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第三十八話 帰還者 後編





「何もない場所に、呑み込まれた?」

 エミリオの言葉に戸惑いを覚えるオーリン。それが魔導門によく似ているというのも気になるが、それよりも何よりも、入ったその先で、エミリオは一体何に巻き込まれたのか。エミリオの額に汗が滲む。


「何も……覚えてないんだ。今ではそれが現実だったのか、夢であったのかも曖昧になってる。確実なのはただ一つ、気が付いたら俺はだだっ広い平原にひとりぼっちで取り残され、隣にいたはずのフーの姿は消えていた」

 エミリオの震える言葉の意味を一つ一つ咀嚼しながら、オーリンは耳を傾ける。荒唐無稽な話ではあるが、信じて欲しいと懇願する眼差しに嘘はない。あるのは、血肉の通ったエミリオの言葉。


「幼かった俺に唯一残ったのは、門を通った時に俺を守ってくれたグアラドラの魔導だった。右も左も分からぬ幼子は、幸運にも恵まれて、当時ルード帝国の将軍であったダーナ・ワーズワースに拾われる事となる。時を経て将軍となった俺は、魔導の力を使い身を立て、グリーク・エドという男に出会う。帝国で失われていた魔導を一つの体系として復活させたが、その後はずっとこんな感じのままさ。あれから三十年以上経ってはいるが、やってることは変わらない。俺は、あの日姿を消したフーを今でも探し続けている」

 三十年以上前の過去に飛ばされる。普段であれば想像もつかない出来事である。だが、同時にオーリンは魔導門の中で自身が体験した事と、魔導王の言葉を思い出す。


 魔導門とは過去と現在、そして未来を繋いで、終焉の大災害に対抗する為、魔導を導く為の門であったはずだ。エミリオの言う魔導門に似て否なるもの。それの性質自体は似たようなものなのかもしれない。だがそれは、魔導門のように、想いを辿るのではなく、人を呑み込み、時ですら超えさせる重大な力を持つ。オーリンはエミリオの言葉の中で、更に気になる事があった。


「でも、そうであれば何故グアラドラに戻らなかった?」

「俺の身体には何か特別な力が働いている。成長して自由を得た俺が真っ先にやろうとしたのは、グアラドラに帰る事だった。だけどその願いは叶わなかった。俺の身体はグラム王国に入ることが出来なかったんだ。まるで水に浮かぶ異物のように、身体が反発しては押し戻され、グラム王国に入る事を許されなかった。でも、考えている内に一つの結論に辿り着いた。もしかしたら、今この時代に存在している幼い俺の存在が、時を超えた俺の存在を寄せ付けないのではないか、とね。幼い俺を止めてしまえば、未来が変わってしまうから……」


「──その答えは近いが遠い。お主は魂が二つに分けられている」

 うつらうつらと、上半身が舟を漕いでいたベヘモスが、エミリオの結論に割って入ってくる。瞳は怪しく揺らめき、先程までのとぼけた感じは一切のなりを潜める。


「魂が、分けられている?」

 唐突なべヘモスの言葉に、眉を潜めるエミリオ。


「二つの獣として分かたれた我と同じように、お主の魂もまた、二つに分かたれておる。違うのは、そこに己の意思が反映されていないというところか。魂とは、本来であれば常に引き寄せ合う同一の存在であり、引き離すことは不可能。であるというのにお主はこの土地に縛られ、戻ろうとしても反発しあうという。その答えは至極単純。そこには何か別の力が働き、お主を元の身体へと還させぬようにしているという事だ。時を超え成長したお主が、幼いお主に出会ってしまうと困る、何か別の思惑によってな。だが、我にも分からぬことがある」


「分からないこと?」

「お主が入ったのは、まごう事なくお主らが大災害と呼ぶあれに通ずる道であろうよ。よもや、あれと相対して生き残れた事自体が奇跡に近い。だが、あれに思惑を巡らすなぞという脆弱なる考えは無い。お主をここに引き留めているのは、あれとは違う何か別の存在よ。まあ、このような小細工を用いるのは、いつの世も人間であろうがな」

 エミリオはべヘモスの言葉を反芻する。一体自分自身に何が起きて、何が降りかかってきたのか。神という存在であるべヘモスのみが知る真実によって、長年の謎が少しずつ紐解かれてゆく。べヘモスは喋り疲れたのか、部屋に唯一ある窓を見つけると、そこから外を眺めはじめる。


「大災害と、更に違う存在が、俺をここに導いたというのか。一体なぜ……」

 答えの切れ端を手に入れはしたが、それでも重要な要素が抜け落ちているせいで全ての謎は解けない。


 オーリンが息を呑み、黙っていたマシューがエミリオに声を掛けようとした時、静かに地が揺れる。今まで泰然としていたリーン・フェイが外に飛び出すと、いち早く状況を察知する。


 遅れて飛び出したオーリン達は、経験したことのない地鳴りと大地の振動に足を取られ膝をつく。


 世界の全てが、振動している。


「ついに、その時がきた、か……」

 べヘモスは一人部屋に残り、誰の耳にも届くことのない言葉をつぶやいた。





お読み頂きましてありがとうございます。


次回の更新は来週水曜日頃の予定となります。

『魔導の果てにて、君を待つ 第三十九話 大災害 前編』

乞うご期待!

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