第三十七話 神殺し 前編
マシューの叫び。それは暗く閉ざされた世界に射し込む一筋の光となって、エミリオの根源たる部分に触れる。星霜を経て、汚泥の如く積もり積もった悔恨すらも一声で払ってしまう力は、エミリオが忘れていた願いを、軽々と引っ張り上げるものであった。
間一髪の所をマシューに救われたエミリオは、場に生まれた力場の干渉により荒ぶっていた魔導の風を、ぎりぎりの所で制御しながらゆっくりと大地へ降り立った。
足が地に着いた瞬間、エミリオの中で急激に膨らんでいた緊張感から一気に解放されると同時に、力が抜け落ちてゆく。その場で崩れ落ちそうになったエミリオの身体を、するりと入り込んだ小さな影が支える。
「隊長! 大丈夫ですか?」
「……ユリス、か。すまん」
声の主がユリスである事に気が付いて、エミリオは身体に力を入れ直すと堪えるように地面を踏み締める。傍らで今も心配そうな眼差しを向けているユリスを見て、エミリオは息を吐きながら大丈夫だと伝えた。
その間にも、状況は目まぐるしく変化を迎える。
──グガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
獣の咆哮が大気を震わす。赤き獣の闘争心はさらに燃え上がっているようだ。その怒りは空を自在に飛び回るマシューへと向けられている。
長大な前足が振るわれ、いかなるものをも一撃で叩き潰すであろう力が放たれるが、獣より遥かに小さなマシューが、背から抜いた一本の剣で受け止めると、力を分散させるように自身の身体ごと風の向くままに空へと身を舞わせる。
「……凄い。風が喜んでいる」
ユリスは思いがけず声を漏らす。ユリスの眼にはマシューが魔導を高度に構築している姿がはっきりと見えていた。要所要所で何もない空間に足場となる魔導を創り上げると、その場所を踏みつけて駆けあがるように天空を舞っている。
そして、何よりもユリスが驚いたのは、風が意思を持ってマシューを包み、赤き獣の繰り出す攻撃の緩衝材となっている事であった。全てが刹那の合間に行われ、通常意識して行える思考速度の範囲を軽く凌駕している。
「あぁ、本当に凄い。だが……」
エミリオもまた、マシューが楽しそうに空を駆け回る姿を見て嘆息する。難しいことを一切排除して、思うまま本能で動いている。それでも無尽蔵な体力を持つ赤き獣に勝てるのかどうかは分からない。
「結構休めたんで、こっちの準備は万端ですよ。さあさあやってやりましょう、隊長。俺達まだ終わっていませんよ」
エミリオは力強く背中を叩かれる。同時にレインがエミリオの右側を通り過ぎてゆく。口元に浮かぶ笑みは、マシューの戦いに中てられて戦いの本能を刺激されているようにも見える。たったそれだけで、弱気になっていた思考がエミリオの中から霧散してゆく。
「珍しくレインに同意よ。見ているだけでは物事は解決しないわ」
左側からは銀の煌めきを残して、シルバスが悠然と通り抜ける。
「レイン、シルバス……」
「エミリオ隊長……」
エミリオを見上げている純粋な眼に苦笑いを返すと、エミリオは硬くなった身体を鳴らしながら伸びをして、息を吐く。
「ユリスもか。……はいはい。まったくもって、とことん良い仲間達だ」
エミリオの声を聞いて、レインはいつものように楽し気な表情のまま剣を構えた。シルバスとユリスは顔を見合わせた後に頷いて、戦闘音の鳴る方へと対する。
──ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァ
赤き獣はさらに咆哮を上げる。赤き獣の血濡れた瞳は憤怒の表情を讃えながら、今尚、空をへと向けられていた。
「舐められたもんだ、全く眼中にないってわけだ。だが、それもまた一興……ってねぇ。──土となり、水となり、炎を包み、風よ吹け」
エミリオは体内に残った魔導を限界まで集めると、再度、赤青緑三色の魔導を構築して手元に手繰り寄せる。さらに、そこから魔導を精緻に織り交ぜてゆく。音が唸り掌中で光が重なると、そこに白い魔導珠が顕現を果たす。
「──魔導円珠」
全身の力を使い、大きく振りかぶって投げたエミリオの超高密度の魔導珠は一直線に飛んでゆくと、そのまま赤き獣が天に伸ばした前足を喰らった。
驚いたようにその光景を眺めていたマシューであったが、エミリオへ向けて大きく腕を上げる。
「ゆくぞ。十八組、戦闘開始だ!」
『──了解!!』
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次回更新は土曜日夜の予定となります。
『魔導の果てにて、君を待つ 第三十七話 神殺し 中編』
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