第三十九話 大災害 中編
ルノウムの西側より進軍を開始して早十日、リーン・フェイ率いるルード帝国軍は、破竹の勢いでルノウムにある魔獣の群れを駆逐していた。
戦いの先陣を切ったのは、魔導兵団特務隊であった。大規模な魔導の行使によって作られた道へと続くように、後方から現れた帝国騎士団が拓かれた戦線を維持する。
続々と合流を果たすルード帝国軍の第三陣、第四陣が伸びつつある兵站を守り、ひいては広範囲になりうる戦端を最小限に留める為の戦術を取る。リーンは軍を指揮しながら、意図的に作り上げた逃げ場に魔獣を誘導させる事で、戦場の流れを作っていた。
魔導が行使される度に戦場に空白地帯が出来上がる。帝国騎士はそれ等を徹底的に防衛しながら、少しずつ領土を拡げてゆく。
それでも、何もかもが上手く行くわけでもない。遠征が長引くにつれて、奇襲を防げない事も増えてゆく。魔導兵団が援護出来る範囲外において現れた大型魔獣の相手を、一般兵が出来るわけもなく、少しずつ帝国軍の兵力も削られていった。この戦いに終わりは見えない。
ルノウムという地は、既に化物の園と化しているのだから。
そのような、この世の地獄とも呼べる場所を突き進む精鋭部隊の中に、オーリンの姿はあった。既に放棄された村々を三つ抜け、廃墟となった街も二つほど越えている。そして今まさに、夥しい数の魔獣に占拠された都市への攻城戦へと移ろうとしていた。
ルノウム王都に最も近い都市ムダラ。ここを攻略出来れば、ルノウム領に攻め入っている他の軍との連携も容易になるし、王都への睨みも利く。そしてそれ以上に、兵を休ませる事の出来る拠点というものは、現状帝国軍が喉から手が出るほど欲しているものであった。
だが、都市ムダラの守りは堅い。かつては人を守る為に存在していた外壁が、今では化物を守るように聳え立っている。
丘の上で都市ムダラを見渡すオーリンの元へと、こびりつくように残る幾万もの嘆きが、風に乗って運ばれてくる。
「ここではもう、守られるべき命が、失われてしまっている」
オーリンの胸に去来するのは、事を為した大災害への怒りと、何も出来ぬ己自身への怒りであった。悲しみは後から追い付いてくる、とは誰の言葉であったか。大災害というものが齎す真実の一つに触れたことで、今まで救われてきた命と、救われなかった命との隔たりを、オーリンは感じてならない。
グラム王国にある城壁都市、アインハーグにもよく似たムダラの現状は、オーリンの隣に立つマシューの表情にも影を落とさせる。これは、マシューの故郷であるアインハーグで起きてもおかしくない出来事だ。
悪い予感が脳裏をよぎっているのか、マシューは頭を振って雑念を追い払う。アインハーグにはヨグがいるのだ。そんな心配はいらない。
マシューを見ていたオーリンの手のひらが、ふいに何かの感触を得る。
オーリンは握りしめていた手のひらの中に、いつの間にか収まっている虹色の光に気が付いた。だがその光も、オーリンに気付かれると揺らめいては消える。
「そう、か……」
ここで出会うはずであった誰かが、オーリンに語りかけている。しかし、もう温もりはない。
「どうした、いかんのか」
急に話しかけられてオーリンの心臓が跳ねる。
そこに居たのは、オーリンと同じように街を見ているべヘモスであった。緋色の眼差しは、停滞することの危うさを目で語っている。
「あぁ。そうだな……行こう。行かねばならん。何があろうとも」
結局答えは出ない。大災害を乗り越えた先、オーリンがもし生き残れたのならば、やらねばならぬ事が増えた。世界と向き合わねばならない。そこが例え苦痛にまみれていようとも、この身体が呼吸を続ける限り
──のだから。
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次回、
『魔導の果てにて、君を待つ 第三十九話 大災害 後編』
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