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第三十八話 帰還者 前編





 何もかもがあの日から止まっている。かつてはルード帝国とルノウム国の二国を繋ぐ物流の要であったサリアの街。紛争が起きるその日までは、ケルオテ大断層に掛かる大橋が二国間を繋ぎ、玄関口としての機能を果たしていた。観光名所としても有名で、人の絶えない活気のある街であったのも、もはや昔の話。今では無人となり、象徴であった大橋も壊され、人々の記憶からも忘れ去られた街。


 紛争時、着の身着のままで逃げ出す人間が多かった為、残された家々は当時の原型を維持したまま年月を重ね、朽ち果てていた。その趣は、年月を経たことで、ある種の凄みを持ち合わせるようになっている。残る街並みは、記憶の中にある思い出と符合する箇所が多過ぎて、オーリンは足を進めるごとに落ち着かない気分にさせられる。


 知らず知らずのうちに蓋をしていた記憶。それらを呼び覚ます行為は、様々な経験を経て成長した今であっても、オーリンの心を激しく揺さぶる。瞳は揺らぎ、足は重くなる。前を歩くマシューの姿は、そんなことを感じさせないくらいに、新しいものを見る輝きに溢れていた。


「変わってしまったのは、俺だけなのかもしれない」

 誰に聞かれるでもなく呟いてしまうのは、オーリンの中で取り残されてしまったという感覚が大きいのかもしれない。


 ケルオテ大断層の攻略をしていたルード帝国の部隊に同行して、オーリンとマシューの二人は奈落の底とも呼べる魔獣の住処から、地上への帰還を果たしていた。そこでオーリンが目にしたのは、自分がかつて捨てた故郷の、変わらない姿であった。


 魔導門の中でオーリンが魔導王と対話をしている間に、地上ではルノウムから溢れ出た魔獣が各地への侵攻を始めていた。


 魔導門を使い、激戦となるであろうルノウム近辺の魔導門までオーリン達を送り届けたヤン導師は、各地で転戦している導師達を導くために、開放した魔導門を繋げる作業に入った。


 あとから追い掛けると言ったヤンの言葉を信じて、オーリンとマシューは戦いの最前線に至る。


 ケルオテ大断層での出会いも、オーリンに衝撃を与えるには大き過ぎるものであった。長年、地の底で超大国ギリエラの王、グィルデ王の肉体を守っていた二体のべヘモスとの邂逅。そして、五百年の時を経て姿を見せた常闇の騎士、ランス・バルバトスの出現。それらを加えてもさらに二つの問題が残っている。


 オーリンが困り果てた表情を隠す事なく見つめるのは、マシューの隣を歩く小さな影。


「うまいのう。うまいのう」

 オーリンの前をとてとてと歩きながら、両手で持った支給品のパンを口いっぱいに頬張り歩いている幼児。食事に集中しているためか、前を見てない様子の足取りは実に危なっかしい。髪の色は見惚れるばかりの緋色で、長髪が地面スレスレにあって揺れている。同色を湛える瞳は、口の中に爆発する幸せを噛みしめるごとに弛緩し、たるみを増してゆく。いつ戦場になってもおかしくはない場所において、最も似つかわしくない光景。


「べヘモス、あんまり動き回ると迷子になるぞ」

 オーリンは目の前の幼児に気遣いの声を掛ける。元より、かの存在を知っていれば、そのような心配は不要なのだろうが、どうしても見た目に引っ張られてしまい保護欲が掻き立てられてしまう。


「もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ(腹が減ってしかたないのだ。そう煩く言うでないわ)」

「あー、わかったからもう少し落ち着け」

 ベヘモスの身振り手振りで、何となく言いたい事を察したオーリンは、超常の存在であるそれに気を割くのをやめることにした。


「なはは、兄貴も子守ばっかで災難だな。でも、そう言っている内に着いたみたい。エミリオが言ってた広場だ、もう皆集まっているぜ」

「もぐぐ(何を!)」

 ベヘモスの抗議の声を無視して、マシューが助け舟を出してくる。


 今の見た目がどうであれ、まごうことなく神話に語られていた存在なのだ。気を掛けすぎても、取り越し苦労であろう。ランス・バルバトスによって首を落とされたというのに、ベヘモスは残った胴体で新たな身体を創り出していた。悲しみに暮れ墓まで作ろうとしていたマシューの驚きようはオーリンの比ではなかろう。それでもマシューが全てを受け入れているのは、やはり己の目で見たものを信じるという、人生観によるところが大きいのだろう。その感覚にオーリンが付いていくのは大変であったが、最近では少しずつ慣れてきていた。マシューの考えに影響を受けているのかもしれない。


「エミリオ……か。本当に、孤児院にいた、あのエミリオなのか?」

「兄貴も気付いているはずだぜ。感じるだろ、エミリオを。だったらそういうことさ。姿形がたとえどれだけ違おうとも、ね」

 マシューは神妙な面持ちでオーリンにそう言った後、笑いながらベヘモスの頭を軽く撫でる。

 オーリンは、サリアの街に駐屯しているルード帝国の皆が待っている場所へと、顔を向けた。


 臨時で設営された宿舎の前に立ってオーリン達を待っているのは、オーリンと同じくらいの背丈の壮年の男。だけれど確かに見覚えがある。悪さをして、どこかバツが悪そうな時の、エミリオの困り顔を。





いつもお読み頂きまして、ありがとうございます。

応援とブックマークも感謝です。


いよいよ終章に突入いたしました。

ここまでお付き合いいただきまして有難うございます。

ぜひ、残りもお楽しみください。


次回更新は週の中頃の予定となります。

『魔導の果てにて、君を待つ 第三十八話 帰還者 中編』

乞うご期待!

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