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第三十九話 大災害 前編





 まるで幼子が乱雑に垂らした墨のように、黒雲が空を覆い、陽を閉ざす天蓋へと変わる。びゅうびゅうと吹き荒ぶ風は、小さな水分を含んだまま風に乗って天まで昇る。砂に混ざって運ばれてくる雨の気配は、サリアの街で活動する者たちにとって、気を急かす要因となった。街に置かれたルード帝国の防衛拠点において、エミリオとオーリン達が会話を行ってから、既に半刻が過ぎようとしていた。


 ケルオテ大断層を挟んで向こう側に見えるルノウム領の様子は、流れた時間の分だけより悪い方向へと変化を見せる。ルノウムの本土を蝕むように姿を晒す黒き魔獣の群れは、前傾のまま二足で立つという、より人に近い形をしていた。それがさらなる嫌悪感を抱かせる。


 初めは断層の淵を緩慢な動作で歩いていた魔獣達も、猿が群れるようにどんどんと数を増やし、群体を形成してゆく。魔獣達も崖の反対側にいる人間達が自分達の敵であるという事を理解しているのか、時を待つようにじっと様子を窺っている。


 陣頭指揮を取るリーン・フェイは他方、ノール砦から危急の報せを受け取る。その内容は、ルノウムの王都にて今まさに、予言にある終焉の大災害の兆しがあるとの内容であった。元々、ルノウムが位置する場所は、大昔に大国ギリエラが存在していた広大な土地の一部であった。戦乱を平定した折に、ルード帝国が併呑したギリエラ領の末端が、ルノウムという国となる。


 そして、大災害の兆しのあるというルノウム王都こそ、かつて、ギリエラの首都があった場所でもあった。


 一代前のルノウム王、イズイ・ウル・ルノウムは版図を広げようとする野心があった為に、それに付き従う事を余儀なくされた国と民は疲弊する事となる。しかし、イズイ王の王権も長くは続かない。ルード帝国とルノウム国による、初めてかつ極めて大規模な衝突となったサリア紛争によって、国内に敵が増えすぎた為、王自身が身を滅ぼす事となったからだ。


 悲運にも、ギリエラのグィルデ王と同じ末路を辿るイズイ王。


 悪運に付きまとわれしルノウムの次代を継いだのは、ルオルというイズイ王の実弟であった。賢王と呼び称される程の傑物であったルオル王は、疲弊した国土を回復するために尽力する。ルオル王の為政者としての才能も開花し、ルノウムの国力は少しずつ回復の兆しを見せていた。だが、不運に際限はない。


 ルオルが王としての地位を盤石の物へと変えようとしていた矢先に、第一の大災害が起こる。


 ルノウム本土を直撃した第一の大災害は、ルノウムを更なる混乱の坩堝るつぼへと誘う。魔獣被害の対応に苦慮していたルオル王は、ルノウムを守る為、ルード帝国に助力を願い出た。ルード帝国に渡り、交渉を成功させたルオル王であったが、長年の心労がたたり国に戻って直ぐ、病に倒れる事となる。


 ルオル王が倒れたのち、虎視眈々と王宮の内部に根回しをしていたルオル王の長子である第一王子、ジーヴォ・ウル・ルノウムが動いた。まつりごとの中枢をジーヴォに奪われ、幽閉される事となったルオル王はそのまま表舞台から姿を消す。国内での混乱が長く続いた為、ルノウムは魔獣被害を抑える事が出来ずに、多くの命を失う事となる。


 その結果残ったのは、眼前に広がる魔獣に奪われし死の大地であった。


「愚かな事だ……」

 リーン・フェイは報せを受け取って直ぐに、特務隊を主として、サリアの街で帝国騎士団の第二陣と合流を果たしてから次の行動に移る。ルード帝国は連合国であるグラム王国と共に、ルノウムの西側、南西側、南側の三方面に軍を展開し、魔獣をルノウムへと押し戻す大規模な作戦を開始する。当初は現状を悪化させぬよう行われた軍事行動であったが、状況の変化により領土の奪還へと作戦内容が変化してゆく。


 サリアの街に陣取っているリーンの軍は、ケルオテ大断層攻略と並行して、大橋を復旧させることを作戦の第一段階としていた。奈落への進行と同時に進められていた大橋復旧。ルノウムへの道を確保する為に橋を渡すという作業は、今まさに大詰めを迎えようとしていた。


 ルノウムの南西に位置するノール砦では、王弟であるスウェイン・ヴァン・ミドナが神剣を手に、既にルノウムの王都を目指して北上を始めている。南側でも、グラム、ルードの連合軍がグアラドラの導師達の手を借りて、少しずつ首都を目指しているという。


 現段階で一番遅れているのがリーンの指揮する西側の軍であった。ルード帝国の虎の子である特務隊を持ってして、奈落の攻略に時間を掛けすぎた事が悔やまれる。しかし、新たに手に入れた戦力が過分なものであると感じていたリーンは、気を取り直して速やかにもう一つの作戦を押し進める。


「本当に、いい、のか?」

 作業を見ていたオーリンへと、エミリオのぎこちない言葉が投げ掛けられる。今にも消えてしまいそうな声を出したエミリオの不安を掻き消すように、オーリンは応える。

「……エミリオ。あぁ、あれらにこの場所を汚させてなるものか」

 オーリンはエミリオにそう言うと、尚も仏頂面を続けるエミリオに笑い掛けた。

「そんな風では戦場で死神を招くことになるぞ。こういう時は笑うんだエミリオ。守るべきものがあるんだろう?」

 オーリンはエミリオの肩に手を乗せ、想いを伝える。傍にいたマシューがそれを見て、勢いよくエミリオの背中を叩く。

「そうそう、俺達があんな変なのに負けるわけがないって。肝心のエミリオがそんなだと、エミリオの仲間達も不安になっちゃうぜ?」

 マシューの言葉を聞いて、後ろを振り返るエミリオ。


 そこには、レインがいて、シルバスがいて、ユリスがいた。

 それだけではない。

 魔導兵団の皆も、帝国騎士団の皆も、一様にエミリオを見ていた。

 ルード帝国の英雄、エミリオ・ワーズワースの姿を。


 皆がいて、自分がある。

 それがどれほど心強い事か。

 一人ではない。

 あの日失ったものは、もっと大きなものとしてエミリオの元へと帰ってきた。


「そうだな。こんなとこでくよくよしている場合じゃない……か。よし、やるぞ!!」

 空はこんなにも真っ暗なのに、エミリオの心は晴天のように晴れようとしていた。


 そして、作業を行っていた工作班が橋を掛け終わる。

 ルードとルノウムの大地が、再び繋がった。

 それに合わせて眼前にある魔獣の群れが一斉に動き始める。





 リーン・フェイは、誰よりも先頭に立って大きく踵を鳴らす。


『──全軍、進軍開始!!』





いつもお読み頂きましてありがとうございます。


次回の更新は日曜日夜の予定となります。

『魔導の果てにて、君を待つ 第三十九話 大災害 中編』

乞うご期待!

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