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第六話 フィテス 中編





 リバックには歳の離れた妹と弟がいた。


 二人の面倒を見ながら、リバックはよく思い出すことがある。

 リバックがとおになる年に、尊敬する父が聞かせてくれた話だ。

 フィテスの一族が幾歳月いくとしつきを経て今に至るまで語り継いできた、一つの物語。

 それはとても遠い昔の話であった。


 あるところに一人の少年がいた。

 少年の眼には他の人には見えない特別な光が見えた。

 光を見ているうちに、次第に少年はそれが何かを考えるようになった。

 不思議なことに、周りに尋ねてもその光は己以外に見えているものはいなかった。


 少年はある時気付く。

 それを見続けているうちに、その光が様々な事象によって影響を受ける、千姿万態せんしばんたいの存在であることに。


 それは時に、炎のように赤くもあり、大空のように青くもなった。

 実り豊かな日には新緑を強調させ、雪の降る日には銀色を示す。

 それは少年以外の眼には見えないのだが、少年の眼には確かに映り、その存在を感じさせた。


 好奇心が優り少年がそれに手を伸ばすと、意外にもそれは触れる事が出来た。

 それは柔らかくて、暖かくて、触れていると何処か心を穏やかにさせる。


 そうする内に、それは外界の干渉によらず変化をすることにも気付く。

 少年の内側にある感情に反応して色や光形、感触すら変幻自在にしていった。

 触れる度に不思議な感情が芽生えたが、少年はそれと共にあるということに次第に心地良さを覚える。


 少年の見る世界にはそれが満ちているというのに、気付いているのは己だけだということに、少年はさびしく思うようになる。


 そんなある日、少年の暮らす場所に一人の旅人が現れる。

 男の名をエイリークといった。


 貴族の三男として生を受け、何不自由なく暮らしていたエイリークであったが、彼は騎士として次第に剣術の世界に傾倒してゆく。


 成人となって家を出ると、武者修行の旅に出たエイリークであったが、そこで知ることになる。大陸の至るところで争いが起こり、多くの孤児みなしごが生まれ、哀切の果てに命を散らす事を。


 諸国を見て回る内にエイリークはそんな儚い世界を憂うこととなる。

 そしていつしかエイリークは、戦火に喘ぐ人々を己の持つ武の力で救おうと躍起になった。


 月日が流れ、英雄と称される程に個としての力を得たエイリークであったが、それでも救えぬ者の多さに長い時を悩み続けることになる。


 救えたはずのものが彼の横をすり抜ける。

 その度に虚しさが心を蝕んでゆく。

 エイリークの心は次第に枯れてゆき、絶望が精神こころを満たそうとしていた。


 そんな時、エイリークは偶然立ち寄ったグアラドラという地で、不思議な眼を持った一人の少年と出会う。それが、後に魔導王と呼ばれることになる少年レフ・ガディウスと、守護者エイリーク・フィテスの出会いであった。





 * * *





 何か音が聞こえた気がした。

 いつもは鳥の鳴き声のする慣れ親しんだ森の中を、男はスルナ村を目指していた。

 だがそれも途中で足を止めることになる。

 止めざるを得なかった、という方が正しいか。


 スルナ村へと続く道を進んでいたはずの男は、森の中で立ち竦んでいた。

 気が付いたらいつも見慣れた景色と明らかに違う場所に男がいたからだ。


「なんだ?」

 何かに気を取られて目を離したという事もなく、ただ普通に歩いていただけだというのに、気付けば未知の場所に足を踏み入れてしまっている。


 何かがおかしい。

 この事態に本能が騒ぐのか馬がいななく。


 そんな中、男の目の前を鮮やかな蝶が舞う。

 最初にそれを見たとき、男にはそれが何だか分からなかった。


 一匹や二匹であれば、蝶として認識出来たのであろうが、それは無数が集まり群体を形成しながら鮮やかな燐光を放っていた。

 まるで夜空に掛かる星の川のように。


 目を凝らして初めて、それが蝶の群れだとわかる。


 赤、橙、黄、緑、青、藍、紫、白。

 様々な色の蝶が集まっている。


 その中に一際目を引く、七色の蝶がいた。


「虹色の蝶……」

 男は異常な事態に遭遇していると感じてはいたが、不思議とそれ自体を脅威と思うことはなかった。


 それどころか不思議な力が男の身体に染み込んでくる感覚がある。

 蝶のいる空間に触れているだけで、心の中のもやが晴れていくような不思議な感覚。


「あぁ……これは」

 蝶は男に何かを伝えようとしているのだと、男は感覚的に理解する。


──ドスン


 それは唐突に目の前に現れた。

 何の前触れもなく。

 蝶の群体を霧散させる程の質量が、その中心に落ちてきた。


 それを視界に収めた瞬間、男は喉の奥底から何かが逆流しそうになるほどの不快感を叩きつけられる。

 その場の空気を一変させ、場を支配するように出現した異形いぎょう


 魔獣の死骸が集まって出来たかたまりのようにも見えるそれは、山のような形をしていて、身悶えるように蠢いていた。


「くっ」

 蝶の群体と違い、神聖さの欠片もない化物ばけもの

 構成する全ての部位が、無理矢理くっけたようにいびつな形をしている。

 そして、一際目立つ赤い複眼が焦点を定めずにギョロギョロと動く。

 散った蝶を追い掛けるような視線は、愉悦ゆえつとともに、半月を描く。


 男は槍を構え警戒する。

 見ているだけで、怖気おぞけが震って汗が止まらない。

 馬はその場から一刻も早く離れたいのか、身を引くように首を反らす。


 男は自分の背後に馬を下げる。

 口を一文字に食い縛りながら、事態の推移を見守ることにした。


 鼓動がどんどん早くなってゆく。

 握る掌が熱くなる。


 人の悪意のありったけを凝縮したとしても、それのいびつさには到底及ばない。

 それは木々の間を射し込む光を嫌っているのか、醜悪な体躯をよじり光源を避けるように動いていく。


 そして、今気付いたとばかりに、無数にある赤い眼の全てが、男を捉える。


 それは歓喜なのか、身を揺らし身体を伸長させる。


 異形の化物ばけものは、幾重にも死骸が積み重なって出来た身体をぼろぼろと崩しながら、男を求め手の部分を伸ばす。

 手と言っても、それは大きな植物のねじれたつるのような見た目であった。

 緩慢な動作のままだが、男を目指し動きを止めず中空をするすると動いて距離を詰めてくる。


 男と異形の距離は十分にあったのだが、男の元へ伸びてくるつるは、次第に機敏さを増してゆく。

 細部の動きを順応させていくように、早く、早くと。

 

「くそっ!」

 伸びてきた化物ばけものつるを叩き斬ろうと、男は槍を回転させながら刃を当てる。

 しかし、化物の蔓が槍の穂を弾き返す。


 穂を当てた部位は、見た目以上の強度と弾力性を兼ね備えているようであった。


「硬い……」

 伝わってくる手の痺れに男は理解する。

 目の前にあるものが己を遥かに超越した存在であると。


 男の力では目の前のそれを止められない。

 男は馬の背に飛び乗ると、その場から身をひるがえす。

 恐怖はあるが萎縮せずに動けた。

 馬も意思疎通できているのか、男の意を汲んで思うように動いてくれる。


 幸いな事に眼前の化物の動きは男を捉えられる程に早くはない。


 迷い込んで辿り着いたこの場所から出られるのかは不明だが、まともに相手をしようと思えば相当な覚悟が必要である以上、男は離脱を決める。


 その時……


──グブ


 れは確かに嗤った。

 その声を聞いて、男は馬を止める。


 振り返りその異形の化物ばけものを見やる。

 屍が混ざりあった形のもっとずっと奥深くに何かが見える。


 外皮を多数の緋眼に囲われた先。


 そこに微かに見えるのは、焼けただれた緋眼と、折れ曲がったまま化物の身体に埋もれているつるぎ


「お前は」

 男はじっくりとその異形を見た。

 そして男の瞳に憤怒ふんぬが宿る。


「お前は……」

 男の口元は異形を見ながら、れと同じ様にわらっていた。


──その男。


 オーリン・フィズは、その手に持つ槍の柄で大地を穿つ。


 そして笑みが消える。

 その眼はくらく、深淵を覗かせる。


「会いたかったぞ、化物ばけもの

 オーリンの漆黒の眼は、魔獣グアヌブを捉えて離さなかった。





 * * *





「これは……」

「どうした? 爺さん」

 サイは背後で足を止めている老人を見て、声を掛ける。

 それは、子供達をスルナ村へと届けようとした合間の出来事であった。


「サイ坊、先に行っておいてもらえんか」

 険しい表情のまま、ヘムグランは自分達が歩いてきた道を振り返っている。


「どうしたんだよ、ヘム爺」

 クルスは訝しげにその様子を見る。

 いつもと様子の違うヘムグランを見ていると、クルスはどこか調子を狂わせられる。


 ヘムグランは己が一度言ったことを簡単に曲げる人間ではないのだ。

 子供たちを村に連れていき、村人達も救う。

 その目的から外れたその言動にクルスは不可解さを感じ取る。


 ディーもクルスと同じ様にヘムグランを見ていた。

 だが、ディーが思ったのはもっと別の感情であった。


 ヘムグランがはっきりとせぬ気もそぞろな態度を見せている。

 似たような光景をいつか見たことがある気がするのに、それを思い出せない。

 ディーはヘムグランのその姿に言いようのない胸騒ぎを覚える。


「すまんのぅ、これはわしの勘じゃ。なあに、ぐに村にいくからのぅ、先に行って待っちょってくれんか」

 軽い口調で笑うように告げるとヘムグランはサイ達の返事も待たず踵を返す。

 あまりにも早いその挙動にサイ達は止める暇もなかった。


「ヘム爺!」

 クルスの叫びも届くことはない。


「一体どうしちゃったんだよ」

 戸惑いの表情のままクルスはヘムグランが走り去った森を見る。


「サイ、どうする?」

 ディーも僅かに動揺を見せている。


「ふむ、ヘムグランの爺さんならまぁ大丈夫だろう。俺達は村へ急ごう」

 二人の動揺を察して、サイは全てを飲み込んだ上でそう言う。


 サイは今に至るまで常に魔導で周囲を探っていた。

 森に着いた時のような魔導が狂わされる感覚も随分と減っていたし、近くに脅威となりそうな存在も感じられない。


 前を向くとサイは心配そうに見ている子供たちの肩を軽く叩く。


「心配するな、早くお前たちの村に行こう」

 作り損ねた不器用な笑顔に言葉を乗せては見るが、自身が上手く笑えているかどうか、サイにももう分からなくなっていた。






いつも閲覧ありがとうございます。

次回投稿予定日は4月5日月曜日夜を予定しおります。


『魔導の果てにて、君を待つ 第六話 フィテス 後編』

乞うご期待!

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