでリバックは生まれて初めて、同年代を生きる友と出会う事になる。





 * * *





 身体が泥のように重い。


 連れていた馬は被害に合わぬようぐに逃した。

 握られた指先は、自らの流す血で固まり、指先の感覚はとうに失くなっていた。

 汗で張り付いた髪も乾いてがさがさと煩わしさを覚える。


 そのような状況でもオーリンの心は静かに燃え続けていた。

 目の前にいる魔獣が、一年前に友を死に追いやった宿敵であるからだ。

 その感情は、抗えないほどの力の差を持った魔獣に対して、僅かながらの対抗心を生み出し続けてくれていた。


 魔獣はオーリンを捕まえようと全身から蔓を出し、縦横無尽に打ち付ける。

 伸び切った蔓は周囲の木々を破壊しながら、猛然とオーリンを追いやる。


 被弾しそうな攻撃を見極め、必死に槍を使いわざを持って受け流す。

 流し、逸らすだけでも身体全体を持っていかれそうになるほどの魔獣の圧力。

 それらを全て振り払い、オーリンは戦い続ける。

 膠着状態のようにも見えるが、実際にはオーリンの形勢の方が圧倒的に悪い。


 魔獣はただ待てばいいのだ。

 オーリンが疲れるのを。


 執拗なまでに遅速な搦手を繰り返す魔獣。

 それも無限に等しい体力があってこそだが。


 そんな小賢しい魔獣の思惑も、何もかもが煩わしい。

 血塗れた無数の緋眼は、その全てがオーリンの一挙一動を捉え続けている。

 そういった中でも、不思議な事にオーリンの中に魔獣に対しての恐怖はもうない。


 魔獣が咆哮を上げる。

 身体は腐り果て、新しい肉体が出来ては崩壊を繰り返している。

 おぞましさは増すばかりか。


 突き、払い、引き戻す。


 一撃、二撃、三撃と。

 円を描きながら歩を進める。

 弾いた攻撃は数知れず。

 身体の節々が悲鳴を上げ、オーリンの行動を責めるが、その感覚がオーリンは心地良くもあった。


 被弾はある。

 感覚がもう麻痺してしまったのか、血の滲む場所に痛みはない。

 時間が経つにつれて、オーリンの思考は徐々に鮮明になり、より冷静になっていく。


 最小限の身体の動きで攻撃を避け、晒した隙に刃を打ち付ける。

 打ち付ける部位によっては、その凄まじい圧に身体を持っていかれそうになるが、体捌きで辛うじて先を繋ぐ。

 こんな時であるというのに、オーリンはテオの用意してくれた槍のその頑丈さに感謝していた。

 もし得物を破損し失えば、オーリンの命はその瞬間に消えてなくなるであろう。


 そう思うと、多くの想いを感じ取り、心の奥底が熱くなる。


 命が明滅している。

 生きるか死ぬか。

 たぶん、今のオーリンにとっては死への道のほうが近いのだろう。

 そんな中でも必死に身体は動いている。


 風の裂かれる音を耳で拾い、身体を反らす。

 大地の揺れを感じ、足を動かす。

 命を奪うために必死になっている魔獣の姿を見て、オーリンはその滑稽さに笑えてきた。


 導師やヘムグランの姿を見て、英雄とは確あるものだと確信めいた何かがあったのだが、目の前のそれは強大な力を持て余している。

 さながら、揺蕩たゆたう落ち葉の如き存在であるオーリンすら捉えきれずに。


 目の前の魔獣はリバックの命を奪った。

 力があり、その存在は人を不幸にする。


 そもそも魔獣とは何なのか。

 オーリンの眼は其れを捉え続ける。


 魔導王と聖女の伝説。

 予言された大災害は多くの人々を死に至らしめるという。


 止めねばならんのであろう。

 本質的には自然が繰り返すそれと変わらぬ、ただの生存競争であるのだろうか。


 今のオーリンの力では魔獣の部位の一つとて切り落とせはしない。

 致命の一撃を持たぬ以上、刃を使った斬撃も質量頼みの打撃としての側面が強くなっている。


 打開策はない。

 ないが、負ける気もしなかった。


「怒り、憎しみ、復讐」

 言葉に出してみても、オーリンはそれらに違和感を感じた。

 色々な感情で埋もれていた何かが見えたような気がした。


「あぁ、結局の所、俺は生きたいのだな」

 それは目に映るのに見えなかった砂の中の一粒のように、己の中に確かにあるものであった。





「かっかっか、良くぞ言うた!」

 魔獣グアヌブが振るっていた、あれほど強靭であった蔓が全て斬り落とされていた。


 それは小柄な老人。

 両手に運命を切り拓く剣を手にした男。

 ヘムグラン・オズ。


 グアラドラという集団の中の一人であり、確かなる個であった。


それは第一の波。地より這い出たるあかき一つ眼の魔獣グアヌブ。その体躯は頑強にして巨大。それが顕現せし時には、神の一息の間に万の獣が蔓延し、病の如く地に至るすべての生命を刈り取る」

 ヘムグランは笑いながら、真っ直ぐにオーリンを見る。


「大災害のそれを討ち果たすために、魔導はすべからく人々を救いたもう。恐れる事なかれ。獣は炎に焼かれ、その身を翻し世界を後にするであろう」

 朗々たる若い男の声が重なる。

 次の瞬間、魔獣グアヌブは業火に包まれる。

 断末魔を上げ、身悶え、のたうつ。


「爺さん。あんまり無茶をするな。クルス達が心配する」

 魔獣を包む炎は青くなり、徐々に白へと変わる。

 軽い口調で現れたのは、サイ・ヒューレであった。


 その間にも魔獣は魔導の炎に巻かれ続ける。

 しかしどんなに足掻こうとも、逃れる事は出来ない。

 サイの生み出す白炎は魔獣グアヌブを相手に殊更特化したものだ。


 一際大きな断末魔が響き渡ると、次第に炎は小さくなってゆく。

 炎と共に内側にある影もどんどん小さくなって、終いには形を失う。


 言葉にするのも呆気ないほどに。

 パチパチと最後の火の粉が跳ねると、後には何も残ってはいなかった。


「あんたたちは」

 目の前に広がる光景に呆気にとられ、表れた二人を見るオーリン。


「災害は全て討ち果たす方法があるのさ。魔獣グアヌブであれば炎を用いなければ滅することは出来ない。よく持ち堪えたな……えーっと」


「オーリン、だ」

「あぁ、……オーリンか。俺はグアラドラのサイだ」


 ヘムグランは二人のやり取りをとても嬉しそうな表情で見守っている。


「儂だけでいいといったのに、サイ坊も心配性じゃな」


「なぁに、俺の目の前では誰も死なせはせんさ」

 その目は真剣な眼差しを称え、どこか安堵しているようにも見えた。


「全ては魔導王の導き、か。オーリン、お前も縁があるようだな」

「俺が?」

 虹色の蝶がオーリンの肩にふわりと止まる。


「あぁ、魔導王がお前と話したがっているのかもしれんな」

「魔導王……」

 呟いた瞬間に、オーリン眼に何かが映る。


 街。


 雑踏。


 行き交う人々。


 其処にいるのは、赤い髪の青年。


「リバック……」


 白の鎧と、灼熱色の髪。


 何かに気付いたように不意にこちらに視線を向けた青年と目が合う。

 口元が動いて、何かを言っている。


『オーリン』


 見たことのない場所に、立っている。

 死んだはずのかつての友、リバックが。


「……生きている」

 蝶はそのままゆらゆらと飛んでいく。


 遠く西の空へ風は流れる。

 哀しみに満ちた追憶を追い越して。






いつも閲覧ありがとうございます。

大秋です。


次回投稿予定は4月8日木曜日夜となっています。

『魔導の果てにて、君を待つ 第七話 繋ぐもの』

乞うご期待!

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― 新着の感想 ―
[良い点] こんばんは。 第6話(14部)まで読ませて頂きました。 魅力的な登場人物が一気に増えて、多様な ストーリー展開が楽しめる感じになってきましたね。 個人的には爺様ヘムグランに頑張って欲…
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