第三十八話 帰還者 中編
エミリオに案内された先にあったのは、急場しのぎで設えられたであろう必要最小限の光源に照らされた部屋であった。普段であればこの場所で魔獣対策の作戦を練っているのであろうか、軍議机が大きく場所を取っている。室内はかなりの広さが確保されているが、オーリンとマシュー、べヘモスの他には、案内をしてくれたエミリオしかいないせいか、その様子はひどく寂しげに映る。
鎧を身に着けたままの状態で席に着くエミリオ。エミリオに促されるまま、後を追うように席に着いたオーリンとマシューの二人。べヘモスは動き回って疲れたのか、うとうととして端で座りんでいる。
一拍置いたのち、部屋に外気が入り込み、同時に新たな人物が姿を現す。その人物は、オーリン達が大断層の地下から地上に戻る時に一瞬だけ顔合わせしていた、帝国軍の指揮官、リーン・フェイであった。
勝気そうな容貌はオーリンとマシューを一瞥した後、エミリオの近くの壁に背を預けると、立ったままの状態で腕を組み目を瞑る。指揮官という立場もあるのだろうか、佇まいから所作に至るまで、一切の隙を感じさせない。否応なしに場の緊張感が高まってゆく。
「……揃ったようだな。何から話せばよいのか、今となっては、逆に難しいものだ」
エミリオはどこか遠くを見るように、心をここではないどこかへ馳せているような、そんな雰囲気を見せながら言葉を重ねてゆく。リーン・フェイは内容を既に知っているのか、腕組みをしたまま動かない。隣に座るマシューも、今から話される内容が重要な事柄であると理解しているのか、エミリオの言葉をただじっと待つ。
「エミリオ……」
「そう、俺はエミリオだ。グアラドラ孤児院の悪ガキ。フーと一緒に孤児院で育ち、優しいナーニャ姉さんとハル兄さんに育てられ、兄弟みんなで一緒に、毎日を楽しく生きていた。でも、何の因果か俺だけがこんなにも歳を取ってしまった。寝て起きれば覚めてしまう、悪夢であるならば、そちらの方がどれほど良かったことか」
エミリオの言葉はどうにも要領を得ず、オーリンは戸惑いを覚える。並べられてゆく言葉はひどく不鮮明だが、確かな事もある。
「エミリオ、一体何があったんだ?」
「ヤン導師がグアラドラに帰ってきたあの日。オーリン兄ちゃんとマシュー兄ちゃんが再び旅立とうとしたあの時。俺とフーは皆に内緒で、孤児院を抜け出したんだ。俺にとっては三十年以上前の出来事ではあるが、二人にとってはほんの少し前の事になるのか」
苦笑いをしながら、エミリオは自身の行いを顧みて反省しているようにも見える。
「最初はいつも孤児院で皆にやっている、いたずらのようなものだった。だけれどそのいたずらは、いたずらじゃ済まなくなった。兄ちゃんたちが魔導門に入る所を見た後、俺とフーは、消えてしまった魔導門のあった場所を、二人で探索したんだ」
「まさか、俺達についてきていたのか?」
「こっそりとね」
片目を閉じ、舌を出していたずらっぽく笑うエミリオ。
「魔導門は見つからなかった……魔導門はね。だけどフーは見つけてしまった」
「見つけた?」
「あぁ。俺には見えなかったんだけど、フーには其処に扉が見えたんだ。そして、その扉にフーが手を掛け、開いた。そうしたら呑み込まれた」
「魔導門、ではない扉?」
「うん。後から分かった。それは魔導門じゃなかった。全く別のモノ。絶対に人が開いてはいけない、禁断の扉」
身体が震えるのか、必死に抑え、恐怖に耐えている様子のエミリオ。
「一体、何を見たんだ、エミリオ」
静寂の中で、一際大きく唾を呑み込む音が聞こえる。
尋常ではない記憶を思い起こそうとしているのか、目は虚ろになり、荒くなる吐息を抑えようと口元を手で押さえるエミリオ。その指先は小刻みに震えている。
オーリンとマシューはエミリオのあまりの様子に席を立ち上がろうとする。だが、それよりも早く、様子見をしていたリーン・フェイがエミリオの肩に手を置いていた。
「……ありがとう、リーン。大丈夫だ」
少し落ち着いたのか、深く深呼吸をして長く息を吐くエミリオ。
握り締めた拳を隠して、エミリオは意を決したようにオーリンとマシューを見る。
「扉を開けた先には、何もなかった……。何もなかったんだ」
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『魔導の果てにて、君を待つ 第三十八話 帰還者 後編』
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