四十三
首都、徹底的に管理された国の中枢には全ての機関がそこに集まり事務仕事を行う人々はただ一人の言葉のみを信じる必要があった。
「タームズ国家第一席、我が国の経済状況は日を追うごとに酷くなるばかりです。抜本的な改革が必要であります」
己の首、比喩的ではなく直接的な意味をもって勅言した経済担当者の一人は綺麗な首筋から濁った汗を一滴したたらすことになる。国の為に出世街道を走るエリートであることは出来ないのは大きな皮肉となって彼の脳裏に浮かび、敵対者たる同僚たちがほくそ笑んで田舎の左遷先を厳選しているに違いなかった。
「分かっていますとも、内実がどうであれ改革をせねば国が巨額の債務と自己理念のもとに潰れることも」
その官僚は首に流れる汗を拭きとる余裕が出来た。このつい最近に第一席となったタームズ・ロシ・デルカチャーフは言葉に含蓄をもたせて優秀な官僚の寿命を延ばす。〝宮廷闘争〟の最中に議題を挙げる官僚はそうそういる筈もなく、権力者に媚びを売るしか能のない〝貴族〟たちとは一線を画すのだ。
タームズ国家第一席がこの経済担当者への攻撃材料を用意するわけもなく、どこか聞き耳を立てているであろう〝着席者たち〟が歯軋りをしているであろうことは想像の上だ。
「人民委員会にこちらの計画書を提案します」
十枚ほどの紙束、国家の一大事を乗り越えるための計画書にしては心もとない量だった。
「……ペレッストロノ。これは私も一度、いいえ今もこの考えを持っています。偉大な指導者の考案した見事な〝新経済〟は十分な機能を果たしていますが、六十八年も前のものです。我々が現代に合わせたものにする必要もありましょう。しかし偉大である〝新経済〟の修正は我々には荷が重い」
手を出せば国家第一席といえども無傷で挑める〝壁〟ではなかった。硬直した組織において改革は簡単に人を消す手段となり得るのである。既得権益、もしくは国家崩壊への危機感情。前者は御しやすく、後者はそうではない。独裁を続けた国家にとって〝新経済〟からの脱却は恐ろしい出血を伴い、その過程で今の〝貴族〟もどきの官僚たちは都会でみじめな生活を送ることになると考えている。
全くの杞憂だとして、最悪の想定であろうとも転落する人生を許容する〝貴族〟は居ない。
「だからこそ、です。タームズ国家第一席。人民委員会の知恵を借用しなければ国家の癌を摘出する機会すら、得られないのです!」
一歩間違えれば人民委員会の挙手が襲い掛かる言い草である。彼らが片手をあげるだけで人が死に、代わりの人間がその座に着く。人数は問わず、少々躊躇されるが国家第一席も例外ではない。
「あなたの言わんとすることは最もです。ですがこれは時間をかけて行い、ゆっくりと修正していきます。計画書は参考のために預かります。下がりなさい」
「……失礼します」
惜しい人材である。今この場で人民委員会に立たせるのは得策ではないと判断したタームズは援護の言葉を送って時を待つように言った。この後に訪れる危機を乗り越えた時にはタームズは人民委員会の末席に加えることも考えている。
生憎、人民委員会の協力者はタームズが操り人形でなくなった時点で無表情の裁きが下すため現実的ではなかった。
首都、徹底的に管理された国の中枢には全ての機関がそこに集まり事務仕事を行う人々はただ一人の言葉のみを信じる必要があった。しかし実際の支配者は死没して久しい国家第一主席ではなく六十八年連綿と続く〝伝統的委員会〟のメンバーである〝着席者たち〟であり、改革を極度に嫌う〝貴族〟でもあった。
「タームズ・ロシ・デルカチャーフ。人民の生活は日に日に酷くなるばかりか、改善の兆しを申し上げることもない。ペレ……なんとかは偉大な指導者が遺した新経済を破壊し、意図せぬ悪循環を産んでいるように思う。一言で表すなら、これは大失策だ」
クレメンゾフ・バル国家第二主席はドッサリと椅子に座った。
新経済に導入された一部の資本制は工場統制を破壊しインフレーションを引き起こした。インフレーションは給金の上昇が追いつくことが出来れば〝新経済〟が達成した三ヵ年計画を大いに超すものとなるが、その足かせが〝新経済〟による一定給金だった。
「末席から提出された計画は新経済の抜本的見直し、すなわち破壊でありました。しかし人民委員会の方々、すなわりバル国家第二主席、あなたが〝偉大〟な〝新経済〟をより偉大なものにすると申し上げたのでしょう」
このときの人民委員会は完全に割れていた。急進改革派のタームズと保守派のバルが先鋒に立って国を真っ二つにしかねないほど対立が激しくなっていた。恐ろしいことに彼らはその自覚がある。
「特定の地域ですでに〝新経済〟が破棄された箇所があるではないか、偉大な指導者が作り上げた新経済を維持していれば起こり得なかったものだ。ペレなんとかの改革は国家の実情にそぐわない陳腐を超した駄作」
タームズが地方官僚に採用した急進改革派の一部は新経済のシステムをすでに見限っていた。国家が成長せず停滞する新経済のシステムは確かに革新的で優れていた面も大いに存在したが、国家がシステムの改良を拒むように形成されたために実情の経済規模との乖離を引き起こしていた。
地方であれ若手が多い急進改革派はそれを良しとはしなかった。
「バル国家第二主席、それは議論と言えるものではない」
陸軍大将を背任しているガロード・ジェルダックは片手をあげて二人を制止させた。彼ら陸軍は国家創生の時期から存在する第四権力ともいえる立場で、国政にも関与できる立場を常に維持し続けている。それは偏に国防委員会という人民委員会と瓜二つの権力基盤を維持するためであった。
すなわち、陸軍にとって肝要なのは現状の国家が維持されること含め国防委員会が容認されない政権を握りつぶすことだ。
「国家第一席、我々としても国家の経済状況が由々しき事態に陥っていることは理解している。士官候補生を中心にペレッストロノを受け入れる動きがあるのも認めよう。だが、〝地動説〟と思って受け入れていたものを〝天動説〟であると受け入れることはできない」
新経済と既存経済を否定された天動説と受容された地動説に例えると、彼らの国家は新経済を地動説として推し進めてきたが、ペレッストロノはそれを否定し新経済こそが〝天動説〟であったとコペルニクス的転回を図っている。
タームズの形勢は一気に不利となった。
人民委員会での議決は陸軍の関与がほとんどないとはいえ、国家の趨勢を決めてしまうようなものには必ず己が陸軍の有利になる方向へ舵を切るように工作を仕掛けてきた。ある意味、陸軍こそが権力者かもしれない。
兎も角、タームズ率いる急進改革派は陸軍から敵視される。時をおかず国防委員会の採択によって急進改革派の多くは秘密警察によって拘束されるだろう。
「私にも考えがあります、ジェルダック陸軍大将。経済はまさに国家の血液、昨今の数字をご覧になられれば国家はすでに心停止しても可笑しくないのですよ。庇護すべき労働者に給金を与えようにも財布は空っぽ、新たに紙幣を刷ったとしましょう。分かりますね?」
国内は騙せても国外はどうにもならない。輸入品を購入するための信頼が失われると貴重な外貨獲得手段である輸出品の製造が滞り、国家維持にとどめを刺す。
「〝新経済〟はすでに問題点を解決してある。労働者への給金は普段通り行い、紙幣を刷り、物価の上昇を抑える。これこそ新経済の神髄だ。かつての世界恐慌を抑えきった優れた機能が再び日の目を浴びることとなるのだぞ?」
ジェルダックは国家改革の必要性を理解していたが、権力基盤である陸軍の頭数が減ることは回避したかった。労働者は生活に困窮しても陸軍に入隊すれば食つなぐことが出来ると思わせる必要があり、国家が危機に陥ればそれだけ陸軍は膨れ上がる。
急進改革派は当然、この陸軍の削減を掲げている。陸軍内部の士官候補生や高級将校にも協力を取り次いでおり、あとは時間さえあれば陸軍は労働者へ変換される手筈だった。
「そもそもだ。タームズ国家第一席の考えでは我らが国家は他国に依存しているようにも聞こえる。武器を輸出しているのは?資源を輸出しているのは?」
等しく彼らの国だ。
昨今順調でないことを除いて、昔から変わらない伝統の一部といえる。新興国の製造品とコピー品が出回らなければ、今債務に苦しみ続けることもなかったほどに。
「……今の我々の生命線はどこにありますか」
「人民である」
「人民だ」
他数人が同じように答えた。国家の基盤は民衆にあることは現在の国というものが国民国家と置換されることにても共通している。示すところはつまり人民が国家を見限った時に、強大たる〝着席者〟が倒れ伏す。タームズも急進改革派も区別されることなく民衆によって足蹴りされるのだ。
「秘密警察の力で人民に国家の実情が正しく伝わることはありません。ラジオもテレビも我々の支配下にあるのだから、あたりまえです」
「……タームズ国家第一席、国家反逆罪で拘束する」
ジェルダック陸軍大将の視界の端で急進改革派の官僚が扉から出て行くのが見えた。タームズの言葉から推測は容易であり、彼ら急進改革派は真実の流布を狙っている。ペレッストロノが上からの改革で進むはずのものを、民衆へ情報を伝えることで下からの改革に転換しようとしている。
「その男を止めろ!」
これは〝宮廷闘争〟のほんの一幕で終わるはずだった。
首都、徹底的に管理された国の中枢には全ての機関がそこに集まり事務仕事を行う人々はただ一人の言葉のみを信じる必要があった。しかし実際の支配者は死没して久しい国家第一主席ではなく六十八年連綿と続く〝伝統的委員会〟のメンバーである〝着席者たち〟であり、改革を極度に嫌う〝貴族〟でもあった。国家という巨大な舞台装置の中で〝宮廷闘争〟を繰り広げる彼らは目先の利益と将来の権益のために盲目となり、国家の内憂外患を見落としてしまった。
「工場生産率は40%の低下、農作物は65%、第三次産業に至っては85%だと」
彼らが扱ってきた労働者の品質低下が招いた恐ろしい数字である。いかに資源が豊富であっても採掘する労働者が粉飾し、それを元に工業製品ノルマを課しては意味がない。虚無の誕生だ。生み出された工作機械を鉱山に送ると書面上は正しい移動となっていても虚無は虚無であり実在していない。鉱山で使われる工具も機械もないのだから鉱山から採掘される資源は減り、ノルマ未達の罰を恐れて粉飾し、工業製品も同様に作られず粉飾する。
非効率な農業は厳しいノルマを乗り越えるために国家創生の初期から小さな粉飾を行っていた。稀に見る大飢饉の際にも粉飾を行っていた。戦争で粉飾する暇もない時は改善されていたが、機械的に行われるノルマは収穫量が毎年変動する農業とは絶望的に合わなかった。粉飾が恒常的に行われるようになると誰も実情が分からなくなった。
残るのは巨大な〝亡霊〟である。
紙面上は行き渡っている筈の道具や食料が存在していないのだ。民衆の生活は困窮していき、必要な生活物資を手に入れるために闇市が開かれ、闇市も物資を手に入れるために倉庫管理者や工場管理者と接触して賄賂と脅迫で物資を手に入れた。
秘密警察からの死を恐れ、何事もなかったように振る舞う。無くなった物資は存在するように数字を扱うことで益々民衆の生活が困窮する負のスパイラルが起こった。
「これが国家の実情です。お判りいただけましたか、バル国家第二主席、ジェルダック陸軍大将」
急進改革派のメンバーに囲まれているタームズは言った。
〝宮廷闘争〟での死者は出なかったものの、明かされた情報は多くの民衆が首を吊る結果となったのは三人の想定外であった。
発布された緊急の招集は全ての〝着席者〟が集うこととなり、最後の人民委員会総会が行われている。
「残念なことに人民委員会は人民から上げられた数字を信用できません」
国家は完全に腐敗しきっている。賄賂と制裁の応酬で国政機能が完全に麻痺し、人民委員会が総会で決議を行っても賄賂によって阻まれる状況であった。潔白の代名詞たる秘密警察も信頼できない状況に四面楚歌の様相を呈し、バル国家第二主席は机を何度も叩いた。
「ペレッストロノの完遂が必要だというのか!」
刷新、改革、破壊。
ペレッストロノは六十八年の歴史を灰燼に帰す勢いで行われる革命的解決策の一つであり、おそらくタームズ国家第一席も無傷で済むことは無い。国家破壊はバル国家第二主席もジェルダック陸軍大将も受け入れて改革に勤しんだであろうが、刷新が何よりも不味かった。
強力な権力を有するあまり、自己保身に国家崇拝観念が負けた。
急進改革派の面々以外は立ち上がって一斉に腰から拳銃を抜く。ほぼ同時に急進改革派のメンバーも拳銃を抜き取り、一瞬で総会会場は血みどろの銃撃戦が行われ始めた。
いち早く抜け出したのはタームズ国家第一席とバル国家第二主席、そしてジェルダック陸軍大将である。
「厳戒司令部を招集してください」
仲間の血を被ったタームズは総会を抜け出すと近場の仲間にそう伝えた。
「近衛師団を呼べ、首都を包囲する。タームズを逃がすな」
「ラジオ局を抑える。テレビもだ」
同じく総会を抜け出したバルとジェルダックは二手に分かれて行動を始めた。
まっとうな解決策はもはやなかった。正攻法のされる経済政策も、出血を伴う経済政策も腐敗と抑圧によって道を閉ざし、その両方を目指したペレッストロノは〝宮廷闘争〟の最終盤面を作り出してしまった。腐敗と抑圧の毒は彼らの生きる国家の未来を閉ざし、最終的な血は目を覆いたくなる量となるだろう。
タームズ国家第一席は戦争時に作られた地下壕に立てこもって厳戒司令部と合流し、ラジオ放送によってクーデターの発生を伝える。
一方でバル国家第二主席はそのラジオ局を乗っ取り嘘の情報を流す。
ジェルダックは数個近衛師団を強制動員し、首都へ向けて進路を取らせる。
かつて地獄の地上戦が行われた首都は、同じ人民同士で殺し合う地獄となった。近衛師団の苛烈な攻撃に対峙したのは僅かな急進改革派のメンバーと一部の兵士。そして犠牲になったのは何も知らされなかった無垢の市民であった。
各地から加わった師団と近衛師団による戦闘が頻発し、国家のあちこちが戦場となると国外脱出とそれを許さぬ秘密警察との間で犠牲が積みあがった。国で安全な場所が失われると民衆は選択を迫られた。
急進改革派か保守派か。
ピッチフォークを持った民衆が選んだのはその両方でもなかった。
首都、徹底的に管理された国の中枢には全ての機関がそこに集まり事務仕事を行う人々はただ一人の言葉のみを信じる必要があった。しかし実際の支配者は死没して久しい国家第一主席ではなく六十八年連綿と続く〝伝統的委員会〟のメンバーである〝着席者たち〟であり、改革を極度に嫌う〝貴族〟でもあった。国家という巨大な舞台装置の中で〝宮廷闘争〟を繰り広げる彼らは目先の利益と将来の権益のために盲目となり、国家の内憂外患を見落としてしまった。諸外国が虎視眈々と弱体化を狙っていたのである。
「国際機関の総会の決議結果を発表します」
無機質な外国アナウンサーが伝えたのは地下壕に籠るタームズが意識を失うほどの威力を持っていた。
「介入決定、介入決定です」
歓声を沸かして大通りを渡り廻るのはピッチフォークを持った人民と諸外国のシンパである。自由とパンを掲げて練り歩く様はスパイによって瞬く間に世界中に拡散し、悪の枢軸たる国家は破壊の一手のみとなった。
「……降伏です」
時を同じくしてバル国家第二主席とジェルダック陸軍大将も同様の結論に至っていた。
「数日、我々は戦い尽くした。物資も弾薬も、それを作る工場もない。文字通り全て壊しきった」
近代に入って滅多に起こらない大国の内戦に突入した結果は破壊された街と工場、住処と帰る場所である。
「兵を止めろ。もう……終わりだ」
狂乱した兵士が練り歩く民衆を虐殺したが、諸外国の連合軍が到着すると彼らは刹那の内に骸となって大通りに転がった。飢えた兵士は戦うことも出来ずに両手を挙げて降伏し、黒煙昇る首都でじわりじわりと拳銃自殺が増えていった。
タームズは介入軍が首都に到着したその日の内に降伏し、バルは部下に身柄を拘束されて降伏、ジェルダックは拳銃自殺を行おうとしたところを外国人兵士に取り押さえられた。
この数日の戦闘で人民の半数が死滅したと分かったのは連合軍が統計を取った後の話で、実に数か月の期間を要した。工場の8割が破壊され残り2割も無傷ではなく、農地の被害は少ないが今年の凶作は防ぎようがない。
「内戦の終結は偉大な合衆国が完遂した。かの悪の枢軸は自由の名のもとに新たな時代、〝新世界〟を歩むだろう」
宿敵の頭領たる大統領派そう語った。国家のあちこちに介入軍の軍事基地を建設し傀儡政権を擁立、資源と財政を合衆国の管理下に置くことで支配力を強める。膨大だった軍事費は削減され、汚職は介入軍が徹底的排除、公職追放を行うことで権力を持たないようにした。
ペレッストロノを完遂したのはタームズ国家第一席でも急進改革派の誰かでもなく、敵国だった。
「あの内戦で〝我々〟は全てを失った」
バル元国家第二主席は数十年後の取材でそう記者に伝えた。郊外の家で硬い硬い椅子に座り杖を床に転がし、それと、と続けて彼は言う。
「今の〝故郷〟を新世界とするなら、あの私達が繰り広げた〝宮廷闘争〟は旧世界の膿といったところか?ああそうか、そうだった。あの〝時間〟が私は生きてきた中で最も生きがいを感じた時間だった。国家を慮っていたあの時間が幸福だった……(沈黙)……あの日、行動したことを後悔しているかと聞かれたら、聞かれたこともある。私はいつもこう答えるんだ。〝あれ〟以上の行いを思いつかない、と……(窓の外を見る)……見てくれたまえ、あの飛行機に民間人が乗っているのだぞ?」
国家が崩壊したことで〝着席者〟は失われた。内戦で席が無くなったことも座る人が消えたこともあるが、かつて経済官僚が語った膿の摘出は国家そのものが滅亡することで解決した。皮肉にも、外国の外科的手術によって。
ジェルダック元陸軍大将は記者にやせ細った体を見せつけながら、病床につきながらもしっかりとした目つきで答えた。
「あなた方は我々が崩壊してとても喜んだはずだ……(記者が言い淀む)……わざわざこんな場所を用意せずとも理解出来よう……(暫くの無言)……さっき出された菓子の甘さをほとんどの国民は知らなかった。知っていたとしたら政府高官、その親戚諸々しかいないのだ。困窮しきった国家に〝改革〟が必要だったと軍人である私でも肌身に感じでいた。だが、だがどうして国家の天動説を受け入れられよう……(嘲笑)……君、要は故郷を失ったのだ」
病室の窓には復興していく首都が良く見えた。いいや見せつけられているのである。国家の象徴だった管理された都市計画は存在せず、無秩序に高層ビルが立ち並び視界が埋もれていく様を見せつける。民間の都市計画はジェルダックにとって不粋なものだったのだが、病室に連れてきた誰かは彼の嫌うものを知っていたようだ。
「あの努力は、灰の中に……」
タームズ元国家第一席はしっかりとした足取りで柔らかい椅子に座った。
「ここは落ち着いていていいですね」
彼が住んでいるのはいわゆる敵国だった。内戦の責任をとって国家の管理を譲渡したことは人民から歓迎されたものの、言い換えればタームズは人民から全く信頼されていなかった。暴漢に襲われることを恐れて彼は逃亡した。
「行動することは常に勇気でありましょうか、控えめにしても私の行動は昼夜を問わず勇気が必要でありました。〝改革〟とは魔王のごとき〝壁〟であり、避けられない〝試練〟だったのです。徐々に崩壊し始めた国家にとって改革は……(咳払い)……認めましょう。毒でした。膨れ上がる債務と悪化する腐敗、硬直した組織にはとても耐えきれる代物ではなかった。つまり私の無謀な勇気の結果、自身で首を絞めたわけです」
タームズは谷底から地上を望むように天井を見上げた。彼はまだ過去に囚われたままの国家第一席であり、出来ることなら全てをやり直したいとも考えていた。不可能であるがゆえに彼は敵地で眠り、敵地で暮らしている。
そして、三人は同じ言葉を最後に記者に投げかけた。
「「「どうしようもなかった」」」
記者はパタンと手帳を閉じて彼らの元を去った。




